~26~ 羽琉の涙とエクトルの悔恨
サラから教えられた病院へ車を走らせつつ、エクトルは今朝の羽琉の異変にもう少し注視するべきだったと激しく後悔した。
羽琉から拒絶されたことに意気消沈している場合ではなかった。
ショック過ぎて自分のことばかりで、羽琉への配慮が欠けていた自分を強く責め、
そうして病院に着いたエクトルは、サラと連絡を取り病室を教えてもらうと、そのまま羽琉の元へ向かった。その間も気持ちを落ち着かせるため深呼吸を繰り返す。
『あ、エクトルさん』
病室に着く前に、廊下にいたサラと出くわした。
『サラ。羽琉は?』
『病室で眠っています。説明をしてもらいますので、お医者様を呼んできますね』
サラはハウスキーパーで羽琉との関係性が薄いことから、医者は羽琉の症状を説明することができなかったようだ。
保護者(婚約者)であるエクトルならば、病状説明をしてもらうことができるため、サラはナースステーションへと向かった。
病室のドアを開けたエクトルは、仕切られたカーテンを開くと、眠っている羽琉の顔を覗き込んだ。
「……」
まだ苦しそうに眉根を寄せている羽琉の目尻に、泣いたような痕があった。
いや。まだ涙が溜まっている。
人差し指で拭おうとしたが、一瞬躊躇してしまった。今朝拒絶されたことを思い出したのだ。
触れられたくないかもしれないが、羽琉の辛そうな涙を見たくなかったエクトルは、そっと目尻の涙を拭った。
「……羽琉。一体何があったのですか?」
小さな声で問い掛けるが、羽琉の不安気な表情は和らぐことはなかった。
その時――コンコン。
『失礼。……おや、エクトルくんではないですか』
ノックの後、入室してきた医者はエクトルを見るとすぐに名前を呼んだ。
『! ラウル先生。ご無沙汰しております』
ラウルはエクトルの父であるマクシムと友人関係にある。もちろんエクトルとも面識があり、幼い頃よく遊んでもらった記憶があった。大人になった今でも父共々交流があり、親しい間柄である。
『オダギリさんはエクトルくんのお知合いの方でしたか』
『はい。今、一緒に暮らしています』
端的にエクトルが説明するが、『そうですか』と言うだけでラウルはそれ以上詳しく聞くことはなかった。
『先生。羽琉の容態はどうなんでしょう?』
心配そうな表情のエクトルに、ラウルはにっこりと微笑み『大丈夫ですよ』とすぐに答える。
『どういう状況で倒れたかは不明ですが見たところ外傷もなく、MRIなどの検査をしましたが頭部や内臓などに異常も見られませんでした。バイタルも正常です。一応しばらくは入院してもらって、採血などの検査もしつつ、精神的なものも含めて様子を見ていこうと思ってます』
『何か質問はありますか?』と訊ねられたが、エクトルは『いいえ』と答えラウルに頭を下げた。
『何かありましたら何でも訊ねて下さい。では』
そう言って軽く頭を下げたラウルも病室を後にした。
『サラ。どういう状況だったのか、教えてもらってもいいかな?』
後ろに控えていたサラが『はい』と答え、おずおずとエクトルの隣に近寄る。
『九時にご自宅に着いて掃除をしようと思っていたら、ハルさんの部屋のドアが少し開いていることに気付いたんです。いつもは外出している時間帯なので不思議に思って近寄ったら、ドアの前でハルさんが倒れていました。吐いた痕とかもあったので、倒れた時に頭を打ったりしてないか心配になって、すぐ救急車を呼びました』
その後、搬送される救急車の中でエクトルに連絡を入れたということだった。
『そう……』
エクトルはそれだけ呟き、羽琉を見つめた。
『……サラ。いろいろ対応してくれてありがとう。今日はこのまま帰っても良いよ。また連絡するから、それまでは休んでいてもらえるかな』
辛そうなエクトルにサラも心配気な表情を向ける。
『……では、ご自宅の掃除を終わらせてから、そのまま帰らせて頂きます。何かお手伝いできることがあれば何でも言って下さい。すぐに駆け付けます』
『あぁ……ありがとう』
今は自分がいても何もできないため、それだけ言ったサラは、羽琉を見つめたまま微動だにしないエクトルに向かって頭を下げ、後ろ髪を引かれる思いを抱えつつ病室を後にした。
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