~37~ 大切な意見

 帰宅準備を終えたフランクはエクトルの元に向かった。

 リュカが言っていた、エクトルの言葉に切なさを感じる。

 確かに羽琉の居ない家に帰るのは嫌かもしれない。それはフランクにとっては友莉の居ない家に帰ることと同義になるからだ。自分もエクトルと同じことをするだろうと思ってしまった。

 エレベーターを降り、エクトルのいるSMG(サブマネジメント)室のドアの前に来るとノックをしようと手を伸ばした。

『おっと、失礼……』

「おわっ!」

 内側から開いたドアにぶつかりそうになったフランクだったが、間一髪で何とか避ける。

「……フランクか。どうした?」

 ドアの外にいた相手がフランクだと分かると、エクトルは日本語で話し掛けた。

 友莉やフランクが相手だとエクトルは無意識に日本語で話してしまう。これはもう習慣になりつつある。

「ちょっと様子が気になったから退社前に寄ってみました。大丈夫ですか?」

 「……敵わないな」とエクトルは苦笑を浮かべた。

「まだ少し気落ちしてるかな。でもユリやフランクに話したことでだいぶ楽にはなってる。これから羽琉のところに行こうと思ってるんだ。フランクも行くか?」

 エクトルから誘われたが、フランクは「いいえ」と首を横に振る。

 今は二人でいる時間が必要だろう。

「今日は午後から友莉が行ったはずですので私は遠慮しておきます。羽琉さんのそばにいてあげて下さい」

「…………」

 微かに目を見開いたエクトルはしばらく無言になった後、溜息交じりに苦笑し「ほんとに敵わない」と呟いた。

 エクトルに羽琉が必要なように、羽琉にもエクトルが必要なのだと言われたような気がした。いや、多分そういう含意があるだろう。

 いつも思うが、友莉もフランクも絶妙なタイミングで一番欲しい言葉や大切な言葉をくれる。羽琉のことになると正常な判断力が欠けてしまうことを自覚しているエクトルにとっては、それが苦言であっても的を射ていることが多いので、耳が痛くはあったがきちんと傾聴していた。

 ほんとに救われる。

「ありがとう。フランク」

 穏やかな笑みと共に礼を言うと、「いいえ」とフランクも微笑んだ。

「それから社内に泊まり込むのは結構ですが、無理はせず、食事もちゃんと摂って下さい」

「今日の昼食も、ほぼ強制的にカフェテリアに連れて行かれたしな」

 友莉の命令――と言っても良いだろう――に従い、フランクは今日の昼食をエクトルと摂っていた。何となく察したエクトルも、フランクが注文した栄養たっぷりの料理を黙って食したのだった。

「リュカも心配していましたよ」

「あぁ。私は良い友人たちに恵まれて幸せだよ」

 本当にそう思う。

 不謹慎かもしれないが今回の羽琉とのことがなければ、こんなに自分が幸せ者だと気付くことはなかった。フランクやリュカに対して、ここまで深く感謝もしなかっただろう。ただの仕事上の上司部下の関係で終わっていたはずだ。

「では面会時間いっぱい、心行くまで羽琉さんと過ごして下さい。くれぐれも行き帰りは気をつけて下さいね」

 エクトルは「あぁ」と言って、くすくす笑った。

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