第288話 待ちぶせ

 レヴェノア軍は、ちらばり駆ける。


 これは決めごとのひとつだった。


 通常の退却であれば、隊列をくんだままの後退となる。それにたいして全軍退避。これは四方八方にちらばり逃げるのが重要だった。敵の追従を分散させる。


 おれは王であるアトのよこで馬をかけさせた。まわりには近衛兵の百人、そしてイーリクもいる。


 敵の歩兵がいよいよせまってきた。


「左右からくるぞ!」


 周囲の味方に伝えるため、大声でさけんだ。


 やはり、敵が個々で追いかけてくる。


 いち兵士にしてみれば、敗走する敵は、武勲ぶくんを立てる好機だ。戦う気力を失った相手は倒しやすく、敵の小隊長でもほふれば、さらに昇進の芽も見えてくる。


 敵の好機。だが戦いの神はレヴェノア軍に味方したか。かわいた大地に強い風がふき、茶色い砂塵を巻きあげていた。視界はどんどん悪くなっている。


「アトボロス王、覚悟!」


 右からふいに敵があらわれた。甲冑のにぶい輝きが殺到する。それでも数は二十ほど。


 近衛兵が動く。剣と剣がぶつかる音が聞こえた。


「レヴェノアの国王がいたぞ!」


 今度は左から敵がくる。数は三十ほどか。これもすばやく近衛兵が立ちむかった。金属のぶつかる音を尻目に、さきへと駆ける。


 近衛兵は、歩きが五十、馬に乗るのが五十という編成だった。そのため馬を全力で駆けさせると、歩きの近衛兵を置き去りしてしまう。ゴオ近衛隊長が隊の速度をゆるめた。


 最初の戦いが終わったのか、右からの敵と戦っていた近衛兵たちが走りもどってくる。


 だが、そのうしろから、追いかけてくる敵の姿も見えた。


「ラティオ、このまま街道へすすめ!」


 ゴオ隊長はそう言うと、馬を反転させた。十騎ほどつれて追いすがる敵にむかう。


 敵の数は四十ほどに見えた。十騎で勝てるのか。いっしゅん心配したが、それは不要だった。ゴオを先頭にした十騎が追ってくる敵歩兵にぶつかる。


 まるで、むらがってきた子犬を蹴ちらすかのようだった。相手の歩兵が突き飛ばされていく。駆けながらゴオは馬の上から大剣を右に左に振りおろしていた。


 前方に視界をもどす。そろそろサナトス荒原をでるあたりまできた。植物の育たない荒原が終わり、あちらこちらに草のしげみが見える。


 左から歩きの近衛兵たちも帰ってきた。だれも負傷していないように見える。たいしたものだ。


 風はよりいっそう強くなり、砂塵が目に入らないよう片手で目をかくす。


 街道が見えてきた。道のわきに雑草がしげるので、そこが道だとわかる。


「アト、街道まできた。馬に乗るやつだけで街までいそぐか」

「待ってラティオ、ゴオ隊長がもどってくるのを待ちたい」


 アトはからだをひねり後方を見た。


「見えるか?」

「だめだ、砂塵で見えない」


 街道が近づいてくる。街道の上、人の集団が見えた。旅装か。ならば旅の集団。いやちがう。弓をかまえている!


「アト!」


 となりを走るアトの馬へ自身の馬をぶつけた。矢の風切る音が耳をかすめる。アトもおれも馬上から倒れた。


偽装兵ぎそうへいだ!」


 起きあがりさけんだ。まわりで馬を駆けさせていた近衛兵の何人かが落馬している。残りの者が壁を作った。


 また風切る矢の音。何名かの近衛兵が馬から落ちた。


 おおう! と雄叫おたけびをあげ、徒歩の近衛兵が敵にむかって走る。旅装をした敵がまた矢をつがえたが、矢を放つより突進する近衛兵のほうが早かった。


 小さなうめきが聞こえ、となりを見た。倒れた馬体にアトが足をはさまれている。


「アト!」


 倒れている馬の手綱をつかみ引っぱった。馬が立ちあがる。アトが顔をゆがめ右の足首に手をそえた。


「折れたか」

「たぶん」


 これはしまった。敵の弓は白い羽織りをつけるアトをねらっていた。おれはとっさにアトの馬へぶつけたが、王を怪我させてしまった。


 馬蹄のとどろきが聞こえ、十騎の近衛兵が帰ってきた。


「アトボロス、歩けるか?」


 馬上から声をかけたのはゴオ近衛隊長だ。


「おそらく、無理だと思います」


 ゴオが馬をおりた。アトを持ちあげて馬に乗せるためだろう。


「待ってくれ、ゴオ隊長。偽装兵だ」


 ゴオが街道を見た。すでに近衛兵によって弓を持った敵は倒されていた。倒れているが服装は旅人だとわかる。それに倒れた棒があり、赤い布がついていた。近ごろ見かける避難民がかかげる旗だ。


 偽装兵。まさか、この局面でアッシリアが奥の手を用意しているとは。


 このテサロア地方のいたるところから、王都レヴェノアをめざす人々がいる。見ぬくのは無理だ。そして潜伏しているのならば、これだけではないはず。


「レヴェノアの国王がいたぞ!」


 敵の声。くそっ、まだ敵の歩兵は追ってくるか。


「われらが王にやいばをむけるか!」


 敵のさらにうしろから声が聞こえた。


「この戦斧に勝てると思うな!」


 なるほど、駆けつけたのはドーリク歩兵一番隊長か。


「アトボロス王、どこにおわす! ブラオがここに!」


 ちがう声も聞こえた。


「こっちだ!」


 ブラオの声がしたほうにむけ、大声で返した。


 

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