第297話 王都付近
荒野を北へとすすむ。
太陽はのぼりきっていた。すでに昼をまわっているだろう。
ゴオ近衛隊長を見た。背中のアトは目をとじている。発熱と疲労だ。早く王都へ帰らないと。
このアトの状態も考慮し、王都レヴェノアへ最短の道をいそぐ。
予想どおり、山から離れると敵の姿はなかった。
山を包囲する敵は、一万をこえる人数だった。アッシリアは潜伏者のすべてを山にあつめなければ、一万もの数にならないはず。ならば包囲さえぬければ、なんとかなるのではないか。その期待は、まちがえてなかったようだ。
うしろをふり返る。追いかけてくる者はない。まったく敵に気づかれず脱出に成功したようだ。これは皮肉にも、一番手が全滅したからかもしれない。
前進しつづけた歩兵一番隊は、悪夢のような強さだったにちがいない。敵の注目をあつめにあつめ、そして全滅した。
そして、ほぼ死んでいるのに倒れなかったドーリク。敵から見れば、もはや放っておいて近よりたくはないだろう。結果として、北への道がぽっかりあいた。
よこを歩くゴオ近衛隊長が、おれのほうに顔をむけた。
「街が見えたぞ」
まえをむいた。
「くそっ、甘かったか」
王都レヴェノアは見えた。だが、その途中が問題だ。人の集団が、なかなか無視できないほどいる。
旅人や旅団、またはレヴェノア国への亡命者。そうであればいいが、敵かもしれない。
多くは四人か五人ほどの小集団だが、数台の馬車をつれた大旅団もいる。
こちらは約百人。それも甲冑姿で半日ほど駆けている。いかに近衛兵といえど、からだの疲れはきわめて大きい。
「剣をぬけ」
ゴオの命令で、近衛兵が剣をぬいた。アトを背中にしたゴオは、いつもの大剣を背中にさげていない。部下の近衛兵がさやに入ったのをさしだすと、
「隊長、あれを!」
近衛兵のひとりが指をさした。東門の方角だ。
東門だけではなかった。西門からも、大勢の騎兵がでてくる。
「止まって待とう」
ゴオにむかって言った。途中にいる集団のよこを通りたくない。むかえの騎馬隊がせまっていても、あわよくばと斬りかかってくる可能性はある。
われらレヴェノアの騎馬隊は三千だ。だが、むかえの兵はそれ以上の数に見えた。ふたつの牧場から馬をかきあつめ、場内に待機させていたか。
先頭をひた走るのは、まずまちがいない。よく知る犬人、総隊長のグラヌスだ。
みるみるまに騎馬の群れが近づいてくる。
「アトボロス王は、おいでか!」
グラヌスの声が、かろうじて聞こえた。まだ遠いだろうに馬をかけさせながら、必死でさけんでいる。
「アトボロス王!」
またグラヌスがさけんだ。
「いるぞ、グラヌス!」
大声で答えた。
さらに手綱をたたくグラヌスが見えた。そのうしろの二騎は、騎馬隊長のふたり。ネトベルフとボルアロフか。
駆ける三騎のうしろから、五千を超える騎馬の群れがくる。旅団や旅装の集団が、あわてて道をあける姿も見えた。
「ラティオ、アトは無事か!」
グラヌスが駆けてくる。近くまでくると馬を止める手綱を強引に引いた。馬があばれる。グラヌスはそれを力づくでおさえた。
「アトは足を折った。熱もでている」
「よしっ、うしろに乗せよ。いそぎもどり、ベネ夫人へと」
「待ってくれ、グラヌス」
はやる総隊長を止めた。
「三つ子山。かつて隠田があった山だ。あそこから逃げてきたが、ブラオの隊は別方向に逃げてもらった」
グラヌスが南の方角に目をむけた。あのとき救出にむかったのもグラヌスだ。場所はおぼえているはず。
「王を
「救出だと。メドンの遠征軍は、コリンディアへと帰っていったぞ」
なるほど。やはり今回のこれは、ふたつ別々の行動があわさったのか。
「潜伏していたアッシリアの密偵だ。数はおよそ一万ほど」
「一万だと!」
ばさりと羽音が聞こえた。地上に鳥人の女がおりてくる。
「そういうことか。諜知隊を全方位にだしていたが、ほうぼうで襲われた」
ヒューの言葉に納得した。どうりで諜知隊のひとりとも出会わなかったはずだ。敵は、おれたちをさがすと同時に、王をさがす諜知隊の網も切っていたのか。
諜知隊の者を見ぬくのは簡単だろう。いま人々はレヴェノアの街をめざしている。それが街を背にし反対方向にいそぐ者がいれば、それは王の捜索であるのがばればれだ。
「グラヌス、もし、甲冑をつけた兵士を追いかけている旅装の者がいたら、それはアッシリアの密偵だ。
総隊長はうなずいた。
「ボルアロフ、ネトベルフ、王の護衛を千騎、ブラオ救出隊を四千。わけてすぐでるぞ」
「はっ!」
総隊長と騎馬隊長のふたりは、すばやく隊を再編成した。南にむかって駆けていく。
残った千騎のうちから馬をもらい、おれと近衛兵たちが乗る。王のアトは、ゴオの背中にもたれさせ、これまでと同様に落ちないよう
千騎にがっちりと守りをかためられ、われらの王は目をとじまま、やっと王都レヴェノアの門をくぐった。
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