第301話 メドン再戦

 王都コリンディアから、西に一刻ほど移動する。


 ほどよく広い荒野に全軍をならべた。


 北にある森のなかを通る街道が、この荒野を横切り南へとのびていた。


 ここをアッシリアの遠征軍が通るはずである。敵の動きは、諜知隊からの知らせでつかんでいた。


「初戦から二十二日後。ほぼ、軍師の予想どおりですね」


 馬をよせてくる音がした。近よってきたのは、若き秀才の犬人、イーリクだ。


 そう、ほぼ予想どおりだった。


 数日前、メドンひきいるアッシリア遠征軍が、ふたたびコリンディアの街をでたとの知らせが入った。


 そして今日。初戦から二十二日後、二度目の戦いだ。


 王都レヴェノアから見て、北にあるコリンディアの街。そこをでたアッシリア遠征軍の道すじは、まえとおなじだった。王都レヴァノアは迂回うかいし、サナトス荒原をめざしているのは、あきらかだ。


 今回は、サナトス荒原に入らせない。途中のここに全軍をならべている。


 まず騎馬隊が三一〇〇。そのうしろに王と近衛隊の一〇〇。


 そのよこに、歩兵一番隊から七番隊。これが一〇〇〇ずつ。そのうしろに第二歩兵師団の五〇〇〇。


 総数約一五二〇〇名。前回で数を減らした隊には補充し、あらたに再編したレヴェノア軍だ。


 それに対し、メドンひきいるアッシリア軍は前回同様の二〇〇〇〇。


 数では負けている。入隊希望をかきあつめ、まったくの素人でも参加させればもっと多くすることもできた。二万をこえる兵も可能だ。最終手段としては、王の名において市民の強制的な徴兵もできなくはない。


