第287話 とどめの突撃

 あらわれた百騎は、フラムの第三騎馬隊だった。


 敵の騎士団にぶつかっては逃げる。フラムの百騎はそれを繰りかえした。


 さすがに我慢ができなくなったか、敵が動きだす。


 メドンひきいる王都騎士団の五千は、包囲していた輪をといた。そしてフラムの小集団を追いかけだす。


 包囲がとかれ、グラヌスひきいる三千の騎馬隊は逃げた。


 あぶないところだった。騎兵は動いていれば、それが防御にもなる。足を止めれば単純に数が多いほうが強い。


 体勢を立てなおしたグラヌスの騎馬隊が、今度は騎士団を追ってうしろを取った。こうなると数の差ではなく、うしろを取ったほうが強い。


 そのすきにフラムの百騎が逃げた。歩兵の自陣をまわりこんでくる。


「フラム!」


 王が大声で呼んだ。先頭を駆ける馬が近づいてくる。


 フラムは足が曲がらないはず。曲がるようになったのか。その疑問は近づいたフラムを見ておどろいた。


 足首に、がんじょうそうな革のおびを巻いている。それが馬のはらを通っていた。


 ふつうなら足はあぶみに乗せる。それができないフラムは、両足を革の帯でつなげて固定しているのだ。


 思いきった手だ。馬には乗れるだろうが、落ちてしまえば引きずられて大怪我になる。


「敵の不意をつきたかったので、通常の道をはずしてきました。思いのほか遅くなってしまったようです」


 フラムが笑顔を見せて言った。


「よくきてくれた!」


 王のアトもうれしそうだ。


 ひとつ疑問があった。騎兵は長剣か槍を持っているはずが、フラムはなにも持っていない。だが、この若き犬人がぶつかるたびに、敵が馬から落ちるのを見た。


「フラム、武具はないのか?」

「ラティオ様、これです」


 上半身をひねり背中を見せた。矢筒やづつかと思ったが、それより長い。


 フラムが背中に手をのばす。そのうちの一本を取った。細い剣、まるで針のように細かった。それが何本も入っている。


突剣とつけんか!」


 かつてフラムがつかっていた武具だ。突き刺すためだけの剣だ。


「長い戦闘はできませんので、これを刺して逃げるだけです」


 それでは、まるではちだ。


 たった百騎の新戦力だが、ありがたすぎる助っ人だった。これで、こちらの手札が増える。


 すこし申しわけない気持ちになった。フラムと百人の騎兵候補が、別の牧場にいたのは知っていた。だが軍師の仕事に追われ、見にいくこともなかった。


「だまっていたとはな。とんだ軍令違反だぜ」


 おれの言葉に、駿馬の雄は笑った。いぜんによく見た、さわやかな笑顔だ。


「フラム、いま騎馬隊は、総隊長がひきいている」

「はい、グラヌス様の姿を見ました」

「やつと協力し、うまく敵を翻弄ほんろうしてくれ」

「はっ、かしこまりました!」


 フラムの百騎が駆けていく。


 荒野を見れば、立場が逆になっていた。さきほど追いかける側だったグラヌスの騎馬隊を、いまはメドンの騎士団が追っている。


 グラヌスは右に曲げたり左に曲げたりと駆けているが、その動きにも騎士団は対応して追いかけていた。


 そのさらに後方から、フラムの百騎が猛烈に追いあげていく。メドン騎士団のうしろにぶつかる。騎士団がグラヌスたちを追うのをやめて曲がった。


 三つの集団が離れた。メドンの騎士団五千、グラヌスの騎馬隊三千、フラムの百騎。


 グラヌスの騎馬隊は数を減らしている。さきほど足を止められ包囲されたのがきいたか。二百ほどは減っている。


 さきに動いたのはメドン騎士団。グラヌスではなく、フラムの百騎へむかった。ならばとグラヌスの騎馬隊がうしろを取ろうとしたが、メドン騎士団がふたつに割れた。


