第271話 遺品

 ワム石匠をさがし、地下の貯蔵庫へおりる。


 老犬人は、すぐに見つかった。食物を保存する貯蔵庫ではなく、水をためる貯水庫のほうだ。


 聞けば、貯水庫の水をぬくという。


「水をはったままでは、まずいのですか?」

「水は腐りますでな。そなえの必要がなくなれば、からにします」


 なるほど。この貯水庫は、戦時や災時へのそなえなのか。たしかに街には井戸があるが、この貯水庫もあれば万全だろう。


「ワム殿は、土木にもくわしいようだ。不勉強な自分を反省せねば」

「なに、これを考えたのはボンフェラート宰相でございますよ」


 なるほど、あの深慮しんりょなる猿人は、老いてますます盛んのようだ。


「そうはそうとワム殿、石の台座、軍を代表して感謝を申しあげる」


 貯水庫のふちでつなを引いていたワム石匠がうなずいた。


 老石匠がしばらく綱を引いていると、水からなにかでてくる。金具か。では貯水庫の床にある栓だろう。


「戦士でしたが、器用な男でもありましたな。ほれ、この部分、作ったのはジバです」


 見せてくれたのは、栓の上側にある半円の輪っかだ。そこに綱がむすんである。


 かなり細やかな手仕事だった。何本もの糸をよりあわせた綱だが、その綱の先端だけをほぐし、金具の輪っかにむすんである。


 ワム石匠は、それを見せながら悲しく笑った。さきほどの履物屋もそうだが、ジバのことを語る者は、みな悲しく笑う。好かれていたのだろう。おしい男を亡くした。


 生前のジバの仕事ぶりをつづけて聞こうとしたが、思わずやめた。どこかから、ごつっとなにか重いものが落ちたような音がしたからだ。


 耳をすましていると、やはりまた、なにか重いものを落とすような音がした。


 となりは湧き水の井戸がある部屋だ。この貯水庫へくるさいに通ったが、だれもいなかったはず。


 口をひらこうとしたワム石匠だったが、手をあげてそれを制した。


 足音を消して歩く。ここは市民のだれもが知る場所ではない。民家のなかにある隠された地下だ。


 貯水庫の出口から、そっと見る。背の高い猿人。


「オンサバロか?」


 猿人がふり返った。やはりオンサバロだ。生き残った王都守備隊の副長。


「こ、これは、グラヌス総隊長。人がいるとは思いませんでした」


 その言いぶりに小首をひねった。なにか、まずいものを見られたといった言葉だ。


 足音を消すのはやめ、ふつうに歩みよった。そして、オンサバロが手にしてあるものがわかった。


六角杖ろっかくじょうか」

「はい。私にもつかえないか、ためしてみようと」

「まさか、それを見られたくなかったのか?」


 恥ずかしそうに、オンサバロは笑った。


「私ごときが、ジバ隊長の武具を受け継ごうなど、思いあがりとは理解しています」

「そんなことはない、オンサバロ。その資格は、じゅうぶんにある」


 ほんきで言った。王都守備隊、わずか六十八名の生き残りなのだ。


「総隊長からそう言われますと、うれしく思います。ですが、やはり無理でした」


 オンサバロが両手で持っている六角杖を見た。重そうな鉄の棒だ。


「持ってみてよいか?」

「もちろんです」


 猿人の副長から受けとり、はしを持って垂直に立てる。


「重いな。常人では、とても使いこなせるとは思えん」

「で、ですが総隊長、それを片手で立てた者は初めてです」


 そうだろうか。にぎっていた手をすこし離し、まんなかあたりで持ちなおす。


「自分は、十五から軍にいるからな。多少の力はあるだろう。だが、持てるだけだ。ドーリクあたりなら、ふりまわせそうだが」


 歩兵一番隊の隊長、ドーリクはその怪力から「蛮力ばんりきゆう」と呼ばれていた。


「いや、それでも無理か。これは短槍たんそうの長さ。ドーリクも自分もおなじ。槍は、すこぶるへたくそだ」


 背丈よりすこし短い、短槍のような長い鉄の棒を見つめた。


「ジバ隊長から聞いたのですが、めったにないほど質のよい鋼石はがねいしから造られたそうです」


 オンサバロの言葉を聞き、中央を持った鉄の棒を光にかざした。質のよい鋼石か。ならば、これは質のよい鉄なのだろう。


 アトの持つ鉄の弓。麦穂がえがかれた秀麗な弓だが、あれとおなじ感触がした。


「だれも使いこなせる者はおりません。総隊長が持っていただけたら」

「いや、よそう。それこそ宝の持ちぐされだ」


 鉄の棒はランタンのほのかな明かりでも、にぶい銀色に光っていた。


「おしいな。これが剣の長さであれば」


 そうであれば、まだ使えるかもしれぬ。やはり、自分は剣になれすぎていた。


「であれば、切ればよいだけのこと」


 ふいに言葉をかけられた。ふり返ると、ワム石匠だった。


「ワム殿、これは鉄だ」

「そう、鉄を切ればよいだけのこと」

「鉄が切れるのですか!」


 ワム石匠は、長いひげをなでながら首をひねった。


「お言葉を返しますがな、日々に使用される甲胄かっちゅう。あれは金の卵からかえるとでも?」


 言いように笑えた。武具や防具がでてくる卵。ぜひとも欲しい。


 それはそうと、言われているとおりだ。甲胄は鉄の板を切り、それを曲げたものだった。


「よろしければ、旧知の鍛冶屋にやらせますが。あのドーリク隊長の戦斧を造った者です」


 よいのだろうか。オンサバロを見る。


「総隊長、ぜひとも。ジバ隊長の遺品でもあります」


 それを聞き、重い鉄の棒が、より重く感じた。


 しかし興味もあった。さきほど城で、ヒックイト族のイブラオは言った。このグラヌスは折れぬ剣だと。この鉄の棒は、それにならないか。


「ワム殿、お言葉に甘えてみます。たのんだとして、いつごろできるだろうか」

「そうですな、一刻もあれば」

「そんなに早いのですか!」

「鍛冶屋は、昔からのなじみです。すぐやらせましょうぞ」

「いや、それは悪い」


 ドーリクの戦斧を造った鍛冶屋は、兵士のあいだでも有名だった。仕事は立てこんでいるはずだ。


「なんの。この国の総隊長が持つ武具なのです。どうせなら、この街に住む武具職人をすべてあつめますかな」


 ワム石匠の提案は、丁重ていちょうにおことわりした。そんなことをすれば、重い鉄の棒が、さらに重くなりそうだった。

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