第291話 山頂の夜

 三つ子山にある山頂のひとつ。


 かつて隠田おんでんがあった山頂だが、いまは小屋と広場があるだけだ。


 山頂までの道は、おれしか知らない。みなを案内するため、山の入口から山頂までをなんども往復した。


 まずゴオ隊長と近衛兵、そのあとにドーリクの隊、最後にブラオの隊をつれてくる。


 山頂の小屋には、食料のほかに武具や防具も用意していた。それにいくつか天幕もある。そのひとつを王だけのものとした。


 アトは落ちつきを取りもどしているが、熱がでていた。やはり足首が折れている。


 イーリクに癒やしをかけてもらおうとしたが、若き精霊隊長は首をふった。


「人の関節などは、むずかしい箇所かしょだと聞いております。癒やしの祈りが未熟な私より、いまはへたにさわらず、城に帰ってベネ夫人に見てもらうのが最良かと」


 この秀才が言うのなら、それはまちがいない。添え木で固定するだけにとどめ、アトは天幕のなかで安静に寝てもらうことにした。


 イブラオの遺体も山頂まであげ、広場のはしに埋めた。


 そこまでしたところで、日は暮れた。広場には約三百の兵がいる。たき火をいくつか作り、その周囲で休ませる。


 朝からいくさがあり、そのあとここまで逃げてきた。もはや兵は体力の限界だ。


「敵に王の居所は知られた。かといって、こっちに打つ手はねえ。とりあえず、この山でひと晩。それから考える」


 おれの案に、ゴオ、ドーリク、ブラオ、イーリクの四隊長も同意した。


「夜にうちに使者をだしますか?」


 聞いてきたのはイーリクだ。


「いや、無駄だろう。敵とすれば王をとらえる千載一遇の好機。この山からでるものを、全方位で血まなこになって見ているにちがいない」


 さきほど山すその状況を見てきたが、あちらこちらに集団の明かりが見え、巡回する見はりもいた。


 山からでれないが、対する敵も入ってこれない。罠だらけの山だ。闇夜に入れば生きてでられるわけがない。


「山の入口に、見はりを立てますか」


 イーリクの問いに答えようとしたが、意外にもゴオ隊長が口をひらいた。


「無用だ。この山頂にくるまでに見たであろう」

「たしかに、道は複雑でした」

「そう。素直に道をのぼればよいわけでもない。いくども道をはずれ、草をかきわける必要がある」


 やはり、ゴオ隊長とイーリクは交流があるのか。話しているふたりを見ていたが、ゴオ隊長がおれのほうをむいた。


「このような方法、アグン山では使っておらぬ」

「途中から道をかくす。こいつらの里でおぼえたことさ」


 おれはイーリクのほうをあごでしゃくった。


「私の里、フーリアの森ですか!」

「そう、あの森へつながる道は、草むらのなかにかくされていたからな」

「おれらの森が、こんなところで役に立つとは」


 ドーリクまでみょうに感心していた。

 

「まあ、明るくなって犠牲を覚悟するなら、罠を突破できるかもしれねえ。だが夜のあいだはとうてい無理だな」


 イーリク、ドーリク、ブラオ、ゴオ。四人の隊長は納得したようにうなずいた。


「天幕のひとつはアトがつかっているが、まだいくつかある。それぞれ使用してくれ」


 話はこれで終わりだった。明日のことは、朝になってみないと状況がわからない。そして夜のあいだにできることは、なにもなかった。


 四人の隊長には散会を告げ、おれは数人の兵士をつれて小屋に入る。


 小屋のなかにある備蓄の食料などを配るように手配し、わき水の場所も伝えた。


 ひとまず、すべきことを終え、おれは夜空を見あげた。雲の切れ間から月がすこし見える。


 ひとつ、大きく息を吐いた。


 おれは話さなければならない男がいた。歩兵三番隊長のブラオ。今日死んだイブラオの兄だ。


 イブラオの最期を看取みとったのは、おれだった。兄のブラオに報告する義務があるだろう。


 ブラオの天幕までいき、声をかけた。


「おれだ。ラティオだ」

「入ってくれ」


 入口の布をあげ、天幕のなかに入る。


 ブラオは、わらのむしろをいているところだった。


「こんなものまであったぞ。じつに細かいところまで気を配る。おまえの頭のなかは、得体えたいがしれんな」


 たしかに、わらのむしろも山頂にいくつかある小屋のひとつに置いていたものだ。


 ブラオの言葉には答えず、対面に腰をおろす。土の地面に座った。


「話さなきゃならねえことがある」

「弟のイブラオか」


 むしろに座り、兄であるブラオはすぐに口をひらいた。


「死体の矢傷を見ればわかる。王をかばって死んだのだろう」

「木の上に敵がひそんでいた。つまり、ここのことはアッシリアにばれていた」


 ばれないだろうと思っていた。また、ばれても害はないと思っていた。王都レヴェノアから離れた避難所だ。つかう機会は、ほぼないだろうと。


 だが敵は今回の戦いにあわせ、大がかりな策をこうじていた。


 五英傑のメドン、あいつの策ではないだろう。逃げるレヴェノア軍に、騎士団は追撃をかけてこなかった。メドンの出兵にあわせ、アッシリアが裏で動いたにちがいない。


 そしてそれは、予測しなければならないことだった。いまいるここが、まさにそれを示している。


 村をまるごと入れかえる。そんなことをする国だ。アッシリアという国は表の戦いはへたくそでも、裏の暗闘は大がかりに仕掛ける国だった。


 考えに沈んでいたが、ブラオが意外そうな顔でおれを見つめていた。


「なんだ、弟の死。その責任を感じているのか」

「そりゃそうだろう。軍師であるおれの失態だ」


 ブラオはあぐらをかいた体勢で腕をくんだ。遠くを見つめる。


「まあ、弟は王をまもる近衛兵だ。仕方がない」


 その言葉を吐く表情ではなかった。遠くを見つめ、たまになにか思いだすのか視線が動く。どう見ても、ブラオは遠い昔に思いをせている顔だった。


「なあブラオ。今日でアトは、イブラオと旧知の仲であることに気づいたぜ」

「なにっ」


 小さくおどろきの声をあげ、ブラオはおれの顔を見た。


 イブラオの死にぎわを兄であるブラオに伝える必要はあった。それと同時に、聞きたいこともある。


 イブラオとアト、ふたりは旧知の仲だった。ならば必ず、この兄ブラオも関係はあるはず。


 ブラオは、顔の下半分にある長いひげをさすりながら考えこんでいた。


「おまえら兄弟は、アトになにか恩でもあるのか?」


 ヒックイト族には、いにしえおきてがある。大きな恩を受けたら、おなじ大きさの恩を返せというものだ。


 おれも、そしてゴオも、その古の掟にしたがっていた。いや正確には、したがっているふりだ。


「恩があるのは、メルレイネのほうだ」

「あん?」


 いっしゅん、だれかわからなかった。あまり耳にしない名だ。だが思いだした。


「アトの母親か!」


 ブラオは、ひげをさするをのやめ、おれを真剣なまなざしで見つめていた。

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