第340話 夜の街道を東へ
山のふもとで待つ。
「遅いな」
となりに立つ総隊長のグラヌスが言った。
ぼくは夜の山を見あげる。
待っているのは、点在する小屋で待機していた兵士たちだ。
「まあ、そうあせるな」
いさめるように軍師のラティオが口をひらいた。
「命令して、すぐにでれるわけでもねえ。装備をつける必要もあるしな」
「それはわかっているが」
グラヌスの気持ちもわかる。アッシリア軍がくるまえに、ボレアの港に着かねばならない。
イーリク精霊隊長も、あせる気持ちをおさえるように山を見あげていた。
「きたぞ」
ゴオ近衛隊長が短く言った。
次々と兵士たちが山から駆けおりてくる。
すべての兵士がそろい、隊ごとにまとまっていった。
「よし、いそぐぞ!」
総隊長であるグラヌスの号令で、すべての兵士が駆けだす。
うす暗い月明かりのなかを走った。
まずはボレアの港につづく街道をさがした。徒歩であっても、夜に走るなら踏みかためられた街道だ。
半刻ほど走ると、その街道は見つかった。
王都レヴェノアと、ボレアの港をむすぶ街道。これがじつは、もっともわかりやすい。
四本あるのは、行きと帰りの馬車がすれちがうためだ。
この轍の線をたどれば、まっすぐにボレアの港に着ける。
「うしろに明かりが!」
兵士のだれかが大声をあげた。ふり返る。遠くに数えきれないほどの明かりが見えた。明かりは動いている。ゆれる動きは、おそらく手に持つ
近くにいるグラヌス、ラティオと見あった。敵のアッシリア軍にちがいない。
ばさりと羽音がし、ぼくら三人のそばへヒューが空からおりてきた。
「諜知隊から知らせが入った。敵の総数は五千」
「五千だとっ!」
グラヌスが声をあらげた。
王都レヴェノアを包囲していたのは、二万の兵だった。かなりの数を動かしたのか。
「くそっ、昨日に物資を入れたのが、裏目にでたか。敵はやっきになってるぜ」
悪態をついたのは軍師のラティオだ。
総隊長のグラヌスは、周囲を見まわし号令をだした。
「先頭は、マニレウスの歩兵二番隊。そのあと王を中心とした近衛隊。あとは順次だ。しんがりは、このグラヌスが受け持つ。ボレアの港まで駆けるぞ!」
すぐに二番隊、そして近衛隊が動いた。
「隊の先頭は、私が!」
ハドス副長がすばやく言う。伝えたさきはゴオ隊長だ。
走りだす近衛兵にあわせ、ぼくも駆けだす。すぐうしろにはゴオ隊長がいた。
一刻は走っただろうか。次第に足が遅くなる。
無理もない。ぼくは革の胸当てなどの軽装備だが、やはり歩兵は
「全体、なみ足!」
隊長たちからの声が聞こえた。行軍の速さを落とせという意味だ。
この号令をだしたのは、総隊長のグラヌスか、軍師のラティオだろう。
兵士たちが駆け足をやめ、歩くほどの速さになる。
「全体、止まれ!」
走っていた隊列が足を止めた。
ラティオが街道の南側にでた。隊列をはずれ、うしろをふり返っている。ぼくも息をととのえながら、うしろを見つめる軍師に近づいた。
「くそっ、近づいているな」
ぼくも、うしろに目をこらした。
はるか遠くにあった明かりは、はっきりと数がわかるほどに近づいている。数千はある膨大な明かりが、この遠征隊にせまっている。
月明かりのなか、駆ける足音が聞こえた。しんがりにいたグラヌスだ。
「どうする、いったん南に退避するか」
グラヌスの言葉で気づいた。南を見ると街道がのびている。ここは分かれ道だ。だから隊列を止めたのか。
「むずかしいな。敵の野郎が、おれたちに気づいていたら追ってくるぜ」
「追ってくるだろうか。王がいるとは思っておらんだろう」
「それは、さすがに気づかねえだろうがな。だがこっちは夜ふけに駆ける集団だ。なにかある、そう敵も思うだろうぜ」
ラティオとグラヌスの会話を聞きながら考えた。
敵のアッシリア軍は松明を持っているが、こちらは持っていない。
明かりがあるむこうから、暗いこちらは見えていないだろう。だが、足音がある。夜の荒野は静かだ。何百という人が駆ける音は、かなり遠くまで響くはず。
むずかしい選択だ。東と南、どちらにいくべきか。
東へいけば、ケルバハン総督がひきいる民兵隊がいた。
南は、いくつかの村があるだけだ。いくつか森もあるが、かくれるような森ではない。グールの群れと戦ったさい、点在する森は焼きはらっている。
南には、なにもない。そう思い南をむいたが、思わず動きが止まった。
「明かりが見える」
自分の目をうたがった。南にのびる街道のさき、いくつもの明かりがゆれている。
「馬鹿な、こちらの行動を読んでいたのか!」
グラヌスも南を見て大声をあげた。
「待って。すこし静かに」
なにか聞こえた気がする。ぼくは自分の口に指を置いた。それを見たグラヌスも口をひらこうとしてやめる。
かすかだが、なにか音がしていた。
馬だ。駆ける
即座に動いたのはゴオ隊長だ。背中の剣をぬき、ぼくのまえにでる。つづいて近衛兵が、近づいてくる馬の壁になるよう周囲をかこんだ。
「巡兵隊である!」
聞きまちがいだろうか。思わずグラヌスとラティオを見た。
「わが名はサルタリス。そちら、レヴェノアの者か!」
はっきりと聞こえた。駆けてくるのは巡兵隊長のサルタリスだ。
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