~6~ 正式に……
「あ、あの……イネスさんは、どうしてこちらに?」
羽琉が言わんとする懸念を瞬時に察したエクトルは、赤みが消えた羽琉の頬にそっと手を添えた。
先程の照れた表情を一変させ不安そうな眼差しを向ける羽琉に、エクトルは穏やかな笑みを見せる。
「羽琉。少し落ち着いて話を聞いてもらえますか?」
「……はい」
羽琉の様子を窺いつつ、エクトルはゆっくりと口を開いた。
「私が日本から帰国する時に、両親には恋人を連れて帰ると伝えていたんです」
瞠目した羽琉が息を呑む。
「大丈夫。父も母も私たちのことを理解し、心から応援してくれています」
エクトルとしても、それなりの覚悟を決めて両親に打ち明けていた。
佐知恵と同じように、イネスも父であるマクシムも同性愛に関して偏見を持ってはいない。もともとの性格からか二人とも寛容な心の持ち主だ。それが人道に背いている行為でなければ特に反論するようことはしない。
ただやはり伝えるには覚悟が必要だったのは確かだ。
これまでは女性としか付き合っていなかったし、そういうエクトルしか二人は見ていない。それにエクトルは一人息子だ。子供のことも考えると、反対されることも想定していた。
「私はこれまで一度も両親に交際相手を紹介したことはないんです」
「え?」
「父も母も私が誰かと付き合っていることは知っていても、口を出すことはありませんでした。交際している女性と会わせなさいと言われたこともありません。友人にしても恋人にしても、私の交友関係に干渉することはありませんでした」
羽琉の呼吸を窺いつつ、エクトルは話を続ける。
「私としても両親に会わせたいと思えるほどの人との出会いがなかったので、これまでは自由にさせてもらっていたのですが、その私が自らの口で『恋人』と伝えたことで、両親は私にそういう人がいるのだと確信したそうです。もちろん日本人であることも伝えてあります。父も母も羽琉に会えるのを楽しみにしていました」
「…………」
ということはイネスは羽琉に会いに来たということなのだろうか、と羽琉の表情がますます不安に曇った。
大切な息子が恋人として男性を連れてきたら、エクトルの両親はどう思うのだろう?
「どんな人なのかと聞かれたので、私の全てを賭けて大切にしたい大事な人ですと答えました。それだけで二人は分かってくれました」
エクトルの両親ならば、口数少ない会話の中から真意を汲み取るのは容易だろう。きっと将来を見据えた相手だということを見抜いたはずだ。
動揺する羽琉の真正面に体を向けたエクトルが「羽琉」と名を呼んだ。
「私のフィアンセとして、両親と会ってくれませんか?」
「……え」
「日本にいる時、羽琉のお母様の前で羽琉にプロポーズしました。あの時は会話の流れもあったのですが……今ここでもう一度、正式にプロポーズさせて下さい」
速鳴りする羽琉の鼓動が、トクンと高く跳ねる。
エクトルに釘付けになっている羽琉の左手をそっと掬ったエクトルは、そのままその手の甲に唇を押し当てると、まるで眩しい太陽を見るかのように目を細め羽琉に微笑んだ。
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