第275話 乙女との決闘

 石造りの大きな二階建て。治療所を見あげた。


 まる二日と地下にいたらしいが、外にでてみると昼だった。決闘を申しこむには、ちょうどよい。


「総隊長、やはり、おやめになられたほうが」


 うしろからイーリクの声が聞こえた。


「さきほど説明したさいには、賛成したではないか」


 このかつての副官イーリクには、ふさぎこんだテレネの状況を説明した。見守るという手もあるが、自分としては外に連れだしたい。


「いえ、案としてはありだと思いましたが、やはり、まずいのではないかと」


 まずいだろうか。だがもう決めたことだ。治療所に入り、二階にあがる。


 廊下の突きあたりまでいくと、ちょうど部屋の扉はあいていた。


 なかをのぞく。小さな部屋に、寝台がひとつ。


 その寝台の上に、ひとりの女性が寝ていた。


 いや、上半身は起きていて、窓の外を見ていた。そのうしろ姿は、テレネにちがいない。


「なりません、ご面会は」


 そう言い、廊下を駆けてくる白衣の婦人がいた。


 寝台の女性がふり返った。頭から顔の左にかけて、ななめに包帯を巻いている。


「テレネよ、入ってもよいか」

「いまは、おことわりします」


 きっぱりと強い口調だった。


「テレネに、決闘を申しこむ」

「はっ?」


 包帯を巻いていないほうの右目が、おどろくように見ひらいた。


「決闘と、聞こえましたが」

「そうなのだ。そして、このグラヌスが勝ったならば、結婚してはもらえないだろうか」


 テレネは考えに沈んだのか、すこしうつむき、また顔をあげた。


「申しわけありませんが、お引き取りください。いま、そのような冗談を言いあう気になれませんので」


 冗談のつもりではない。部屋に入ろうとしたが、自分のまえに他人の背中が立ちふさがった。だれかと思えばイーリクだ。


「テレネ巡兵長、グラヌス総隊長はまる二日、寝ずに剣を振っておりまして。いささか、心身ともに疲れております」


 おかしなことを言う。


「イーリク、疲れてはおらん。おまえの癒やしが効いている」

「総隊長、いちど寝て、考えなおすがよいかと」

「どくのだ、イーリク。これしか自分には思いつかん」

「隊長、やはり無理がありすぎます!」

「おまえも言ったではないか、剣で語ると!」

「そういう意味では!」


 イーリクをのけようと肩を押したが、背中をむけたまま踏んばり動かせなかった。


「イーリク!」

「総隊長、そもそも、決闘など成り立ちません。剣の腕がちがいすぎます!」

「ならば、こちらは盾がなくともよい。いや、素手すででもよいのだ。自分の決意を」

「素手?」


 イーリクと言いあっていたのだが、怒ったような声でかき消された。


「素手と言いましたか、グラヌス様」


 自分もイーリクも、寝台にいる女性を見る。テレネの顔は無表情だった。異常なほど、無表情だった。


「レヴェノア最強の剣士といえど、素手で勝てるとは、甘く見られたものです。いいでしょう。外でお待ちなさい」


 テレネはそう言うと寝台をおりて近づいてくる。扉がいきおいよく閉められ、大きな音をたてた。


「総隊長・・・・・・」


 背中を見せて立ちふさがっていたイーリクが、まずそうな顔でふり返った。


 なにか、ひどく失敗した。それはこのグラヌスにもわかった。


 治療所のおもてにある石畳の通り。


 半刻ほど待つと、テレネがあらわれた。


 頭から顔の左半分に巻いた包帯はそのままだが、いでたちは変わっていた。


 麻布のじょうぶそうな服の上から、革の胸当てをつけている。


 左手には小ぶりだが木の盾を持ち、右手には片手用の剣。長い髪はうしろで結び、まさに戦うための姿だ。


「わたしの防具は戦いのなかで失いましたが、ここは兵士の治療所。いくつか借りてきました」


 そうか、テレネが好んでつかう防具は特徴があった。厚い革をいくえにも巻いた腕当てだ。あれをなくしたか。


「これで、ご希望にかないますか。総隊長殿」

「いや、テレネよ、自分はただ」


 林檎の乙女は冷たい目で、こちらの手元を見つめた。


「なるほど。わたしを相手にするなら、剣など、もはや必要ないと。棒の一本でもあればよいと」


 自分の右手を見た。あの地下からそのままだった。


「いや、テレネ、これはだな・・・・・・」


 言い終わるまえに剣がきた。すさまじい右からの振り。六角棒を立てて防ぐ。

 

