~7~ プロポーズ

「あの日あの時、羽琉と出会えた僥倖に感謝しかありません。羽琉は私の人生に様々な彩りを与えてくれます。羽琉の優しい心に触れる度、胸を締め付けるような切なさを感じ、愛おしい想いが溢れてきます。今まで感じたことのない感情を羽琉だけが教えてくれる。私が知らなかった世界を羽琉だけが見せてくれる。以前にも伝えたように、羽琉の存在は私の癒しであり、愛そのものなんです」

「……エクトルさん」

「私も羽琉にとってそんな存在になりたい。私といて羽琉が安らげるように、私の隣で笑っていられるように、私のそばにいることが羽琉の幸せにも繋がるように、私の全てで羽琉を愛し守ると誓います。羽琉のいない人生なんて考えたくありません。私とこれからの人生を共に歩んで欲しいです」

 そこで言葉を切ったエクトルは、真剣な表情で羽琉を見つめた。

「羽琉。私と結婚してくれますか?」

「…………」

 胸が痛い――。

 エクトルに握られていない右手で、羽琉はそっと自分の胸に手を当てた。

 エクトルの想いが真っ直ぐ羽琉の心に届く。胸が痛くて苦しいのに、心の奥底を温かな光が包み込むようで自然と涙が溢れ頬を伝う。

「は、羽琉……」

 動揺したエクトルは心配顔で、羽琉の頬を伝う涙を親指で優しく拭った。

「……僕が誰かを愛せるようになったのはエクトルさんのおかげです。だから僕がそばにいることでエクトルさんを癒せるなら、幸せにできるなら……」

 そう思うのだが……。

 羽琉は濡れた瞼を上げると不安そうな表情でエクトルを見やった。

 涙声で言葉を詰まらせる羽琉の目尻にエクトルはそっと唇を寄せる。涙を吸うようにキスをして少し距離をとると、間近で羽琉の目を見つめた。

「過去に何があったとしても、羽琉は私が今まで出会ってきた誰よりも綺麗で純粋です。私と共にフランスまで来てくれ、フランス語を一生懸命に覚えたり、人付き合いが苦手なのに自分の言葉で相手が傷ついていないかと自己嫌悪になったり、私のために何かできることがないかとフランス料理を覚えたり、自分からも私に愛情を返そうとして途端に恥ずかしくなって頬を染めたり、羽琉のすること全てが私にとっては愛おしくて堪りません。羽琉は相手のことを思って気遣うことができる素敵な人です」

 エクトルの言葉に羽琉はまた涙を溢れさせる。

「そんな羽琉だからこそ私は大切にしたい。羽琉を幸せにしたい。それが私の幸せなんです」

 そしてエクトルは穏やかに微笑んだ。

「私と結婚して下さい。羽琉」

「……はい」

 次から次へと溢れ出る涙を流しながら、羽琉はしっかりと肯く。

 その瞬間、喜色満面の笑みを浮かべたエクトルは羽琉をギュッと強く抱き締めた。

「やっと……やっと家族になれるんですね。すごく嬉しいです。絶対に幸せにします」

 エクトルの腕の強さに苦し気に眉根を寄せた羽琉だったが、その腕の中はとても心地良く、全てを委ねることができる安心感を覚えた。お陰で涙もピタリと止まり、自然と羽琉からもエクトルの背に腕を回した。

「『どんなにたくさん愛しても、愛しすぎということはない』」

 エクトルの肩越しに聞こえた言葉に、羽琉は小首を傾げる。

「フランスの諺なんです。羽琉にはこれからもたくさんの愛を捧げますね。羽琉はただただ私に愛されてて下さい」

 これ以上の愛情をもらうと、本当に溺れてしまいそうな気がした。

 エクトルの愛はきっと普通よりも多く、そして絶え間なく羽琉に伝えられている。これだけ愛されているのに、愛されるだけというのはどこか怠慢のような気がした羽琉は、エクトルの背に回した腕にギュッと力を入れた。

「僕は愛情表現が苦手なので、エクトルさんが僕にして欲しいことを言ってもらっても良いですか?」

 エクトルが「……え?」と小さな声を上げる。

「どうすればエクトルさんが喜ぶのか僕には分からなくて……。なので教えてもらえると助かります」

「……………」

 羽琉の言葉にきゅんと甘い痺れを感じたエクトルは耐え切れずフルフルと体を震わせた。そして「モンデュー……」と肩を落として溜息を吐く。

「もう、羽琉。そんなことを私に聞いては駄目です」

「え……だ、駄目なんですか?」

 慌てたように聞き返す羽琉に、少し体を離したエクトルは小さな子に「めっ」と怒るような表情を向けた。

「私は羽琉がどんなことをしても、それが私のためを思ってしたことならば、全て嬉しいに決まっています。羽琉は私が思いもよらないようなことをしてくれるので、いつも新鮮で楽しいのです。その楽しみを奪わないで下さい」

 何故か軽く怒られた感じになり、羽琉は「は、はい」と分からないながらも返事をした。

 ――全く……。羽琉の言葉は私にとって直に心に刺さる凶器ですね。

 狼に一番聞いてはいけない言葉だと心中で呟きつつ、未だきゅんきゅん疼いている胸の内を悟られないようエクトルは再度羽琉を抱き締めた。

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