~48~ イネスの来訪

 病院から帰ってきてから、羽琉は落ち着かなさを感じていた。

 家に帰ってきたという安心感はもちろんあるのだが、帰宅したエクトルとの話し合いのことをぐるぐると考えているからだ。

 自分でもどう解決すればいいのか分からないからこそ、どうエクトルに伝えれば理解してもらえるのか分からなくなる。

 自室のソファに凭れて、羽琉ははぁ~と長嘆を洩らした。

 何も言わなくてもエクトルは分かってくれるだろう。というか、すでに分かってくれていると思う。

「……」

 羽琉の要望なら何でも受け入れてくれるエクトルは確かに器が大きいと思うが、それによって我慢していることもあるのではないかと羽琉は思っていた。

 でもエクトルは言わない。いつも羽琉のことを優先してくれる。

 一緒に暮らしていて、エクトルはストレスを感じないのだろうか?

 そんなことを考えていた、その時――。

 ビービー。

 来客を告げるインターホンが鳴った。

 今日は友莉の来訪日ではないし、サラはしばらく休んで欲しいというエクトルの意向で休暇中だ。ナタリーも来る前に羽琉に連絡をしてくれるのでナタリーでもない。

 それ以外だとエクトルの親族か親友関係だと思うが、自分が対応していいのか迷ってしまう。それにエクトルと自分との関係性を知られていない相手だと説明するのも難しい。

 家の中でオロオロしていると、『ハルさ~ん。いるかしら?』と玄関先で声が聞こえた。

 え、イネスさん?

 慌てた羽琉はすぐ玄関に向かった。

『ごめんなさいね。また訪ねてしまって』

 ドアを開けると、苦笑したイネスが立っていた。

『いえ。お出迎えが遅くなってすみません。えっと、エクトルさんはお仕事に行かれていますが……』

 エクトルに用事があって来たのだと思った羽琉がそう言うと、『ハルさんに会いに来たの』と微笑んで言われた。

『僕、ですか?』

 不思議そうな羽琉にイネスは『そう』と肯く。

『……』

 急に緊張感を覚えた羽琉は思わず身を竦めてしまった。それと共に表情も強張ってしまう。

『少しだけお話をしたかっただけなの。ハルさんから見たエクトルのことを知りたいと思ったのよ』

 羽琉の緊張を察して話の内容を先に明かしたイネスに気遣いを感じた羽琉は、ほっと安堵の息を吐いた後、『あ、中にどうぞ』とイネスを家の中に招いた。

『いえ。良ければ最初に会った公園でお話ししたいと思っているのだけれど、どうかしら?』

 特に断る理由もないので『はい』と返事をした羽琉は、イネスに少し待っていてもらい、外出の支度をしてから再度イネスの元に戻った。

『突然来てごめんなさいね。どうしてもハルさんと二人で話がしてみたくて』

 一緒に公園への道を歩きながら、イネスが謝罪と共にふふっと笑う。

『ハルさんとは何だか気が合いそうな気がしたのよ』

『そう、なんですか?』

 イネスの斜め後ろを歩く羽琉は、イネスの顔を窺うように小首を傾げた。

『何となく、ね』

 イネスは人を見る目があるとエクトルは言っていた。

 エクトルも人事を担うほどの地位にある人物だ。そのエクトルがそう言うのであれば、イネスには相当な眼識があるのだろう。

『今日は天気が良くてよかったわ』

 公園入口に着いた二人は最初に会った時座っていたベンチまで行くとそこに腰を落ち着けた。

 公園には日向ぼっこをしている様子の老夫婦と、小さな子供の手を引きゆっくりと公園を歩く両親の姿がある。

 平日の昼間のゆったりとした時間。うららかな陽気も相まってほのぼのとした雰囲気が漂っていた。

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