~65~ 夢のような時間
結局、この日一日、エクトルは羽琉にくっついて過ごした。
トイレと入浴以外は何をするにも付いて行き、ずっと羽琉にべったりだ。
羽琉もくすぐったそうにするだけで拒絶はしなかった。恥ずかしいながらも、エクトルから触れられることに嬉しさを感じているようだ。時折、羽琉からも触れることがあったので、思い違いではないだろう。
本当に至福過ぎる休日だった。
「あの、ゲストルーム、使ってすみませんでした」
夕食と入浴を終えソファで寛いでいると、隣に座っていた羽琉が急に謝罪してきた。
何故謝るのか分からず、エクトルは小首を傾げる。
「謝らなくても大丈夫ですよ。そういえば、どうしてゲストルームだったのでしょう? 私としては羽琉の部屋でも私の部屋でも構わなかったのですが……」
そこは羽琉も考えたことだった。
だが自分の部屋だとベッドを見る度に思い出してしまいそうで落ち着かなくなりそうだし、エクトルの部屋にしても同様の考えが浮かんだため、ゲストルームという選択肢しかなかったのだが……。
ちらりとエクトルを盗み見ると、にこっと楽しそうに微笑んでいる顔が見えた。その笑みは羽琉の胸中を見透かしている笑みだ。
「……エクトルさん。気付いてますよね?」
責めるような眼差しを向けると、エクトルはくすくす笑い「すみません」と謝ってきた。
「私が出勤している間、羽琉が自室で身悶えている姿を少し想像してしまいました」
正直に言うエクトルに、羽琉は赤面しながら「もう」と頬を膨らます。
「でも羽琉の配慮には私も感謝しているんですよ。私も羽琉と同じですから」
「え?」
「家に持ち帰った仕事を部屋でしている最中に、羽琉の可愛い姿を思い出して悶々としていては仕事が手につきませんからね。なので、ゲストルームという選択は私としても非常にありがたかったです。揶揄っているわけではないですよ。確実に落ち着かなくなるのは目に見えていますから」
苦笑するエクトルは、宥めるように羽琉のこめかみにキスをする。
「今でも夢ではないかと疑っているくらいです。ずっと羽琉に触れていないと、昨夜のことが霞のように消えてしまいそうで……。触れて確かめて、安心したいんです」
「羽琉は煩わしいかもしれませんが……」とエクトルは申し訳なさそうに付言した。
自分でもうざったいくらい羽琉に密着していることは分かっていたようだ。
「羽琉が愛おしくてしょうがないです」
そう言って羽琉をぎゅっと抱き締めたエクトルは、はぁ~と溜息を漏らす。
「明日も休んで羽琉と一日、自宅でゆっくり過ごしたいです」
「でも、お仕事に支障をきたしますよね? フランクさんや他の方たちにご迷惑をお掛けすることになります」
正論を言う羽琉の髪にエクトルはぐりぐりと頬を摺り寄せた。
「厳しいですね、羽琉。でもその通りなので、明日はちゃんと出社します」
羽琉自身も名残惜しい気がするが、要職のエクトルが仕事を休むとなると進まない事業もあるのではないだろうか。自分の入院でエクトルを休ませてしまった身としては、これ以上会社に迷惑を掛けるわけにはいかない。
「でも仕事から帰ったら、たくさん癒して下さいね」
すんすんと羽琉の匂いを嗅ぎながら、エクトルは甘えるような声音を出す。
滅多にないエクトルからのおねだりに、羽琉の鼓動が速鳴りした。
嫌な動悸ではなく、エクトルだからこそ感じる胸の高鳴りに頬を染め「分かりました」と快諾した羽琉は、嬉々として降り注ぐエクトルからの追加のキスを受け入れるように瞼を閉じた。
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