~38~ アンフィルミエ・レオ
友莉が帰った後、夕食を少し摂った羽琉はベッド端に腰を下ろし、窓の外を眺めていた。
まだ病室から出たことはないが部屋番号から考えて、羽琉の入院している階は多分六階だ。いつもとは違う高さから見える街の景色を描き止めておきたい欲求もあったが、病室からの風景という状況が描くことを思い留めさせた。
「早く帰りたい」
不意に呟く。
夜に向かって暗くなりつつある空と、ぽつぽつと明かりが灯り出す家々を見ていると、何故か急に寂しさを感じてしまった。
入院してからエクトルと会っていない。病院には面会時間が定められているし、仕事があることは分かっているので会えないのは重々承知しているのだが、エクトルが怒っていないか、また以前のように一緒に暮らせるのか不安になる。
今日は来てくれるだろうか……。
徐々に沈んできたその時、部屋のドアをノックされた。
『はい』
『失礼するよ』
入室してきたのはレオだ。
仕事はもうそろそろ終わりだと思うが、何かの確認でもあるのだろうか?
『もうすぐラウル先生が採血の結果の説明をしに来るよ。退院も決まるかもね』
『本当ですか?』
レオの言葉に羽琉はホッとする。
やっと帰れると思うと少し気分が上向いた。
『嬉しそうだね』
相変わらずの馴れ馴れしさに羽琉は居心地の悪さを感じる。
もしかしたら良い人なのかもしれないが、如何せん苦手な人種なのでどうも馬が合わない。
『まぁ、ここは病院だし、長く居たい所ではないか』
『……』
『う~ん、仲良くなるのはなかなか難しいな……』
羽琉が警戒心を抱いていることは分かっているようだ。
するとレオは、ベッドに腰を掛けている羽琉の目の前に椅子を移動させると腰を下ろした。
驚いて距離を取る羽琉に、『そんなに怯えないでよ』と苦笑を洩らす。
『ハルに日本のことを聞きたいんだよ。今度旅行で行こうと思ってるところだったからさ』
『……日本旅行、ですか』
興味を持ったらしいと気付くと、レオは『そうそう』と顔を綻ばせた。
『友達がさ、毎年フランスで開催されるジャパンエキスポに毎回行ってる奴で、そこで日本文化に興味を持ったらしくてさ、一緒に日本に行ってみないかって誘われてるんだ』
ジャパンエキスポは羽琉も聞いたことがある。
漫画・ゲーム・アニメなどに限らず、日本文化である茶道や武道など、日本をテーマとした博覧会のことだ。
他国の地で日本の良いところを知ってもらう博覧会があるのは、日本人としてとても嬉しいことでありがたいことだと思う。
『興味を持ってもらえるだけで僕は嬉しいです。でも人から聞くのと、実際に行って見るのとでは全然感覚が違うので、変な先入観はなしで旅行に行かれた方が良いと思います』
『……驚いた。ハルは自分の意見を言える人なんだね』
どういう意味なのか図り兼ね、羽琉は小首を傾げた。
『いや、ごめん。皮肉とかじゃなく、純粋にね。何となく控えめなタイプかなって印象があったから、自分の意見があってもあんまり口に出さないタイプかと思ってたんだ』
あながち間違いではない。
『結構貴重な意見が聞けたな……』
意外そうにレオが呟いた時、病室のドアがノックされた。
レオも羽琉もラウル医師だと思っていたのだが、羽琉の『はい。どうぞ』という声で入室してきたのはエクトルだった。
「!」
羽琉しかいないと思っていた病室にレオの姿を捉え、エクトルは微かに目を見開く。しかも対面に座るレオの距離が羽琉と近いことに、いささか憤りを感じてしまった。
そのレオに少し鋭い視線を向けたエクトルは、不穏な空気を羽琉に悟られる前に表情を崩した。
今は羽琉のことが最優先だ。
「羽琉。遅くなってすみません」
ふわりと微笑んだエクトルに、羽琉は心底安心した表情で「……エクトルさん」と名を呼んだ。
『あぁ、保護者の方ですね。俺は看護師のレオです。もう少しでラウル先生が今朝の採血結果を説明しに来ると思いますよ』
『そうですか』
あまり会話をする気がないらしいエクトルは表情を変えず短く答える。
エクトルからの威圧を感じたレオは肩を竦め『じゃあ、また明日』と羽琉に向けて告げると、エクトルに頭を下げて病室を出ていった。
ちゃんと敬語が使えるのか、と羽琉は内心で呆れたように思った。
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