第298話 東門の自宅

 城壁の門をくぐり街に入っても、ゴオはそのまま馬を駆けさせた。


 アトを背中におぶったままだ。さすがに街なかの通りにはいかず、城壁にそって城まで駆けた。


 石畳の広場、城へのぼる大きな階段の下まで着く。そこには、二本の長い棒に布をはったものがあった。


 すでに担架たんかを用意していたか。城から、人の背中にいるアトが見えたのだろう。通常の王なら、ひとりで馬に乗っている。なにかあったと気づいたか。


 担架を用意していたのは、ペルメドス文官長にちがいない。もと領主は自身の子供を心配するかのように、気が気でない顔で待っていた。


 ベネ夫人、フィオニ夫人も城からおりて階段の下で待っていた。


 アトは多くの手でやさしく馬からおろされると、担架に乗せられ階段をあがっていく。


「フィオニ夫人、イーリクを!」


 いそぎ階段をのぼろうとしていたフィオニ夫人を止めた。後続の馬がくる。イーリクを背負った近衛兵がきた。


 かいつまんで、なにが起きたかをフィオニ夫人に説明する。話を聞いたとたんに、フィオニ夫人の顔色が変わった。


「もうひとつ、担架を!」


 フィオニ夫人のさけびで、あわてて担架が用意される。王につづき、若き精霊隊長も担架に乗せられて城に入った。


 そこまで見届け、おれは自身の乗っていた馬を近くにいた兵士にわたす。


 城には入らず、街のなかを歩いた。東の門へ歩く。


 東の門に着くと、階段をあがり、自身の兵舎へと入った。


 入って扉をしめる。居間にある大きめの食卓机。その椅子いすを引き、座った。


 ここは城ではなく兵舎だ。ぜいをつくした調度品に興味もないので、食卓机も、この椅子も、木でできた粗末なものだ。


 その粗末な椅子から、立ちあがる気になれなかった。


 負けてはならない戦いで負けた。


 このレヴェノア国が劣勢れっせいであるいまこそ、勝ちが必要だった。


 アッシリアとグール。ふたつの巨大な勢力が手をむすんだ。だが人々の心は、小さな国であるレヴェノアに期待をよせている。


 そして敵側には人間族がいた。だが、市民や兵士はおなじ人間族であるアトを信用してくれた。


 期待と信用が、この小さな国によせられていた。ここは、ぜがひでも勝ちが欲しい局面だろうに。


 このさき戦いは、よりいっそう厳しくなる。ウブラという大国をまえにして、アッシリアは全軍をこちらにむけるのは不可能だ。だが、手持ちの軍は十万で、さらにグールがいる。


 そしてメドンの王都騎士団。いったんコリンディアに引きあげたようだが、損耗そんもうは軽いだろう。それにくらべ、まだ確認していないが、こちらは大きく数を減らしたはず。


 そしてなにより、あのドーリクが死んだ。


 いなくなってみれば、軍師のおれが、どれほど歩兵一番隊を軸にして考えていたかがわかる。


 今日の朝も、それは思った。突撃する一番手の隊、はなからドーリクの隊で想定していた。


 だがその一番手は、危険が大きすぎる。だから、ここまでの責任として、おれも戦うつもりだった。


 去っていくドーリクの背中。最後の最後に、おれはドーリクに守られたのだろうか。


 あの巨漢を初めて見たのは、焼け落ちたアトの故郷、ラボス村だ。


 そこからペレイアの街。大蛇獣サーペントと戦うさい、ドーリクは大きな盾をつかっていた。見たこともないほど巨大な蛇だった。それなのにドーリクは、その巨大な尻尾しっぽの攻撃をいともたやすく盾でふせいだ。


 尻尾といえば、サナトス荒原で戦ったグールの大軍。あいつは蜥蜴鳥サラマンドラの尻尾を引っこぬきやがった。


 長い付きあいだ。それはアトやグラヌスと、ほぼ変わらない長さになる。


 思い返せば、どこまでも細かくおぼえていた。いつも汗臭い野郎だったが、それはだれよりも汗をかいていることを示している。


 扉をたたく音で、われに返った。


 食卓机のまえで、粗末な木の椅子いすにかけたままだった。


 立ちあがり、入口まで歩く。扉をあけた。


「グラヌス、早いな!」


 いや、早くもないのか。回廊から外の景色を見ると、夕焼けの空が広がっている。


「ブラオの隊は救出した」

「何人、残った」

「およそ半数だな。隊長のブラオも負傷したが深刻ではない」


 約五十か。


「今回の戦いをまとめて、損害のほどはわかるか?」


 まだ聞いていない話だ。総隊長であるグラヌスはうなずき、口をひらいた。


「騎馬隊は、五百ほど減った」


 ならば残りは二千五百ほどか。思ったより被害はすくない。


「歩兵隊は、深手の傷を負った者も多い。ひとまず、いまの数でよいか?」


 グラヌスの言う意味は、これから死者の数は増えるぞと言いたいのだろう。


「ああ、いま生き残っている総数でいい」

「では、一万五千ぐらいだろう」


 思わず舌打ちがでた。騎兵の損害はすくなかったが、歩兵は、けたがちがう。出陣のまえは三〇〇〇人の隊を七つ作っていた。二一〇〇〇いた歩兵が一五〇〇〇か。戦死者は六〇〇〇。


 戦いの後半、メドン騎士団は陣をかすめるような攻撃を繰りかえした。肉をこそぎ落とすかのように、いいように歩兵がやられた。


 六千。采配の失敗で、六千の命が荒野にちったか。


「ラティオ、あえていまは、なにも言わんぞ」


 思わず顔をあげ、グラヌスを見た。


「おい、ドーリクが」

「その話は、すでにゴオ近衛隊長から聞いた。こちらに撤収したほかの隊長たちは無事だ」


 グラヌスが背をむける。もう帰るのかと思ったそのとき、すこしふり返った。


「今回、レヴェノア軍としては初めての大敗となる。あのグールとの戦いでも被害は大きかったが、勝敗としては勝ちと言えた」


 そう、そこだ。人々の期待や信頼は、建国からここまで大きくレヴェノア軍が負けていないことが大きい。


「兵士と市民に動揺は広がっているだろう。今宵こよいは、このグラヌスが見まわり番をする」


 うしろをむく肩ごしに、グラヌスは淡々と言った。


「ラティオは、王の酒場をたのむ。アトはしばらく安静が必要だろう」


 われらが王は、戦いが終わると必ず王の酒場に顔をだしていた。兵士へのねぎらいだ。その役を、おれにしろというのか。


 答えを返すひまもなく、グラヌスは歩き去っていった。

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