第283話 迎撃の準備

 王の城、その屋上に駆けあがる。


 屋上には、アト、グラヌス、そのほか王を護衛する近衛兵のふたりがいた。そこへヒューが帰ってきている。


 鳥人の軍参謀は、駆けあがってきた隊長たちを見まわした。


「ほう、みな状況が知りたいのだな」

「ヒュー、こっちは待ちくたびれてるぜ」


 おれの言葉に、ヒューもうなずいた。


「ではさっそく話そう。アッシリア軍、数はおよそ二〇〇〇〇。その構成は、騎士団が五〇〇〇、歩兵が一五〇〇〇。あわせて二〇〇〇〇の遠征軍だ」


 やはり騎士団がきたか。隊長たちも顔をしかめて聞いている。


「グールのほうには動きがない」

「ならアッシリア軍だけか!」


 あえて強力な戦力をつかわないというのか。


「われら諜知隊を信用しろ、とは言えない。だがザンパール平原に巣くうグールの動向は、もっとも気をくばっている。また、かくされたグールの部隊などを見落とさぬように、網を広げなおしている最中だ」


 いつになくヒューの言葉がおとなしい。アッシリア国側の諜知隊を壊滅させられたのだから、それも無理はない。


「ヒュー、索敵の能力で諜知隊にまさる者はいねえ。断言していいと思うぜ」


 鳥人の切れ長な目が、おれを見つめた。そしてうなずく。


「わかった。断言する。今回においては、この遠征軍だけだ。二万のアッシリア軍は、あさってには領内に入るだろう」


 そこまで言って、ヒューは小首をかしげた。


「ただ、この街をめざしているのか、どうなのか・・・・・・」

「ヒュー、ここへつながる街道じゃねえのか?」

「進んでいるのは、この街より西へいく道のようだ」


 居ならぶ隊長たちも、怪訝けげんな顔をした。それもそうで、東ならわかる。レヴェノア国第二の街、ボレアの港があるからだ。


 この王都レヴェノアを迂回うかいする理由がわからない。


「ラウリオン鉱山か?」


 だれかが言った。その可能性はある。ラウリオン鉱山は武具の生産地だ。だが軍略としてはありえるが、いまにそぐわない。食料や物資を枯渇こかつさせるというのは、長期戦の場合だ。


 二万の軍、騎士団、五英傑のメドン。通常ではない考えが浮かんだ。


「軍師?」


 おれのようすに気づいたのか、イーリクが声をかけてきた。


「ありえねえと思うんだが、この二万という敵の数が、ひょっとする」


 おれの言葉にイーリクは考えこんだが、答えはでないようだった。


「なあイーリク、さっきの話だ。メドンという男、この戦争にどう勝つかではなく、よりおもしろく戦うとするなら?」


 秀才なる若き犬人の目が見ひらかれた。


「まさか、こちらの数にあわせたとでも!」

「無茶苦茶な話だがな。だが、そうでないと、どうしても二万にした理屈がわからねえ」


 はっと、イーリクが南をふり返った。そして、もういちど、おれの顔を見る。


「軍師まさか、メドンが考えている戦場は・・・・・・」

「そう、思うぞんぶん騎馬を駆けさせることができる広大な土地」

「わが国の調練場、サナトス荒原ですか!」


 イーリクにうなずき、おれはサナトス荒原のある方角、南の空を見つめた。


 通常ならばありえない。だが戦いへ飢えに飢えている男だとしたら。


 メドンは騎士団だ。とうぜん、やりたい戦いは平地での騎馬戦となる。


 やつはこう考えたのではないか。ウブラ国へ攻めても、大軍と大軍の戦いになる。自分の思うように戦いをするためには、小国のレヴェノアがいいと。


 そして大軍をひきいてレヴェノア国に攻めこめば、兵力差をまえにして相手は城壁にこもる可能性が高くなる。ならば、おなじほどの兵力で領内の深くに侵入すれば、レヴェノア軍はでてくるだろうと。


