第278話 取り急ぎの議題

 王の城、その二階にある円卓の会議室。


 この国の隊長たちがあつまった。


 そこにボレアの総督である熊人、ケルバハンも卓につく。


 そろったところで、おれから口をひらいた。


「みな、帰ったばかりで疲れも取れねえだろうが、見てのとおりだ」


 数人の隊長が、会議室の窓から外を見た。なんの話かはわかるだろう。


 この街は、あらたな建物もできているが、まだまだ空き地は多い。そこに多くの天幕をはり、人々を受け入れていた。バラールからの避難民だ。


「ケルバハン、説明をたのむ」


 大きなからだをゆらし、熊人が姿勢を正した。


「昨日からだ。バラールの避難民が大挙してボレアへと逃げてきた。このテサロア地方の地図はぬりかえられ、もはやバラールは、アッシリアのものだ」


 隊長たちの表情は、予想していた者、おどろく者、それぞれのようだった。


「バラールは、やはりアッシリアに負けましたか」


 聞いたのは若き犬人、精霊隊長のイーリクだ。だがケルバハンは首をふった。


「その言葉は正しくもあるし、まちがってもいる」


 イーリクが眉をひそめた。ケルバハンがつづける。


「たしかにザンパール平原の戦いで、バラール軍はアッシリア軍に負けた。だがみやこを襲ったのは、アッシリア軍ではない。グールだ」


 円卓に座る隊長たちが、どよめいた。


「ラティオ軍師、私はわかりません。軍のいないバラールの都。制圧するなら、アッシリア軍でよいはずでは?」


 イーリクの理屈は正しい。グールは人を襲う。襲いつづける。占領や制圧には、必要のないものだ。


「敵国の市民。それはおなじ人なんだが、アッシリアとしては、そう思ってねえようだな」


 おれの感想にイーリクがうなずく。熊人のボレア総督は説明をつづけた。


「避難してきた者から聞いた話をまとめよう。夜ふけにグールがきたそうだ。おそらく千匹から二千匹。夜明けまで市民は襲われつづけ、グールが去ったあとにアッシリア軍が颯爽さっそうとあらわれたらしい」


 ケルバハンの説明に、みな顔をゆがめていた。効率がいいといえるが、あまりに無惨に思える。


「そのあたりは、諜知隊からも知らせがきたらしい。なあ、ヒュー」


 鳥人の軍参謀を呼んだ。ヒューは円卓でアトのちょうど反対側に座っている。軽くうなずき、口をひらいた。


「アッシリア十万の兵は、いまバラールの街を完全に占拠した。これからもすきを見て逃げてくる市民は増えると思ったほうがいい」


 居ならぶ隊長たちはうなずいたが、品のいい老練な声が質問をあげた。


「しかし、ふしぎですな。バラールから逃げた市民は、ウブラ国ではなく、われらレヴェノア国を選択しましたか」


 さすが、もと領主。いいところに目をつける。ペルメドス文官長の疑問は正しい。バラールは自治領だが、ウブラ国の属領だ。


 その理由は知っているのだが、どうしたものかという思いもある。頭をかきながら答えた。


「ウブラ国にも逃げているが、舟を持つ者の多くが、こちらに逃げている。そこなんだがな、逃げるならウブラではなく、レヴェノアだと、吹聴ふうちょうしている老人が、バラールの街にいるらしい」


