第289話 遠い王都
砂塵の舞いあがるなか、ふたりの隊長と再会した。
ドーリク歩兵一番隊長、ブラオ歩兵三番隊長だ。
ふたりとも、つれていた歩兵は百ほど。
これは仕方のないことで、全軍退避と伝えていた。退避のさいは、ちりぢりになり方向もばらけて走ると事前に決めてある。固まるとしても百名ていどの小集団で逃げろと言い聞かせてあった。
だが、ドーリク、ブラオ、そして近衛隊。これで約三百にはなる。ゴオ近衛隊長をふくめ、三人の隊長へ
「アッシリアは、偽装兵を仕込んでいる。このまま街道は通れねえ。大きく迂回し、王都レヴェノアをめざす」
ドーリクはうなずいたが、ブラオは周囲に吹きすさぶ砂塵を見まわした。
「この視界、街道以外で馬を駆けさせるには無理だろう」
ブラオの言葉は正しい。街道でなければ、地面には穴もあれば岩もある。馬に乗って移動すれば、落馬するのが目に見えていた。
地面に座るアトを見た。近衛兵によって右足に木の棒をくくりつけられている。
「おれが背負って駆ける」
木の棒をくくりつけていた大きな男が、そう言って鎧をぬぎ始めた。たしかに鋼の鎧をつけたまま人を背負うのはむずかしい。
「兄者、周囲の守りをたのむ」
大きな男がふり返り言った。ブラオの弟イブラオだ。そうか、イブラオは近衛兵だった。
剣と剣がぶつかる音が聞こえてきた。いまだ混戦は終わらずか。
「馬は捨てる。まずは北東へ。まえをドーリク、うしろはブラオ」
おれの言葉で、三人の隊長が動きだした。
ゴオ隊長の近衛隊がアトを囲む。その前方をドーリクの百人、後方をブラオの百人で守る。
イブラオが立ちあがった。子供のころから知っているが、大きなからだだ。おれにむけてうなずく。背中にはアトがおぶさっていた。ふたりは、ひもで胴体をくくりつけてある。ちょっとやそっとでは落ちそうになかった。
「出発だ!」
まえをいくドーリクにむけて言った。歩兵一番隊の百名が走りだす。そのうしろについて近衛隊も走りだした。
だがすぐに、旅装の敵があらわれた。
「レヴェノアの王がいたぞ!」
「こざかしいわ!」
ドーリクの怒声が聞こえた。歩兵一番隊の百名が、盾をまえにして敵にむかう。矢が盾にぶつかる音が聞こえた。
「東だ!」
周囲を走る近衛兵にむけて言った。走る方向を変える。
「ブラオ、まえへ!」
後方にむけて大声で伝える。歩兵三番隊の百名が、近衛隊を追いこして東へと走った。
しかし、すぐに偽装兵が見えた。だが今度は二十ほどしかいない。
「このまま突撃だ!」
おれはさけんだ。ブラオの隊が盾をまえにして突進する。
軍隊のなかで歩兵が、もっとも守りに強いと言われている。その理由がこれだ。盾だった。
歩兵だけが大きな盾を持っている。盾のあつかいが
ブラオの隊は、たやすく旅装をした敵を沈めた。そのあいだに、ドーリクの隊がもどってくる。
もういちど北東にむかって走った。
しばらく走ると、やはり偽装兵が待っていた。数は五十ほど。
「ドーリク、前方のブラオを援護!」
うしろにむけて大声をあげた。ドーリクの隊が近衛隊を追いこし戦いに参加する。
相手は五十、戦いはすぐに決着がついた。だが敵を倒したふたつの歩兵隊は、肩で息をしている。
思案のしどころだ。みな鋼の胴当てをつけ、そこに大きな盾を持って走っている。長く走れるわけがない。
偽装兵の数がわからなかった。そして、これは待っていても減りはしない。
敵の偽装兵が戦うのは、この集団を見たときだけだ。ほかのレヴェノア兵と出会っても、旅人のふりをすればいい。
帰るのは無理なのか。
敵とすれば、こちらのむかうさきは明白だ。王都レヴェノアしかない。
これはやっかいだ。偽装兵は王をさがして歩く。逃げるレヴェノア兵をいくつか見れば、ここではないということになる。ならば、もっと王都の近くをさがせばいい。
まるで吸い寄せられるように、偽装兵は王にたどりつくだろう。その動きより早く、こちらは街へ帰れるのか。
これ以上の味方を呼ぶのも不可能だ。レヴェノア軍はいま、各個に敵の歩兵と戦いながら逃走している。
「軍師よ」
ドーリクが次の指示を待つように口をひらきかけた。おれは答えず、イブラオに近づいた。
イブラオのうしろにまわり、アトがつけている白い羽織りをはずそうとした。だが、イブラオの胴とひもでむすんである。
「すまねえ、すこし待ってくれ。はずしておけばよかった」
イブラオはかがみ、胴体のひもをゆるめていく。
いぜんに夜の闇にまぎれレヴェノアの街へもどった。たった三人でだ。
ならば羽織りをはずし少数にわかれるか。この集団が、逃げるレヴェノア軍のなかでもっとも数が多く見えるだろう。それは王がいると宣言しているようなもの。
いや、それも無理だ。あれは敵の集団に見つからなければいいだけだった。いま敵はアトを見つけようと広くちらばっている。
アトは人間だ。白い羽織りがなくとも、レヴェノア国でたったひとりの人間族だ。見ればわかる。
いっそ、ボレアの港をめざすか。だがそれは読まれていないか。
「ラティオ」
かがんだイブラオの背中にいるアトが、首をひねっておれに声をかけた。
「だいじょうぶだ」
すぐに答えた。そう答えるしかない。みなが、おれを見つめていた。あたりまえだった。おれは軍師なのだから。
あまり
「奥の手をつかうか」
おれのつぶやきに、おれを見つめていた四隊長ドーリク、ブラオ、イーリク、ゴオが
王のアトも、イブラオの背中からおれを見つめている。おれはみなにむかって説明をつづけた。
「南東へむかうぞ。数刻は歩くことになる。あまりに重い装備は、はずしてもかまわねえ」
アトが、ふしぎそうな顔で聞いてきた。
「南東、ボレアの港でもなく、ラウリオン鉱山でもない?」
「こんなときのために、避難できる場所を隠して作ってある」
「いつも思うけど、ラティオの言う、こんなとき。それがわからないよ」
アトが笑った。おれはその笑顔にこたえるように、深くうなずいた。
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