「素手で勝てるのでは、なかったのですか!」

「テレネ!」


 手首を返すのが見えた。上からの振り。こちらも鉄の棒をよこにして跳ね返す。さらに左。


「待ってくれ、テレネよ。ふさぐことはない。それを言いたかっただけなのだ」


 連続でくる斬撃を、鉄の棒ではらいながら言った。


「顔の傷など、このグラヌス、気にも止めぬ」

「こんな傷!」


 テレネが大声で怒鳴った。剣を両手に持ち、ななめに強烈な振りがくる。顔のまえで受けた。剣と棒が交差し、それをテレネが押してくる。


「五十。五十人もの仲間が、わたしのせいで死んだ!」


 そうか、巡兵隊だ。テレネは約百人の巡兵士とともに参戦した。そのうち半数はグールの牙に倒れたと、王都守備隊の副長オンサバロから聞いている。


 巡兵隊は、戦いの訓練だけでなく農作業をともにする。つながりは深いと聞いていた。それが五十人。テレネの心を打ち砕いているのはそれか。


 テレネは二歩飛びすさり、大きくふりかぶった。渾身の力でくるか。踏みこみと同時に速い剣がきた。鉄の棒で受ける。


 ふせがれたテレネは、そこから連続で剣を振った。だが怒りにまかせた剣だ。こちらは鉄の棒で冷静にはじく。


 この二日、おなじ動きをする素振りばかりしていた。だからか、テレネの動きにある無駄があからさまに見えた。


「軍人をしていれば宿命のようなもの。気持ちはわかる。だが、われらは兵をひきいる指揮官」


 テレネの剣を鉄の棒で受けながら言った。


 言ってはみたが、伝わってはいない。それもわかる話だ。仲間である五十人の死。それは耐えられる重さではなく、背負いきれるものでもない。


 テレネの剣を受けたあと、大きく押した。テレネの体勢がくずれる。自分は六角棒を振りかぶってかまえた。


 林檎の乙女、そう言われるテレネだが、剣の腕も相当ある。自分のかまえを見たテレネは、動きを止めた。そう、この二日、かまえばかり練習していた。このかまえが、尋常じんじょうではないと気づいたはず。


「テレネから見て、左へ打つ」


 言って踏みこんだ。右手の六角杖を横からまわす。


 テレネは左手の盾で守ろうとかまえた。


 ひとつ考えていたことがある。ゴオ隊長の強打だ。


 ゴオ隊長の剣は、受けると必ずよろける。剣の重さがそのままくるような斬撃ざんげきだ。あれは、止めていないのではないか。振りぬいているのではないか。


 人は止められるとわかれば、思わず力んで次にそなえる。それをしない。振りぬくように当てる。そのためには力は不要。全てを脱力させる。


 腕をむちのようにしならせ、打ちぬくように鉄の棒をテレネの盾にぶつけた。


 盾が飛びちり、テレネがうしろに倒れたところで、われにかえった。


「すまぬ、テレネ!」


 駆けよると、テレネは上半身を起こしたところだった。自分の手にある棒を見つめてくる。


「すさまじい威力。その棒はいったい」

「ジバ殿の六角杖だ。自分が受け継ぐことになった」


 亡くなった猫人の名を聞き、テレネは顔を曇らせた。


「あのかたは、レヴェノア軍がもどるのを待っておられました」

「副長のオンサバロから、戦いのようすは聞いている」

ほこり高いかたでした」

「それも知っている。ジバとは、初陣からの長い仲だ」


 テレネが自分の顔を見あげた。


「グラヌス様は、悲しくはないのですか?」

「悲しい。心に、穴があいたようにも思う」

「そうは見えません」


 ひとつ息をはき、空を見あげた。今日も冬の寒空は雲ばかりだ。


 空から視線をおろし、テレネを見つめる。


「長く、軍の指揮官をしているのでな。そのさがのようなものかもしれぬ。悲しく思うが、それと同時に、減った戦力をどうするかと考えている。悲しむひまがないのだ。次の戦いがある」


 思えば、あのデアラーゴもおなじだった。あの男も、いまは歩兵七番隊を指揮している。


 テレネは立ちあがった。背中に砂がついている。はらってやろうと思ったが、思わず止まった。テレネが、にらむように自分を見つめているからだ。


「わたしも規模は小さいといえ、巡兵隊の指揮官。しっかりしろと」

「そうは思っておらぬ。ただ自分は、外へ連れだしたかっただけなのだ」


 無礼をわびよう。そう思ったが、市民の一団が駆けていくのが見えた。


 そういえばと、まわりを見まわす。石畳の通りに人の姿はなく、あたりは静まり返っていた。


「みょうだな。ひとの気配がなさすぎる」

「しまった!」


 自分が疑問をつぶやくと同時に、はたで見ていたイーリクが口をひらいた。


「城のまえに、市民をあつめる予定と聞きました。ラティオ軍師が今回の報告をするようです。すっかり失念しておりました。もうすでに始まっているかと!」


 軍師から市民への報告。総隊長としては、もちろん同席すべきだ。


「すまぬ、テレネ。話はのちほど!」


 この街でもっとも北にある王の城へ、大いそぎで駆けだした。

 

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