第339話 小屋で待つ

 ヒュプヌーン山の裏手にある小屋だ。


 かなり夜もふけた。


 待っていると、移動を終えた隊長たちが次々とくる。


 マニレウス、ブラオ、カルバリス、コルガの四人はきた。


 テレネさんが、最後のようだった。


「申しわけありません、遅くなって」


 息を切らし、テレネ歩兵五番隊長が到着した。


 聞けば、昨晩に外へでたそうだ。かつてひきいた巡兵隊のうちから、何名かを参加させたかったらしい。


 だが目当ての巡兵士は見つからず、王都へもどり、選びなおしていたという話を聞いた。


 ふっと、あることに気づき声にでた。


「そうか、ヒューはこないか」


 あたりまえにいるものと思い、気づかなかった。


 諜知隊は、この遠征には必要ない。王都レヴェノアのまわりや、敵の国内で動いているのが諜知隊だ。


「いや、あいつもくる予定だぜ」


 答えたのはラティオだ。


「おかしいな、もっと早くにくる予定だが」


 うわさをしていたところ、戸口の外で物音がした。


 木戸をあけて入ってきたのは、鳥人の軍参謀だ。


「アッシリア軍に動きがある」


 その言葉に、地面がゆれるような衝撃を受けた。


「王都レヴェノアを攻める、いや、こっちにくるのか!」

「おそらくこちらだ」


 ばれたのか。でもどうやって。


「ぼくが捕虜ほりょ放逐ほうちくしたからか!」


 数日まえに捕虜をはなした。そのなかには密偵や間者といった、敵の内情をさぐる役目の者が多くいた。


「ぼくの失敗だ」

「ちがう。おちつけ、アト」


 おちつける状況ではない。そう思ったが、ぼくを見つめるヒューはおちついている。


 ヒューのきれいな瞳を見ていると、すこしぼくも冷静になった。それを待っていたのか、ヒューは小さくうなずき、口をひらいた。


「捕虜を追いだしたのは、今回の遠征を決めるまえのことだ」


 そう言われれば、そうだ。


「たった二日で、こちらの動きが漏れるとは考えにくい。それにまんがいち、敵の密偵が内情を知ったとしても、外にいるアッシリア軍に知らせるのは困難だ」


 そうか、アッシリア軍が領内にあらわれてから、城壁の門はとじられている。さらに昼夜を問わず城壁には、全方位で見はりもいる。王都からぬけでるのは無理だ。


「捕虜を解放したのは正解だ。寝返った密偵も多くいる」

「寝返った?」


 ヒューの言葉に思わず聞き返した。


 戦った敵兵が、こちらの味方になることはあった。密偵など裏の者でも、寝返るということはあるのか。


「ヒューよ、あまり人をうたぐるのもあれだが」


 よこから会話に入ってきたのは、グラヌスだ。


「総隊長の言いたいことはわかる。信用できるのかというところだろう」


 ヒューが切れ長の目でグラヌスを流し見た。


「寝返る者は多い。だが、意外に話せばわかる。いやしい顔でアッシリアの内情を教えるぞ、というやからは無視していい。ところが、なかには熱心にレヴェノア国のよさを語る者がいるのだ」


 なぜかヒューが、ぼくをあきれるような顔で見た。


「そして、そういう者は、レヴェノア国の王がいかにすぐれているか、わたしにくのだ。わたしにだぞ」


 隊長たちから、笑い声が聞こえた。


 囲炉裏のそばにいた軍師ラティオが立ちあがり、ヒューに歩みよった。


「ここが敵にばれているとも考えずらいぜ」

「わたしも、そう思う」

「そうなると、敵のむかうさきはひとつか。ラウリオン鉱山は遠すぎる」


 猿人の軍師と鳥人の軍参謀、ふたりの会話を聞きながら考えた。


「ヒュー、つまりはアッシリア軍がむかうのはボレアの港?」


 ぼくの問いに、美麗な鳥人は冷静な顔でうなずいた。


「ボレアの港から、王都レヴェノアへ。この道で物資を輸送すると思ったのではないか」


 ありえる。敵の指揮官にくだっている命令は、持久戦をし、王都レヴェノアに補給をさせないこと。


「いまアッシリア軍は、二万の兵を編成しなおしている。それが済めば、何割かの兵をボレアの港にむけるだろう」


 ヒューの説明に、隊長たちが考えこむ顔をした。

 

 口をひらいたのは、軍師のラティオだ。


「ややこしい戦況だな。おそらく、どちらの国も全体像はわからず動いている。だが、もどっても意味はねえぜ」


 そのとおりだ。そしてアッシリア軍を止めようにも、ここにいるのは六つの隊。六百の兵力しかない。


 ぼくの考えを言うことにした。


「ボレアの港にいこう。あっちで民兵隊と合流し、アッシリア軍がボレアに攻め入るならむかえ撃つ。こなければ、アグン山へ」


 ぼくの言葉に、軍師ラティオをふくむ、すべての隊長たちがうなずいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る