第286話 騎士団の猛攻

「くそっ!」


 騎士団に崩された二番隊を見て、思わず声がでた。


 マニレウスの二番隊は、かなり強い。かなり強くてこれか。


 三角にかたまった五千の騎士団。さらに押してくる。くさびを打たれたかのようだ。このままでは前衛が突破される。


 そのとき、おれらのいる近衛隊、その右にいた隊が動いた。ナルバッソスの歩兵五番隊だ。


 崩れた二番隊のうしろに五番隊が駆けつける。


「近衛隊、さがるぞ!」


 うしろにいるゴオ隊長にむかって言った。中央にいるこの隊が、ナルバッソスのじゃまになる。


 自陣の左右から馬蹄の音が聞こえた。まわりこんでいくこちらの騎馬隊。だがその動きを察したか、騎士団はすばやく反転した。


 まっすぐに駆け去る騎士団。そのうしろをボルアロフの一千、ネトベルフの二千が追う。


 騎士団は左右のふたつにわかれた。それをこちらのふたつも追う。


 逃げるふたつの騎士団は、弧をえがくように走った。


「まわりこんで背後にくるぞ!」


 周囲にいる近衛隊にむけてさけんだ。


「全体、まわれ右!」


 総隊長のグラヌスが大声で命令するのが聞こえた。


「まわれ右だ、反転して敵を見よ!」


 グラヌスは大声で命令しながら、近衛隊のわきを通りすぎ後方へでた。


 自軍が反転する。前後が逆になった。


「近衛隊と七番はそのまま、ほかは前進!」


 そう、前後が逆になると、王のいる近衛隊が前衛になってしまう。


 全体が動くことで、止まっていたおれらは後衛になった。


「各隊、方陣を固めよ!」


 グラヌスの声。陣形がととのっていく。


 前後が逆になったので、前衛の右がコルガ、中央がナルバッソス、左がカルバリスの隊だった。


「騎士団くるぞ、盾かまえ!」


 ナルバッソスの声だった。前方を見る。


 ふたつにわかれていた騎士団は、ちょうど正面でひとつになった。ボルアロフとネトベルフの隊は追いかけているが、あきらかに騎士団のほうが速い。


 またもや騎士団の五千が駆けてくる。おなじ三角の突撃隊形でだ。


 前衛の中央、ナルバッソスの隊に緊張が走るのがわかった、だがそのとき、騎士団は進路を変えた。


 右のコルガひきいる六番隊にぶつかった!


 飛びちるようにコルガの隊が四散した。岩で皿をたたいたようにくだけちった。


 そのままななめに騎士団は駈けぬけていく。


「ラティオ、歩兵の指揮をたのむ!」


 さけんで飛びだすひとつの騎影があった。グラヌスだ。


 騎士団を追うボルアロフとネトベルフの騎馬隊。そこにグラヌスが追いついた。


 ふたつの騎馬隊がグラヌスによってひとつのかたまりとなった。


 グラヌスとしても、あの騎士団を止めないとどうにもならない、そう思ったか。


 おれは歩兵を見なければならない。周囲を見まわした。


「東の方角へ移動する。移動しながら六番隊は、二番隊へ合流!」


 隊長のコルガは無事。だが騎士団からの攻撃で、六番隊に倒れた者が多い。


「伝令兵!」


 黒い上着をつけた兵士だ。すばやく馬を駆けさせてきた。


輜重隊しちょうたいの隊長ミゴッシュに伝令。全軍は東に移動する。そのすきに負傷者の救出をたのむ!」


 小高い丘のうしろに、荷車を引く集団を待機させていた。


 伝令兵が駆けていく。すれちがいで、ひとりが馬で近づいてきた。イーリクだ。


「軍師、ミゴッシュという者は?」

「若い犬人だ。役所で働いていたが、ジバと旧知の仲だったらしい」

人夫にんぷではないのですか。では、本人から参加したいと?」


 イーリクにうなずき、伝令兵が駆けていく方角を見た。丘のうしろにいるので、ここから輜重隊は見えなかった。


 いつもなら荷車を押す人夫をあつめるが、今回は参加を希望する者が多い。ほかにも、ジバとともに戦った人夫が参加しているはずだ。そのうちの数名とは話をした。たしか名は、レゴザ、デルミオという猿人。それにフリオスという犬人がいたか。


「よしっ、イーリク。おれらも東へ動くぞ」


 全体が東へゆっくりと動いていく。動きながら、コルガの六番隊はマニレウスの二番隊と合流した。


 敵の騎士団と、自軍の騎馬隊は、この広いサナトス荒原でぶつかったり離れたりしていた。


 だが、何度目かで変わった。メドンひきいる騎士団は、ぶつかると見せかけ個々に広がった。グラヌスがひきいる騎馬隊を通りすぎて再集結する。


「南からくるぞ、南にかまえ!」


 周囲にむかってさけんだ。


「南だ、かまえよ!」


 隊長や小隊長たちの伝達する声が聞こえてくる。おれのいる近衛隊も後衛にさがった。おれが言わなくとも、ゴオ近衛隊長が全体の動きにあわせていた。


 前衛、マニレウスの二番隊は、六番と合流した。さきほどより人数がいる。


 中央にくると見せかけ、また騎士団は進路を変えた。ぶつかったのはブラオの三番隊。


 しかしブラオの隊は受け流すように後退し、うまく突撃をいなした。それでも数十人は馬に蹴られ、馬上からの長剣で斬られる者も見えた。


 受け止めてさがった三番隊が、今度は止まった騎士団に攻撃しようと前進する。その動きより騎士団の離脱が速い。


 だが駆け去る騎士団の左から、いきおいよくグラヌスの指揮する騎馬隊がぶつかった。


 それでも瞬時に騎士団は右に方向を変える。グラヌスの攻撃を受け流した。


 まずい気がする。騎士団という強力な手札に対し、こちらが用意した手札が通用していない。そんな状態だ。


 歩兵を歩兵にぶつけるか。混戦になれば騎士団は突撃できない。そう思ったが、だめだった。見れば敵の歩兵は、あきれることに最初の位置から動いていない。


 歩兵は、おかざりか。五英傑のメドンは、ひたすらに自身がひきいる騎士団で戦いたいだけか。


 わあっ、という悲鳴が聞こえた。自軍の悲鳴だ。こちらの騎馬隊が危機におちいっている。三千の騎馬隊は、五千の騎士団に取り囲まれそうになっていた。


 歩兵を動かすか。だがいま歩兵は陣形を固めている。歩兵が陣形を崩すのを、メドンはねらっているのではないか。


 そのときだった。


 百ほどの騎馬が、包囲している騎士団にぶつかった。ぶつかってすぐ逃げる。そしてまたぶつかった。


 ふしぎなことに、ぶつかるたびに敵の騎士団は馬から落ちている。あのぶつかった瞬間だけで攻撃しているのか。


「第三騎馬隊だ!」


 われらが王のアトが馬のあぶみに立って遠くに目を細めていた。


 第三騎馬隊。まだ正式には設立していない隊だ。今回の戦いにも招集していない。


 百の騎馬隊をよく見る。先頭の男、たしかに見おぼえがあった。ひざを壊し別の牧場で療養していた若き犬人。かつて「駿馬しゅんめゆう」と呼ばれた男、フラムだった。

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