 すこし考えた顔をしたペルメドスだったが、自身の右側にある空席を見つめた。


「まさか、ヨラム巡政長が!」

「そのとおり。商人のふりをして、バラールに潜伏している」

「危険すぎますな。連絡は取れるので?」


 文官長の質問には、ヒューが答えた。


「バラールにいる諜知隊とは、密に連絡を取っているらしい。まだしばらく潜伏するとの伝言も受けた」


 おれはペルメドス文官長のとなりにある空席、ふたつの席を見つめた。


「ボンじいは、ラウリオン鉱山のようすを見にいった。そしてヨラムじいは、バラールだ。おれとしちゃ、こんなときこそ三大老は、この王都にいて欲しいぜ」


 すこし場をなごませるために言ったのだが、まじめな顔でうなずいたのは、われらが王だった。


覇道はどうではなく、王道おうどうを歩かれよ。そうヨラムさんに、いつも言われた。今回も、バラールの人を助けたいのだと思う。ヨラムさんらしいよ」


 王道か。力により人々を征服していくのが覇道なら、仁と徳により人民を統治するのが王道だ。


 今回、避難してくる他国民を受け入れないという選択肢もある。ヨラムのじじいは、それをするなと暗に言っているようなものだ。


 たしかに、住まいを捨てて逃げる人々にとって、たどり着くさきは一縷いちるのぞみであり、希望の光だ。それが入国を拒否されれば絶望もするし、うらみすらつのる。


 避難民は、やはり受け入れざるをえないか。


「意思の統一をしておく。われらの王には聞くまでもないが、わが国は避難民を保護する。それでいいな?」


 隊長、そして文官長と、すべてうなずいた。


「ひとつ疑問がございます」


 声をあげたのは、イーリク精霊隊長だ。


「軍参謀におたずねしたい。諜知隊は各方面を見ているはず。バラール軍、二万五千。この兵は全滅ですか」


 ふしぎそうにイーリクが聞いた。ヒューが淡々と答える。


「アッシリア軍に襲いかかられ、最後は、ちりぢりに逃げたようだ」

「逃げた・・・・・・」


 あきれた顔のイーリクだ。ここは、おれが補足する。


「あそこは、正規軍というより傭兵に近い軍だったからな。十万に襲いかかられ、負けが確定したような状況になると、とたんに崩れるだろうよ」


 イーリクに説明しながら、いまいましい気分になっていた。敵は各国の状況をよく見ている。


 われらレヴェノア軍であれば、十万が襲ってきても戦うだろう。だから軍ではなく、軍のいない街をねらった。


「これは言わずとも、みな理解しているだろうが」


 おれは円卓に座る隊長たちを見まわした。


「敵には、頭の切れるやつがいる。ぼんくらなアッシリアとの戦いは簡単だったが、これからそうは、いかねえぞ」


 隊長たちの顔がするどくなり、みな力強くうなずいた。


「軍師、ぼんくらではありますが、そのアッシリアと組まれるとまた」

「そのとおりだ、イーリク。人を人と思わねえ、ろくでなしのアッシリアに、頭の切れるグールの軍。やっかいだぜ、これは」


 うなるような隊長たちの吐息が聞こえるなか、もとアッシリアだったネトベルフ第二騎馬隊長が立ちあがった。


「すこし、おのれの疲れがひどいようだ。申しわけありませぬが、退席の許可を」


 ネトベルフは、王であるアトにむかって言った。心配そうにアトがうなずくと、ネトベルフは部屋をでていった。


「そうだな。まだ疲れも癒えないうちだ。最低限のことだけ伝えるぜ」


 おれの言葉に立ちあがろうとした者がいた。もとペレイアの町長である犬人。近衛隊副長だったが、いまは王都守備隊を代理で見ているハドスだ。


 ハドスに手のひらをあげて、待てと制す。言いたいことはわかっていた。


「いまは、動ける兵士から街の守りに入ってもらっている。だが、こうも急激に人が増えると、治安がまずい。すまねえが、各隊から人を引きぬき、早急に王都守備隊を千人にする」


 みながうなずいた。ここにいる全員が、ほぼ全滅した王都守備隊の戦いは知っている。


「暫定ではあるが、ハドス近衛副長は、しばらく王都守備隊をひきいてくれ。これは近衛隊と兼務してくれという意味じゃねえ。ほぼ、いちから隊を作りなおすことになる。おまけに街は逃げてきた人を入れなきゃならねえ」


 ハドスは、ひとことの反対もなかった。


「兼務する余裕はないでしょう」


 そう言うと、ひとつ息を吐いた。ハドスは複雑な心境だろう。王都守備隊長をつづけていれば、亡くなったジバは自身であったはず。


 運よく助かったとも言えるが、そう思うような男でもない。


「ラティオ軍師」


 鳥人の女ではなく、さわやかな女の声に呼ばれた。隊長会議ではあるが、これまで参加したことのない隊長、テレネ巡兵長だ。


「王都守備隊が足りないのであれば、わたしも入りますが」


 林檎ミーロの乙女、その顔をながめた。短期間で傷は癒えるはずもなく、まだ頭から顔の左にかけて包帯を巻いている。


「なんだ、ジバが死んだ責任、それを感じて手伝おうっていうのか?」


 この言いかたは、心の傷をえぐるだろう。だが仲間が死んだ責任など不要だ。そう言うつもりだったが、テレネは首をふった。


「レヴェノア軍に入りたいのです。基礎を学ぼうと思いまして」


 おれは思わずグラヌスを見た。総隊長の犬人がうなずいている。なら、これはふたりで話しあった結論か。


「結婚するんじゃねえのか?」

「いえ。それはグールを討ち滅ぼしたあかつきに」


 そういうことか。グラヌスが選ぶだけあるが、肝の太い女だ。


「それなら、グラヌスについていれば」

「お言葉ですが、ラティオ様。未来の夫、このかたの指揮は、手本になるようなものではないと」


 思わず笑えた。ほかの隊長からも小さな笑いが聞こえる。そのとおりだ。グラヌスの指揮は、野生の勘といえるような動きが多い。


 そして強引なところも多い。だがそれは戦場の全体、それに兵士の状態もきわめて正確に見ているからできる芸当だ。他人がまねるような指揮ではなかった。


「そういうことなら・・・・・・」


 円卓に座る隊長連中を見まわした。


「歩兵五番隊だな」

「おれか」


 ほほに傷のある犬人が、顔をゆがめた。


「ナルバッソス様、いち兵士でよいのです。ご迷惑であるなら身を引きますが」

「いや、テレネ巡兵長。剣の腕も、指揮能力も知っている。あなたがくると、凡庸なるおれのほうがかすんでしまいそうだ」


 これには、ほかの隊長たちが遠慮なく笑った。おれは気になることを聞いてみる。


「自分の隊はどうするんだ?」


 テレネは西の巡兵隊をひきいていた。今回の戦いで五十ほど減ったが、まだ二百人はいるはずだ。


「東の巡兵隊長に、まとめて面倒を見てもらおうかと。あちらには、ふたりおりますし」


 だれのことかわかった。隊長はサルタリスだが、無名隊長と呼ばれるルハンドがいる。


「よし、それで調整してみるか。王様よ、今日はこんなとこだろう。あらたな王都守備隊は動かすとして、それ以外の兵士は、もう一日、休ませたほうがいいと思うぜ」


 王に視線があつまる。アトが口をひらいた。


「休むのは、二日にしよう。いろいろとあった。休むだけでなく、心の整理も必要だと思う」


 おまえのほうが、いろいろありすぎだ。十日は休め。そう言いたいのをこらえ、うなずいた。


「では、これにて散会」


 王の言葉で、みな席を立った。


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