第273話 受け継ぐ者

 剣をかまえたデアラーゴ殿に、打ちこむすきがまったくない。


「どうした。かまえないのか?」


 デアラーゴはそう言うが、おどろいて立ち尽くしていた。この猿人、剣はつかえると思っていたが、これほどとは。


 こちらは立ち尽くしていただけだが、それを見たデアラーゴは真逆な言葉を口にした。


「さすがだな」


 なにが、さすがなのだろうか。


天賦てんぷの才がある者は、すぐに、ちがいがわかるらしい」


 デアラーゴが、かまえをといた。そして、かまえをとくとすきが見えた。


「おれに剣の才はない。積みあげたものがあるだけだ」

「いや、才がないわけがない。打ちこめなかった」

「そう、隙はない。だが、すごみもないだろう」


 言われてみれば、ゴオ近衛隊長や、おなじく五英傑だったザクトのような、圧倒される威圧は感じなかった。


 デアラーゴは剣を振りあげ、ただ振りおろした。水平で止める。その動きに目をうばわれた。なんのことはない動き。だが、なにかが大きくちがう。


「も、もういちど!」


 なぜかデアラーゴは笑い、剣をおろした。


貪欲どんよく、そうとも言えるが、どうなのだ総隊長よ。レヴェノア最強という自負じふはないのか」


 言われている意味がわからなかった。


「ほんきで最強など思うわけがない。この国は、すごい男たちばかりだ」


 五英傑のゴオとザクト。そしてすごい男といえば、ほかも多くいる。あぐらをくんだまま絶命したヤニスもそうだろう。それにジバ。


「このグラヌスごとき、最強とは、ほど遠い」

「そんな気概きがいでは、敵に負けるぞ」

「負けるのは困る。アトと、この国を守らねば。それは、どうやってでも勝つ」


 今度は笑わず、デアラーゴは興味深そうに自分を見た。


「総隊長は、いままでの剣豪とは、なにかちがうようだな」


 変わり者を見るような目だったが、ふっとなにか思いついたようだった。


「いや、そうではないのか。われらが王とおなじか。なるほど、よくできたものだな」


 自分は意味がわからぬが、デアラーゴは納得したようだ。


 さらに剣の達人は、踏みこんで剣を振りおろした。自分の鼻先をかすめるように通りぬけ、腕は水平の位置で止まる。やはり動きに見惚みほれた。


「おれの剣は、いわば突き詰めただけの剣だ。ただし、いつでも、おなじ動きができる。さきほどの軌道と、毛一本ほども、ちがいはない」


 そんなことが可能なのか。


「そんなことが可能なのかと、言いたげだな」


 かくすつもりもないが、そのとおりだった。うなずくほかない。


「ひとつひとつ、積みあげていく。かまえからしてそうだ。指一本分、そのちがい」

「しかし日によって、からだの動きは大きくちがう」

「そこは感じるのか。やはり総隊長には才がある」

「茶化さないでいただきたい。自分にはおなじ動きなどできぬ」

「修正をしないからだ。おれは、ひと振り目でいまの状態を見た」


 ひと振り目。たしかに剣をとったさい、軽く振った。あれでおのれの状態を見たというのか。


 デアラーゴが、水平にあげたままだった剣をおろした。


「直立不動で立たれよ」


 言われるままに、まっすぐと立ち背筋をのばした。


「上から振りおろすかまえを」


 六角棒を頭上にあげた。


「そこから力をぬく」


 力をぬいた。にぎっている六角棒をおろす。


「もういちど、振りおろすかまえを」


 おなじ高さに六角棒をあげた。


「総隊長、指二本ほど、さきほどの位置より低い」

「そこまで綿密に見るのか!」


 思わず、頭上にかかげた鉄の棒を見あげた。自分としては、おなじに見える。


「まず、おなじかまえができるようにする。そこから、すこしずつだ。ずらして試してみる。それを繰りかえせば、いつかは自身にもっとも適したかまえを見つける」


 そうか、おなじ動作をするのが目的ではない。自分に合った動作、それを探求するのがねらいか。


「ではデアラーゴ殿、かまえが決まれば、次に軌道」

「飲みこみが早いな。そのとおりだ。軌道、そして速さ。速ければいいというものでもない。それができれば、最後にどう止めるか」


 なるほど。すべての動作は、始まりがあり、動きの軌道、そして終わりがある。


「しかしデアラーゴ殿、上からの振りおろし、それだけでこれほど手間をかけるのか」


 剣の動きは多彩だ。横から下から、さらにはななめと、攻撃には数えきれぬ方法がある。


「だから言ったとおりだ。ただ積みあげただけだと」


 デアラーゴの背丈は、自分よりわずかに小さい。それなのに、この男を見あげて立ちすくむような気分になった。


 この国、レヴェノアの城壁は巨石を積みあげたものだが、この男はちがう。小さな石をひたすら積みあげたようなものだ。だが、その小さな石の壁は、城壁と変わらぬような高さに思える。


 六角杖を振りあげ、力をぬく。もういちど。頭上にあげ、そしておろす。


 繰りかえしつづけると、おなじ高さにあげることはできないが、おなじ高さではない、ということはわかってきた。


 さらにつづけると、ようやく、おなじ高さに棒をあげている感覚になってきた。


 こつとしては、あげる腕だけではない。とくに足だ。右か左のどちらかに重心をあずけると、とたんにおなじ動作ができなくなった。


 均等に重心をかける、それは踏んばるというより、水に浮くような感覚。力を入れないほうがやりやすかった。


「こ、これほど、ひとつのことが困難だとは。デアラーゴ殿、心より尊敬いたす!」


 ほんきで思った言葉だ。だが、気づけばデアラーゴは腕をくみ、自分を見つめていた。


「レヴェノア最強の剣士、そううたわれる総隊長に褒められ、気分がよくなるかといえば、そうでもない」


 どういう意味だろうか。


「おそらく一刻。総隊長は、ただ棒をふりあげるという動作をやりつづけた。そしていま、おれが一年かかったところを、すでにつかみ始めている」


 デアラーゴは大きく息を吐き、うなずいた。


「天賦の才。それをまざまざと見せつけられた思いだ」

「それは、見つけた者と、教わった者の差ではないのか」


 このような剣の鍛錬たんれん、聞いたこともなかった。デアラーゴ殿が独自で見いだした方法だろう。


「気安く教わってよいものではない。それもわかった」


 あらためて姿勢を正し、デアラーゴに頭をさげようとした。だが、熟練の剣士はそれを止めた。


「いや、よいのだ。受け継ぐ者のない技。ジバのその武具と同様に、自身のものとしてくれ」


 デアラーゴは背をむけた。


「いそいでここまで帰ったが、おれは知り合いの舟にゆられ寝ていただけ。体力はあまっている。街の守りは新参のおれにまかせてくれ」


 新参などという言葉は、およそ似つかわしくない熟練の軍人は、それだけ言い残し去っていった。

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