第282話 騎士団にそなえよ
王の城、その三階にある食堂。
そこに王であるアト、そのほか隊長のすべてがいた。
それぞれが適当に、四人掛けの卓に座っている。おれも窓ぎわにある席に座り、なにをするでもなく曇り空を見つめていた。
会議ではない。諜知隊をひきいる軍参謀、ヒューの帰りを待っている。
アッシリア軍の一部がコリンディアに移動したと知らせは受けた。さらに続報があり、すでにアッシリア軍は、こちらにむかっているらしい。
らしいとしか言えないのが、状況の調べがあまり正確ではない。そのため、諜知隊からの第三報を待つしかなかった。
「ちょっと、屋上から見てくるよ」
われらが王のアトは待ちきれないのか、食堂をでていった。そのあとをグラヌスが追っていく。
おれは窓ぎわの卓にひとり座っていたが、近づいてくる者がいた。
「かつてが、どれほど、めぐまれていたのか。こうなるとわかりますな」
ほほに傷を持つ犬人、ナルバッソス歩兵五番隊長がつぶやいた。言っているのは諜知隊のことにちがいない。
「いまアッシリア領の諜知隊は人数がすくないからな。いちど面も割れている」
「なるほど、街に潜入は無理ですか」
「いまは点々とした要所に、
こうなるまえは、アッシリア王都軍のなかにも諜知隊は入りこんでいた。だが、そのすべては捕まり処断されてしまった。
「アッシリア軍の動きがわかったのも、伝えてきたのは諜知隊だが、動きをつかんだのはヨラム巡政長だ」
ナルバッソスがおどろきの顔をした。
「三大老ですぞ。まだ潜伏しているのですか!」
「もと大商人だけあって、商業都市のバラールには多くの友人知人がいるらしい」
ほんらいヨラム大老は、バラールにようすを見にいっただけだ。それが、あれよという間に街はアッシリア軍に占領されてしまい、予期せぬ形で巻きこまれた。
早く帰ったほうがいいと思うのだが、本人はしばらく潜伏してバラールから状況を報告すると言って聞かない。
「ウブラ国のほうにいる諜知隊はどうです。あちらはもう不要でしょう。いっそ引きあげさせ・・・・・・」
ナルバッソスは口にしたが、途中で止めた。発言のあやまちに気づいたようだ。
「
そのとおりで、ウブラ国につかっている諜知士は猿人。犬人であるアッシリア領の街に潜入はできない。旅人のつどうバラール、そしてこのレヴェノア国だけが特殊だった。
「種族という壁。ひと昔まえまでは私も当然でありましたのに」
「そう、アトという王様といると、自身の種族を忘れちまうだろ」
おれの言葉にナルバッソスも苦笑する。これはおれも経験があった。ハドスが町長をしていたペレイアという街だ。あのときは自身が猿人なのを忘れ、街のなかを堂々と歩いた。おかげで見事に捕まったのだった。
窓の外に目をやる。
あの鳥人が帰ってくる気配はなかった。ヒューは諜知隊からの報告をまとめるため、文字どおり飛びまわっているのだろう。
こっちは調練を引きあげてレヴェノアの街に帰ってきたが、それからひたすらに待っている。
アッシリア軍の動向が気になり、昼食をとる気分でもない。
そう思ったが、食堂にならぶ卓のひとつはちがうらしい。ドーリク、マニレウス、コルガの三人は、ベネ夫人の作った昼食を食べていた。
「軍師よ、こちらにむかうアッシリア軍は、騎士団ですか」
聞いたのはナルバッソスではない、ちがう犬人が近づいてきた。ネトベルフ第二騎馬隊長だ。
「いや、それもわからねえ。ヒューが帰ってくるまで、詳細は不明だな」
ネトベルフは腕をくみ、考えこむ顔をした。
「そんなに騎士団が気になるか」
「はい。あの隊は特殊すぎますので」
アッシリアの騎士団について、おれはすでに調べていた。だが、ちょうどこの場には隊長がそろっている。もとアッシリアの騎兵、ネトベルフから説明したほうがいい気がした。
「ネトベルフ、みなに騎士団について説明をたのむ」
熟練の騎兵はうなずき、居ならぶ隊長たちへ顔をむけた。ちらばって卓についていた隊長たちの視線があつまる。
「アッシリア王都騎士団。数は五千。この数は増えも減りもありません」
「なら、年寄りばかりか。王都の軍は、ここ何年も戦いには参加してねえ」
声をあげたのは、岩のように大きなパンを歯で食いちぎっていたドーリクだ。
「いや、ドーリク殿。それが初老の男から、若い騎兵までいる」
「入れ替えがあるってことです?」
「それもちがう。毎年、百人ほどは死ぬ」
「はっ?」
パンを口に入れたままで、ドーリクがぽかんとした。
「実戦そのままの調練をする。そのため、死ぬ者や
隊長たちがざわめいた。ネトベルフが言葉をつづける。
「五英傑、聖騎士メドン。やつは、戦いなどなくとも、おのれの隊には強さを求めるのです。それも完璧に」
アッシリア国とウブラ国、ここ数年に
戦いの機運などなかったはず。それでも長年にわたり、かかさず調練をしてきた騎士団か。
「まじめだ、ということもできるが、病的だな」
おれの言葉にネトベルフがうなずいた。
「軍師のおっしゃるとおり。そのため王や貴族からすれば、メドン騎士団の数は増やしたくないのです。しかし五英傑であり英雄。いわば治外法権として、軍のなかでも特殊な位置におります」
まえの戦いでも、五千の騎馬だけで突進してきた。単独での動きを許可されているらしいが、通常の軍隊ならありえない話だ。
「あのとき、なぜ騎士団は、こちらにきたか」
おれの声に、みなが注目した。
「予想、だれかつかねえか?」
質問をけしかけて、見まわしてみる。ナルバッソスとイーリクが、おなじ方向をむいていた。やはり、このふたりは勘がいいか。
ふたりが見ているのは、ハドス王都守備隊長だった。
そのハドスが立ちあがる。
「まさか、うちの隊、いや近衛隊の隊長か!」
「ご明察。おれらの軍に騎士団がむかってきたのは、おなじ五英傑のゴオがいるからじゃねえのか」
みなが押しだまった。
そう、これはやっかいだぞと思うだろう。異常なきびしさで自分の隊を鍛えあげ、戦いに飢えている男。それもよりによって五英傑。
「これは、楽しみができたな」
そう言ったのは、ドーリクだった。ほんきで楽しそうな顔でパンに食らいついている。
「いま、おそらくヒューデール軍参謀が」
立っていたナルバッソスが、窓の外、それも上のほうを見ていた。
「屋上にアトがいる。そっちにいったか」
みなが立ちあがった。押しあうことはないが、それでもみな駆け足で屋上へとむかった。
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