 だがそれでは、前回のあやまちとおなじだ。今回の兵は、あるていどの見極めをしている。


 イーリクが、五千人の第二歩兵師団を見つめていた。


「すまねえな、イーリク。自身の精霊隊といっしょに、いたいだろうに」


 第二歩兵師団には、四〇〇の精霊兵を入れていた。ここにイーリクも副長として入ってもらうはずだったが、問題があった。ドーリクが隊長をしていた歩兵一番隊である。


 ドーリクの替わりを、だれにひきいてもらうか迷った。だれもドーリクの替わりはできない。それもわかっていた。


 迷うぐらいであればと、一番隊の小隊長たちに聞いてみた。でてきた名は意外にも、イーリクだった。


 考えてみれば、コリンディア時代には歩兵隊の副長で、レヴェノア軍でも歩兵隊長をしていたことが多い。歩兵の経験は豊富だった。


「六番隊長のコルガあたりが、経験を積めば一番隊も可能だと思うが」


 おれの言葉にイーリクは首をふった。


「感傷的な理由として、兵士たちも今回は私なのでしょう。それは私も、うれしく思います」


 そう、イーリクは、亡きドーリクの幼なじみだった。それは兵士たちもよく知るところだ。


「おあずかりした精霊兵は、きちんと守りながら戦いますよ」


 声が聞こえた。おれの右側にイーリクがいたが、だれかが左側に馬で入ってきた。ほほ傷のある総隊副長、ナルバッソスだ。


「ふたりとも、今回は、よろしくたのむぜ」


 イーリク、ナルバッソス、両名が真剣な顔でうなずいた。今回の戦いにおいて、計画の全体を知る者はきわめて少数だ。この三名に諜知隊のヒュー、四名だけ。


 アッシリアの密偵は、かなりの数が入りこんでいる。そのため、ごく少数だけで細部をつめた。


 緊張しているのか、イーリクが大きく呼吸をして口をひらいた。


「われわれだけが知っている。この立場は、重責を感じます。ラティオ軍師は、よく毎回こなしているものです」


 三人でふり返り、深紅の旗を見つめた。


 ここから王の姿は見えないが、あの旗の近くにいる。ベネ夫人の癒やしにより回復は早いが、まだ足首は完治していない。


「われらが王の信頼は厚いですね」

「イーリク、それは酒場で会議したさいに言ったはずだぜ。これで負ければ軍師のせいだと」


 これほど王から全幅ぜんぷくの信頼を受けた者は、おれが読んだ歴史書には見当たらない。


「その覚悟のひとつが、今回に剣を持たない理由ですかな」


 左側のナルバッソスが言った。まったく、反対側なのによく見ている。


 ナルバッソスが言いたいのは、おれの右腰にある棒だ。その長い棒を引きぬく。


「軍師は、よく剣を頭上でまわして合図をするだろう。なら馬鞭ばべんのほうが軽い。そう思っただけさ」


 剣とおなじほどの長さの棒に、茶色のなめし革を巻いたものだった。馬につかう長いむちだ。


「きました」


 イーリクの声で、森からでる街道を見た。騎馬兵の集団が列をなして森からでてくる。


「今度はこっちが、まねしてみるか」


 三騎で馬をすすめた。


 うしろにならぶ全軍から離れたところで止まる。二万の敵をまえにして、荒野のまんなかに三騎だけだ。


 ここにおれたちが陣をしいているのは、すでに敵も状況をさぐる斥候せっこうがいるのでわかっている。荒野に入ってきた順に、いそいで陣形をくもうとしていた。


 敵のたった一騎だけが歩みでてくる。


 その男は、白い下地服に甲冑姿。さらに白い羽織りをつけていた。五英傑のメドンであることは遠目からでもわかった。


「わが名は、ラティオ!」


 こちらから名乗ってみる。


「われこそは、頑固王アクシオプアトボロスの軍師である!」


 右にいるイーリクが前傾の姿勢になり、おれの顔をのぞきこんできた。


「軍師、頑固王がんこおうと言いましたか」


 おどろいたのか、イーリクの目は見ひらかれている。


 足首の怪我を押して戦いにおもむいている王だ。ちょうどいいような気がして言ってみた。


「のちの歴史書に書かれなければよいですが」


 左にいるナルバッソスまで、おどろく顔をしていた。


「われは、聖騎士イピコメドン! ふざけておるのか!」


 怒ったような声が返ってきた。


 むこうが全軍をならべるまで待ちたかった。答えずに待つ。


 メドンは待ちきれなくなったのか、馬首をひるがえした。まだ早い。敵は、全軍をならべきっていなかった。もういちど声をだしてみるか。


「ああ、ふざけてるぜ!」


 メドンは怒ったのか、すばやくこちらに馬首をむけた。そのあと右へ左へと、せわしなく馬を動かしている。


「アッシリア王都騎士団との戦いを、なんと心得るか!」


 かなり怒った声が返ってきた。アッシリア国では権威のある隊なのだろうが、おれらはレヴェノア国だ。さらに待つ。


 相手の陣が完成したようだ。このまえに見た大きな四角いならびだった。


「ころあいだな」


 左右にいるイーリクとナルバッソスに声をかけた。


 右の腰にさした馬鞭をぬく。頭上で大きくまわした。


 大集団が動きだした足音。それに馬蹄の音が後方から聞こえる。


「戦う気がないのか、レヴェノアの軍師よ!」


 距離をとって対峙するメドンが、また大声をあげた。さきほど名乗ったのに残念だ。おれの名は、おぼえていないらしい。


 ふり返り、自軍を見る。わが軍は北にむかって一目散に動き始めていた。


「レヴェノアよ、戦う気がないのか!」

「ふざけついでだ、おいぼれよ!」


 おれも大声で返した。


「貴殿の家、騎士団の兵舎、どちらがさきに帰るか、競争しようぞ!」


 こちらの言葉が突飛とっぴすぎたのが、馬を右往左往させていたメドンの動きが止まった。返事がない。


「アッシリアで会おう!」


 おれはもういちど大声をあげ、馬首をひるがえした。ふり返ると、メドンがあわてたようすで自陣へと駆けていく。


「よし、おれらもいこう」


 イーリクとナルバッソスに声をかける。おれたちは自軍へむけ、馬のはらを蹴った。


 こちらは騎馬隊がいきおいよく駆けだしているが、そのあと順に歩兵隊が動きだしているところだ。まだそれほど、いそがなくていい。


「釣れますかね」


 馬を駆け足ですすませながら、イーリクが聞いてきた。


 おなじく馬を併走させるナルバッソスが、あきれたような顔で口をひらいた。


「軍師も意地が悪い。あえて家や兵舎という言葉を口にするとは。敵が言おうものなら、家を焼き払われる絵面えずらが浮かぶでしょうに」


 おれは肩をすくめ、ふたりに答えた。


「まあ、軍略としては、アッシリアを守る必要はない。王はバラールだしな。だがメドンはあせっているだろうな」


 背後から軍勢の動く地響きが聞こえた。ふり返ると、敵はきた道へと駆けだしている。


「釣れた。これでやつの行動は、おれたちより早くアッシリアへ着かねばならない、という縛りができた」


 イーリクがうなずいた。


「こちらへ突撃してくるかもと思いましたが」

「メドンから見れば、レヴェノア軍は、あきらかに前回より数を減らしてきた。すでに出発している隊もいるのではないか。そう脳裏に浮かぶさ」


 もういちど、ふり返る。敵は騎士団につづき、ひきつれていた歩兵隊も駆けだしていた。


「第一段階は成功だ。ここからが長い勝負だな」


 おれの言葉に、ふたりの隊長もうなずいた。ふたりともが馬の手綱をたたく。


 おれも自軍に追いつくために馬の速度をあげながら、春のあわい青空を見あげた。


 見つめたさきは敵の王都アッシリアがある方角だ。北西のかなたには、いくつか黒い雲の固まりがある。こっちは晴れているが、王都アッシリアは雨だろうか。そんな、くだらないことを考えながら、自軍へと馬を走らせた。

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