 アッシリアの王や重臣たちは、止めるだろうか。メドン騎士団は特殊な立ち位置だ。近くにいれば面倒なだけ。よろこんで送りだすのではないか。


 こちらとしても、こんな狂気じみた男など相手にしたくはない。かといって、敵がレヴェノアの領内に侵入してくれば、それを放置することもできない。


「やるしかねえか」


 おれのつぶやきに、王であるアトがふりむいた。王様にむけて言葉をつづける。


「この王都で守りを固め、敵がくるのを待つ。という手もあるとは思うぜ」

「ぼくは、その策をとれば、第二のダリオンがでるだけだと思う」


 そう、かつて城にいる王をおびきよせようと、近くの村人を焼き殺した馬鹿がいた。


 あれはたんに馬鹿だったが、今度は戦いの狂人である。果実でいえば中身がないか、れて腐ったかのちがいだろうか。


「こちらの編成を言う」


 おれの言葉で、隊長たちは話すのをやめた。


「歩兵の一隊は三千。それが七つ」


 歩兵隊の隊長、ドーリク、マニレウス、ブラオ、カルバリス、ナルバッソス、コルガ、デアラーゴがうなずいた。


「そこに騎馬隊の三千」


 騎馬隊の隊長、ボルアロフ、ネトベルフもうなずく。


「総勢二四〇〇〇の兵でむかえ撃つ」


 精霊隊長のイーリクが、おれを見つめていた。この次世代の軍師にむかって説明は必要だろう。


「今回、相手は騎士団。このまえの戦いで、動きの速さは見たな。精霊隊は、あの速さに対応できるか?」


 イーリクが顔をしかめた。反論できないくやしさがにじんでいる。仕方のないことで、精霊をつかうには呪文をとなえる間が必要だった。そして標的はあまり動かないほうがいい。戦場を縦横無尽に駆けまわる騎兵とは、そもそも相性が悪かった。


「精霊隊は残す。おまえは王の護衛でくるか」


 イーリクがもちろんだと言わんばかりに、強くうなずいた。あいかわらずアトへの忠誠心が強いやつだ。


 グラヌスは結婚相手を見つけた。おまえもそろそろ見つけろよ。そう言いたくなったが、その矢は自身にも返ってくると思い、言うのをやめた。


「おりは、留守番か。まあ、相手はグールじゃねえしな」


 自身を「おり」となまるのはサンジャオだ。さきの防城戦で、サンジャオがひきいる弓兵隊は半分以下にまで減った。その傷はまだ癒えていない。


「ハドス王都守備隊長と、ここの守りをたのむぞ、サンジャオ」

「けっ、じじいに言えよ、それは」


 じじいとはだれか。それがわかるので笑えた。コリンディアの師団長だったゼノスだ。王都守備隊に入れているが、やはりただの兵士とは思えないほど目立つ。


「ハドス、守りをたのむ」


 もとペレイアの町長は、なにも言わずうなずいた。ほんらいなら王都守備隊長よりも、近衛副長のほうを好む男だ。だがジバが死んでいらい、責任を感じているようなふしもある。


「ペルメドス文官長は、各地に早馬をたのむ」

「ボレアの港、ラウリオン鉱山、巡兵隊の三つですな」


 もと領主の老犬人は、すばやく答えた。


「ボンじいめ、なにやってんだか」


 宰相のボンフェラートは、ラウリオン鉱山にいったきりだ。ボレアの港にも出現しているらしいので、元気であることはまちがいない。


「今回の出撃、総指揮は犬っころ」


 グラヌスがうなずいた。このきわどい冗談も、だれもがなれてしまい、なにも言わなくなった。そろそろやめるか。


「そして最後に王様へ、聞くことがある」


 おれはアトの顔を見た。


「今回も」


 戦場にでるだろうなと言い終わるまえに、われらの頑固王がんこおうはうなずいた。これはもう、この国の特徴だろう。あきらめたほうが早い。


 アトは隊長たちへ顔をむけた。


「準備は二日。大変だろうけど、みんな、がんばってほしい」


 王の言葉を聞く隊長たちを見ていると、かつてアトが出陣式でさけんだ言葉を思いだした。


「このなかで、明日に会えない者がでる」


 不吉すぎる言葉を思いだし、おれは首をふって打ち消した。そうさせないために、おれがいる。


「これにて散会」


 アトの言葉で、隊長たちが背をむける。


 兵たちは休みとなるが、おれは執務室にもどろう、そう思った。サナトス荒原と近隣の地図はある。


 何度でも、ながめてみればいい。それはこの国において、軍師という役割を持ったおれの仕事であるはずだ。

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