第285話 アッシリア王都騎士団戦

 メドンが自陣へもどる。


 それだけでなく、陣の全体もさがった。


 巨大な四角にならんだ敵の隊列、それが陣形をたもったままの後退だった。


「まるで、準備ができるまで待ってやる。そう言ってるみてえだな」


 となりで馬をならべるイーリクにむかって言った。ふたり丘の上から全容を見ている。


「軍師、なさけない話をします。どう敵が動くのか、まったく私は予想がつきません」


 敵の陣容を見た。整然とならんでいるが、ただの大きな四角ともいえる。


「イーリクがわからないのは、あたりまえだぜ」


 秀才の犬人は小首をひねった。なぜ、あたりまえなのかと考えている顔だ。


「人がする戦いには、目的がある。敵の指揮官を倒したい、または城ならば門をやぶりたい」


 イーリクがうなずいた。おれは話をつづける。


「ところがだ。今回の敵、あのメドンは、どうやら戦いがしたいだけのようだ。そうなると目的がない。読めないのは、とうぜんだな」


 こちらの軍がサナトス荒原に入っていく。


 アトもグラヌスも、隊列へもどっていた。予定どおりの陣形ができあがっていく。


 まず歩兵。まえの右から一番、二番、三番。四角い方陣をくみ、隊と隊のあいだは三十歩ほど距離をとる。


「あいつの隊を中央にすると思いましたが」


 イーリクが言うあいつとは、ドーリクのことだろう。ふたりはフーリアの森で生まれ育った幼なじみだ。


「たしかに、歩兵隊で、もっとも強靱きょうじんなのは一番のドーリク隊だ。中央にするかとも考えたが、はしのほうが攻勢に転じやすい」


 考えているのか、イーリクはあごに手をやった。おれと話をすることが多いからか、おれのくせがうつってしまったようだ。


 その考えがまとまったのか、イーリクは口をひらいた。


「そうか、二番隊のマニレウス殿は、コリンディアでも歩兵隊長。経験が豊富だ」

「ご明察だな、イーリク。マニレウスは攻めるにしろ守るにしろ安定した力がある」

「だから中央ですか。なるほど」


 前衛の三つがならび、動きを止めた。その位置にあわせ、後衛がならんでいく。


 うしろの後衛も、おなじように順にならべることにした。右から四番、五番、六番、七番。


 五番と六番のあいだ、はさむように王と近衛兵の百を置く。


 最後尾がボルアロフとネトベルフの騎馬隊。だが騎馬隊は、戦いが始まればすぐに動く。


 七つある歩兵隊のあいだを、総隊長であるグラヌスが馬で駆けていた。ほうぼうに指示をだしている声が聞こえる。


「いこう、イーリク」

「ここから見ないのですか」


 おれは首をふった。


「今回は自陣に入ったほうがいいと思うぜ。相手は騎士団。騎馬を押しだしてくるだろう。こっちも動きが多い戦いになる。流れによるが、最後はサナトス荒原のはしっこで戦ってるかもしれねえぜ」


 イーリクはうなずき、手綱をたたいた。おれも馬のはらを蹴る。


 丘をおりて自陣に入る。隊列の隙間ぬって、アトのとなりに馬をならべた。


 ふり返ると、アトのうしろにはゴオ近衛隊長、そのさらにうしろには、深紅の旗を持つ旗手がいる。


「動くようです」


 イーリクの声。犬人の美青年はアトをはさみ右にいた。前方を見る。


 大きな四角の陣、その最前列が動いた。その次、またその次と、順に動きだす。


「まえ側は、すべて騎馬か!」


 最前列は見えていたが、ここまで極端だとは思わなかった。ようは騎士団を横いっぱいにならべ、そのうしろに歩兵を置いただけだ。


 騎士団の五千が動く。速い。全速力で駆けさせる速さだ。しかもその速さで駆けながら三角の陣形になっていく。


「突撃くるぞ、盾かまえ!」


 グラヌスの声が聞こえた。歩兵の一番、二番、三番の方陣がならぶ前衛。その最前列が動いた。うしろの馬上からなので正確には見えない。だが盾をかまえたのはわかる。


 騎士団がきた。駆けるさきは中央。マニレウスの歩兵二番隊。こっちは三千の歩兵が四角い方陣を固めている。すきはないはずだ。


 ぶつかった。くだけちるかのように二番隊の陣は崩れた。





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