~30~ 自責

 病室で一緒になったエクトルとフランクと友莉は、羽琉の目覚めを待っていたが面会の終了時間になってしまったため、仕方なく三人で病院を後にした。

 そして「エクトル。話を聞きたいんだけど」という友莉の言葉で、取り敢えずエクトル宅へと向かう。無言で家に着いた三人はリビングのソファに腰掛け、こうなってしまった原因に思い当たる節がないかエクトルに訊ねた。

「実は……」

 重い口調で正直に話し始めたエクトルから、昨夜から今朝にかけての羽琉の様子を聞いたフランクと友莉は思案気に眉根を寄せる。

「……確認しておきたいんだけど」

 険しい表情で友莉がエクトルに前置きを言う。

「羽琉くんに何か無理強いするようなことはしてないわよね?」

「当たり前だ」

 心外だとばかりにエクトルは即答した。

「いつでも羽琉のことしか考えてない。羽琉が嫌がることは絶対にしない」

 もちろん友莉もエクトルがそんなことをするような人ではないことは重々承知している。一応として聞いただけだ。

「ただ――」

 続くエクトルの言葉に友莉とフランクが視線を向ける。

「プロポーズを受け入れてもらえて嬉しかった。羽琉も同じ気持ちなんだと思ったら抑えられなくなって、いつもより過剰なスキンシップはしたと思う」

 自責の念に駆られているエクトルの言葉に、フランクも友莉も複雑な表情になった。

 人生最大のイベントであるプロポーズに、イエスの返事をもらえたら誰でも舞い上がるだろう。婚約者となったのなら今まで以上のスキンシップがあっても良いと思う。

 しかし相手が羽琉ともなると、エクトルの行動は軽率過ぎたかもしれない。

 羽琉にとってはもっとも慎重にならなければならないところだからだ。

 エクトルは苦し気に顔を歪める。

「我慢、させていたかもしれない」

 羽琉は我慢して、エクトルからのスキンシップを受けていたのかもしれない。

「……」

 羽琉ならあり得ることだと友莉も思う、が――。

「羽琉くんからのメールは幸せそうだったわ。プロポーズされたことを心から喜んでた。それは嘘じゃないと思う」

 文面からは、幸せそうな羽琉の笑顔が思い浮かぶような内容が綴られていた。

「エクトルは……どこまでを求めているの?」

 直球とまではいかないが、真っ直ぐとエクトルを見つめて訊ねる友莉の含意を読み取ることは容易だった。

「羽琉の傷に触れてしまうくらいなら……羽琉がそばにいてくれること以外、私は求めない」

 さほど考えずに答えたエクトルに、自分の中であらかじめ決めていたのかもしれないと友莉は思った。

 でもやはり複雑だと思う。

 性行為自体が悪いわけではない。二人の愛を深め、より一層互いのことを分かり合えることができ、愛の結晶ともいえる子供を授かる上でも神聖な行為だと思う。世の中の愛し合う恋人同士ならば、みな経験していることだろう。

 その行為が羽琉にとっては、まるで犯罪のような行為になってしまっている。

 羽琉のトラウマはいつ癒えるのだろうか――。

「取り敢えず今は羽琉くんの体調が回復することが最優先ね。それからのことは、また落ち着いた時に考えていけばいいわ」

 友莉は珍しく答えを出さなかった。エクトルの中で答えがあるのなら、それでいいのではないかと思ったのだ。

 それに今は羽琉の回復が最優先だ。

「羽琉くんを心配させたら駄目よ」

 友莉がエクトルに釘を刺す。

「エクトルが辛いのは分かる。羽琉くんがいなくて寂しいのも分かる。でもエクトルが沈んでいたら、羽琉くんはどうしたって気に病んでしまう。心身ともに回復するのも遅くなるかもしれないわ」

 友莉の言う通り、エクトルは今日一日食事を摂っていない。

 今朝は羽琉の態度にショックを受けて、朝食を摂らずそのまま出勤した。出勤後、サラからの電話ですぐに病院に駆け付けたエクトルは、その後、羽琉のそばに付きっ切りだったので昼食も夕食も摂っていなかった。食欲もなかったので、空腹を知らせる腹鳴も聴こえなかった。

「まずはその顔をどうにかしなさいね。生気がなくて、私まで本気で心配するレベルよ」

「そんなにひどいか?」

 薄く苦笑するエクトルに、フランクは「確かにひどいですね」と肯く。

「私や友莉ですら心配してしまうのですから、その顔を見た羽琉さんはなおさらでしょう。そしてだとのです」

 フランクの言葉にハッとさせられた。

「……そう、だった」

 フランクの言う通りだ。

 落ち込んでいる場合ではない。退院した羽琉が自分を責めることがないよう、エクトルはいつもの自分を取り戻さないといけない。

 羽琉の態度がこれまでと変わってしまっても……今までのように触れ合うことができなくても、羽琉に対するエクトルの想いが変わることは決してない。

「ユリ、フランク、ありがとう。二人がいてくれて本当に良かった」

 エクトルの素直な感謝の言葉に、二人はやれやれと言ったような苦笑を浮かべる。

「羽琉くんとエクトルのことはちゃんと応援してるの。だからまた幸せそうな二人を、私とフランクに見せて」

 友莉の鼓吹にエクトルは「あぁ」と笑みを見せた。

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