第十四章 ラティオ 存亡の水

第277話 責任

 王の城、その階段の上だった。


 何万という市民が歓声をあげている。


 その聴衆にむかい、武具をかかげているふたりの姿。


 アトとグラヌスの背中を見つめた。


 鉄の弓と、鉄の棒か。似たような武具を持ったもんだ。


 今日の演説、思わぬ方向になってしまったが、これはこれでいいだろう。ふたりの背中から視線をはずし、広場に背をむけた。階段をあがることにする。


 あがりきったところで、なじみの顔を見つけた。


 城の大きな扉、そのよこにある石の壁だ。ひとりだけ、壁へもたれて立っているのは鳥人の女。むこうがしゃべるまえに、こっちがさきに口をひらいた。


「いろいろと聞きてえ話はあるんだが、そのまえに休んだらどうだ」


 ヒューは壁にもたれて広場を見おろしているが、その顔は疲れ切っているように見える。


「兵士、そして市民。問題が起きると思っていたが、そうでもない」


 ヒューは淡々と口にした。感心しているのか、あきれているのか。広場を見おろす顔は、どちらともいえる表情だった。


 おれもふり返り広場を見つめた。ヒューが言う問題とは、アトのことだろう。


 敵の黒幕は、人間族だった。それについて人々に動揺は走った。だがこのようすでは、王と人民のあいだに亀裂までは生まれそうにない。


「日ごろからのおこない。そんな言葉はあるが、若いころは虫唾むしずが走ると思っていたぜ」


 おれの言葉に、鳥人の軍参謀はすこし笑い口をひらいた。


「アトが、これほどこなすとは思わなかった。いがいにも、アトは王の星に生まれていたのか」


 星か。よく旅人は、運命やさだめを星に例えた。旅人は星を数える。方角を知るためだ。街に住む者は、見あげることはあっても、数えたりはしない。


「まあ、アトが王という運命かは知らねえが、三人が出会ったのは運命なのかもな」

「三人?」


 ヒューは小首をひねったが、なんのことかわかったようだ。すこし笑い、口をひらいた。


「アト、グラヌス、ペルメドス。主菜の三つだな」


 主菜とは、いい例えだ。おれもその例えに乗ろう。


「そう、食卓でいえば、じつはアトボロスとグラヌス、そしてペルメドスの三人が肉だ。おれやヒューは、付けあわせの野菜だろうよ」


 王と、武官と、文官。この三つの頂点が、おどろくほど性格が似ている。いや、性格というより、魂か。


 そして、武官と文官の頂点ふたりが、絶対的な王への忠誠もある。これほど人倫じんりんの安定した国はないだろう。


 ペルメドス文官長には遠征先での出来事を話した。もと領主だった初老の犬人は、しばらく考えたのちに言った。


「陛下の御心みこころが心配ですな」


 そこがさきかと、感心したものだった。


 思えば、このレヴェノアは田舎の気風であり、市民はアトボロス王と親しみをこめて呼ぶ。だがあの文官長だけは、最大級の敬意をこめた尊称、陛下といつも呼んでいる。


「今回の件、負けたのは肉ではない。野菜のほうだ」


 ヒューの言葉で、われに返った。そして、そこもおなじように考えていたか。


「ああ、そう思うぜ。この状況の責任は、おれと、おまえだ」


 鳥人の軍参謀と目があう。


 敵の状況を見ぬき、予測をする。それは、おれらふたりの役割だったはずだ。


「だがヒュー、いまは休めよ。アッシリア軍とグールの群れ、そのふたつには、諜知隊を張りつかせているんだろ」


 ヒューはうなずいた。


「こちらにくる気配があれば、敵より早く知らせがくるように道は作った」


 道とは、伝達の道だろう。早馬、または舟もつかうにちがいない。


 おれの考えではあるが、ふたつの敵は、いったん腰を落ちつかせるに思えた。


 敵は隠れて攻城兵器まで用意していたのだ。戦いかたが、いままでの場当たりな動きから変わっている。次にくるなら、それも相当な用意をしてくるはずだ。


「ラティオ、これから隊長会議をするのか?」

「いや。歩兵隊や精霊隊は、今日に着いたばかり。二日後に会議。それでいいだろ」

「そうだな。軍師の言葉に、いまは甘えるとしよう」


 ヒューは羽をひろげ、飛び立っていった。四階の自室へ帰るのだろうが、階段をつかう気はないようだ。


 休めるときに、休んだほうがいい。


 その思いは次の日に、もうやぶられた。


 敵ではない。レヴェノアの街にきたのは、熊野郎。ケルバハンだった。それも、バラールからの避難民を大勢つれての登場だった。

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