第3話「少女」

「高瀬さん。次の仕事はホテルからじゃなくて、ホテルでですか?」


「そうよ。相手は女の子らしいから、期待しといてね」



 何をですか。



「あの、対面は初めてなんですが。何か余計なことを言ってはいけないとか、それこそ条件が変わってしまうことがあるとか、そう言うのあります?」


「いや、無いよ。恒君が対面すること、それさえ守ってくれれば、あとは直接送ってあげて。手段と時間、場所はいつもどおりミサを通して伝えるから」



 指定されたホテルは、北一の繁華街中心部を一本外れた道にあった。観光客向け巨大ホテルの隣にある。外見は古くない普通のラブホテル。ビジネス服以外という指定のみで19:00集合という。勝負パンツは禁止! と付け加えられていたが、生憎そんなものはない。



「あの、愛野さんですか?」



 スマートフォンで口元を隠しながら声を掛けてきた少女。どうやら彼女が今回のターゲットのようだ。情報によると現在高校2年生、市内市立高校に在籍とのこと。流行りの(?)どこかの女優のようなショートカットヘアーも相まってか、見た目はずっと幼く見える。白いワンピースの彼女は、可愛らしいがそのまま似合う彼女は、一体なぜ過去に戻りたいのか。何を後悔しているのか。俺の知るところではないが、気になるのが正直。



「ええ、私が愛野です。ああ、大丈夫です。名前は名乗らなくて大丈夫です。理由も、お金も。質問にはあまり答えられませんが、自分のこと以外なら好きに話して大丈夫だそうです。このような場所ですが、卑猥な事は致しませんのでご安心を。条件として必要らしいんですよ。すみませんが、辛抱願います」



 こくりと小さく頷いた彼女は安心したような、しかし不安しかないような表情。まあ、大人の男と一緒になるのだ。安心しろという方がおかしい。



 簡素な手続きだけ済ませて、部屋へと二人で向かう。エレベーターの中でも、廊下でも話すことはなかった。手を繋ぐことも、濃厚接触へと繋がる気配もない。こんなときでも、こういうところはやっているのだな、と思った自分を殺すばかり。人の役に立つ仕事ではないと言われた、勤めていた営業職。不要になったら経費削減で無くし、利益となる必要なときにだけヒトを求める。ヒトのためと言い続けたお金のための会社で構成された社会。その掌を返すことしかできない世の中の一人に成り下がっている自分にはっとして、この少女に向ける前に銃口を自分に向け続けた。




 ※ ※ ※




「まだ時間がある。なにか飲む? 結構種類あるよ」



 未成年でも飲めそうなソフトドリンクをメニューに指を指しながら差し出す。彼女は受け取って、それからそのままだった。



 到着後に指示された実行時刻は23時49分。まだ19時半すぎなのでかなりの時間がある。テレビはつけっぱなしだが、禄な番組がやっていない。俺は最近平積みから適当に攫った文庫本に目を通しているが、内容があまり入ってこない。恋愛関係に発展しない、ワンナイトでもないのに恋愛物語は対岸の火事にすら見えない。



 どうやら、自分でも思ったより緊張しているようだった。



 これまでは暗殺、つまり本人の意図とは関係なしに、本人の都合で別世界へ送ってきた。彼女彼らがその後無事に過去へ行く事ができたかは俺の知る所ではないが、死んでないことを祈っている。他人の心配より、やはり自分の心配なのだ。どんな言い訳をしても、俺の副業は人殺し。神の使いをしているとは言え、不思議な現象で死ではなく世界《ここ》から消しているだけだとしても、銃を握り、引き金を引いているのは俺だ。仕事を言い分にしても、拒否することは出来る。滅茶苦茶な生活になっても、アルバイトを探しまくればまだ若さでなんとかできなくもないはずだ。それでも、撃つのは本当に生活のためだけなのか。



「少し、話してもいいかい。聞かなくてもいいから」


「はい」


「時間になったら拳銃で君を撃つ。それが俺の今の役目。時間は近くなったら教えるけど、許可が出ない限りは悪いけど言えない。不安にさせるけど、許してくれ」




 ほら、まただ。また、自分のこと。



 俺はこの仕事中、いつも自分の事ばかり考えている。非現実的な最中で、現実がそっと隣に座っていることがどうしても忘れられないからだ。


 独りになると、誰かを求めるのではなく、これまでの自分を振り返り、これからの自分を考えた。家に閉じ籠もるように政府から言われ続けたこの一年は特に。


「言えることはこれだけ。俺から君に何か個人的な事を聞くことは許されていない。でも、何かしてあげる事はできる。今じゃなくても、終わったあとからでも」


 職を失う事実が告げられた時もそうだ。まず自分の将来、いや、直近の何ヶ月か後の生活を考えた。次の仕事を考えたときに、学生時代に夢見たやりたかったことが頭に浮かんだが、現実のお金を見て消した。十代の内に取り零したあれこれを同世代でやり遂げている人を見る度、「俺も機会があれば」などと言い繕う事しか出来なくなっていたのだ。そんな考えがある時点で駄目だ。本当に好きな時は没頭していた。努力なんてしていない。時間を忘れて、やるべきことを放ったらかしてのめり込んだのだ。それを金銭だの損得だので勘定していては、もう駄目だった。



「何か理由があって過去に行きたい。それが君の願いだと思う。そのための今日で、此処で、俺と君だ。俺には銃で君を過去に送る事しかできない。だから、何か今の世界で、今の時間でやりたい事はないか。過去に行くということは、この時間はなくなる。失うという事も、同時に覚えていてくれ。たとえ、消したい程の世界でも。時間でも」



 ここで叶えられなかったことを、俺は何か手伝えはしないか。



 これまでずっと思ってきたことだった。たくさんの人を殺し、過去へ送ってきたが、どこか無力感しかなかった。今まで仕事は自分の為だけにやってきたし、そういう物だと諦めていたのに。昔に戻ってやり直したい人に、依頼通り実行するだけ。それが依頼人のためになっているはずが、そこに俺が介在していない事がこの無力感の要因だと気づいたのだ。俺じゃなくてもいい。この仕事は他の誰かでも良い。構わないのだ、と。



 何を今更、と自分が一番思っている。だけど、人の為に、誰かのために仕事をしたことなんてなかったから。役に立ちたいなんて、本当に今更思ってしまったのだ。



「一つだけ、あります」


「それは、俺でもできそうか。会ったばかりの知らない男でも」


「分からない。でも、知らない人の方が、実はいいのかもしれない」


「そうか」



 彼女は願いを告げた。俺は、それを受け入れた。ただ、認められたい。案外当たり前に誰もが思う事なのだと云う、当たり前に今更気付かされた。


 彼女は美しい光となって、ミサによって導かれた。


 依頼人の訪れた過去の先が、今と同じ感染症が席巻するの世の中なのかは分からないし、回避する未来をその人が作れるのかもしれない。世界は変わるのかもしれない。


 そう思い、彼女が残した一冊の本を手に取った。



 そしてそのタイトル、著者を確認した俺は、もれなくすぐに混乱していったのだった。

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