~9~ 憂慮
プロポーズ成功直後「フランクに一報を入れさせて下さいね」と満面の笑みで言ったエクトルの横で、羽琉も友莉に報告を入れていた。やはり自分たちを応援してくれていた友莉には自分から報告をしておきたい。
「そう言えば、羽琉。母と会うのは大丈夫そうですか?」
メールを打ち終えたエクトルが、スマホをテーブルに置いたと同時に羽琉に訊ねる。
きっとイネスは近日中にエクトルの家を訪ねてくるはずだ。
昼間、イネスに対する態度を後悔していた羽琉がここで拒絶することはないだろうが、精神的な面で大丈夫なのかがエクトルは気になった。それも目下の目的は婚約者である羽琉に会うためだ。そんな緊張感を抱えたまま、羽琉がイネスと対面することができるだろうかと心配になる。
「……」
抱き締められたままの羽琉は少し考え込むように黙考した。
プロポーズされたことでイネスのことをすっかり忘れていたが、エクトルとの関係性を知られた上で会うのはやはり気構えてしまう。二人の交際を両親は心から応援しているとエクトルは言っていたが、本当に快く応援してくれているのかは分からない。エクトルの婚約者という立場となれば、厳しい目で見られることも覚悟しなければならないだろう。
エクトルのことが大好きで、徐々にだが羽琉自身もエクトルとの将来を考えるようになってきた。トラウマを抱えていた羽琉の凍っていた心さえもエクトルの深い愛情は陽の光のような温かさで解かし、ゆっくりと時間を掛けて癒してくれた。そんなエクトルに感謝という感情が湧かないはずがない。
ただ――もし反対された時、言い返せるだけの強いエクトルへの想いが自分にあるだろうか……。
羽琉は自問した。
以前月の光でエクトルが佐知恵と対面した時、エクトルは毅然とした態度で羽琉への想いを伝え、ゆくゆくは結婚まで考えていることを正直に伝えていた。
あの時のエクトルのように、エクトルの母親であるイネスを納得させるだけの情熱が自分の中にあるのか。
先にも言ったように母親の愛情は強い。その愛情に自分は勝てるのだろうか。
羽琉のエクトルに対する想いは――まだ弱いのかもしれない。
ずっと無言のままの羽琉を心配したエクトルは、抱き締めていた腕を少し緩めると「羽琉?」と顔を覗き込むように体を傾けた。
「母と会うのは難しそうですか? もしそうであれば日を改めてもらいます。羽琉が無理をしてまで会う必要はありませんよ」
「……」
自分の中に生じてしまった憂心をエクトルに話すわけにはいかない。
たった今エクトルからのプロポーズにイエスと応えておいて、すごく失礼なことを考えてることに羽琉は苦し気に表情を歪めた。
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