 反転してきたメドン騎士団の片割れと、グラヌスの騎馬隊が正面からぶつかりあう。予想していなかったか、グラヌスの騎馬隊が密集を崩した。


 さらにメドン騎士団は、ふたつに割れる。ふたつがグラヌスの騎馬隊を左右から襲った。


 フラムはどうか。こちらはなんと三つだ。メドン騎士団の片割れは、三つにわかれてフラムの百騎を追いかけていた。


 複雑な戦場になっていた。敵の騎士団は五つに分かれている。グラヌスとフラムを相手にしながら、ふいにこちらの歩兵にも突撃してくる。


 この千騎ほどの突撃をなんとか歩兵は止めるが、そのたびに歩兵の数が減っていく。


「私は正直、甘く見ていたようです」


 となりに馬をならべる精霊隊長、イーリクがつぶやいた。


「ここまでとは、おれも思ってなかった」


 忸怩じくじたる思いでイーリクに答える。


 ザンパール平原で、あの騎士団の動きは見た。だが、まだほんきではなかったらしい。


 五英傑、そう呼ばれるだけあった。勝機が見えない。


 フラムの隊は蜂のように飛びまわり、騎士団の攻撃をかわしている。グラヌス、ボルアロフ、ネトベルフらも、騎馬の数で負けている状況ながら奮戦していた。なんとか対等に持ちこもうとしている。


 それでも、メドン騎士団のほうが一枚上をいく。


 さらにまずいことに、朝もそうだったが、風が強くなっていた。砂を巻きあげ始めている。


 視界が悪くなれば、騎馬と歩兵での連携がとりにくい。それにくらべむこうは、周囲が見えなくとも、ひとつに固まって突撃すればいいだけだ。


「軍師、右翼からきます!」


 イーリクの声で右をむいた。五つになった騎士団のひとつ、千騎ほどがせまっていた。


 こちらは四角い方陣に各隊をくませている。よこからの攻撃にも対応しやすいためだ。


 カルバリスの歩兵四番隊がぶつかった。ここが何度もねらわれている。三千だったカルバリスの隊は、いまや二千五百ほどに減っていた。


 崩れそうになるのを、うしろからナルバッソスの隊が応援に入った。ドーリクの一番隊も動いたが、それを見てすばやく騎士団は離脱する。


 ひとつの丸い円陣に変えるか。だが円陣にすると防御はしやすくなるが、密集するので各隊の動きは取れない。


 騎士団の千騎がまたくるが、今度は突撃せずに反転していった。ややこしいのが、この動きだ。


「各隊、円陣に!」


 そこまで言って止めた。敵の歩兵が動いている。目まぐるしく動く騎士団に注意しすぎていた。


 待機していた位置から移動し、しかも二手ふたてにわかれていた。大きく戦場を迂回うかいして左右からせまってくる。


 正面。五つになっていた騎士団のふたつが合流し、ひとつになろうとしていた。これは左右から敵の歩兵、正面にメドン騎士団か。


 グラヌスとフラムの騎馬隊を確認する。残りの三つの騎士団と戦っていた。


 敵がとどめを刺しにきた。あの突撃を喰らうと負ける。


退避たいひ!」


 おれの声に、各隊の隊長がふりむいた。


「個別で退避! ちらばり王都へ帰る。全軍退避!」


 まとまって後退はできない。おれたちが後退しても、それにあわせ左右にいる敵の歩兵が動くだけだ。そして正面の騎士団からも逃げられない。


「繰りかえす、レヴェノア軍は全軍退避!」


 もういちどさけんだ。


 正面、二千に固まった騎士団の先頭。白い羽織りをつけているのが見えた。五英傑、聖騎士メドン。


 メドンは長剣を上にかかげていた。突撃の合図か。だが、その長剣がふりおろされるような動作は見えなかった。


 それどころか、気のせいか、メドンはやる気をなくしたか。こちらに背をむける白い羽織りが見えた。

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