第270話 石の台座
レヴェノアの街を眼下におさめながら、城からのびる長い階段をくだる。
折れない剣か。
イブラオは自分をそう評してくれたが、もしそんな剣があれば、グール用の武具として最高だろう。
ドーリクに戦斧でも習うか。あれなら折れない。かつて副官だった歩兵一番隊長は、大きな斧を軽々とふりまわしていた。
だが、あれができるのは、フーリアの森で育ったドーリクだからだ。子供のころから斧を使っている。
ほかの武具はどうだろうか。
自分は、剣になれすぎていた。そんな短所を思い悩みながら、治療所へとむかった。
「だれとも、お会いになりません」
林檎の乙女、テレネのいる部屋のまえで止められた。昨日とおなじ婦人に、おなじ言葉を言われた。
強引に部屋へ入ることはできる。だがそれをして、なんの意味があるか。
「ゆっくり休まれよ、そうグラヌスが申したと、お伝えいただきたい」
それだけを白衣の婦人に言い残し、治療所をあとにする。
街を歩いた。
心が
はじめてテレネと会ったのは、いつごろだったか。あのサナトス荒原で、グールとの
テレネは林檎の乙女という名にふさわしく、林檎の花を思わせる笑顔をしていた。
林檎の花は、彼女の畑を手伝ったさいに見せてもらった。白く大きな花びらが五枚。その美しさは、
気づけば、街の中央まで歩いていた。中央にある広場だ。
広場の一角に、花が山のように積まれた場所があった。
なにを
近づいてわかった。石の台座が三段あり、その上に置かれていたのは木の
だれが座っていたものか、すぐにわかった。ジバだ。
椅子の上には花束があり、その下の台座にも花がそなえられていた。
木の椅子は、よくみると座面から下、脚の部分などが黒く汚れている。
その黒ずんだ汚れを見つめた。
ジバは、愛する者を守りぬいて死んだ。自分はどうだろうか。
台座のまえで考えに沈んでいると、気づけばとなりに人がいて飛びのいた。
「これは失礼を、グラヌス様。わしはボロフムと申します」
老いた犬人だった。なぜか手に革の
ボロフムは台座の段をのぼり、椅子のまえに履物を置いた。
「ボロフム殿、それは?」
「はじめて、ジバ様に声をかけられたのは、夜の訓練が終わったころでした」
それは、にせの夜襲をした訓練だ。ジバが王都守備隊をひきいてすぐ、東の門をラティオら味方に襲わせ、門を守れなかった部下をしかりつけた。
「今回の戦いに参加した人夫に聞いたのです。ジバ様は、足に包帯を巻いており、履物をはいてなかったと」
ジバの亡骸を思い浮かべたが、履物をつけていたかどうか、思いだせなかった。
履物を捧げた老人は立ちあがり、しばらく椅子を見つめた。そのうしろ姿へ声をかけるのをやめ、自分もジバの椅子を見つめた。
老人が台座からおりてくる。悲しい顔で笑った。
「履物がありませんと、ペルセポネーの森をぬけられますまい」
ペルセポネーとは、よくある神話に書かれた冥府の入口にあるとされる森だった。
「この台座は、ボロフム殿が?」
「いえ、わしは履物屋でしてな。この台座は、街の石工たちが置いたものです」
石工。ひとりにおぼえがあった。地下の貯蔵庫で会っている。
「ワム石匠か」
「存じておられましたか。そう、ワムを師とあおぐ石工の集団がおります。それがこの台座をこしらえました。いずれ、あの椅子も、石で造りなおすと」
もういちど、木の椅子を見つめた。木の椅子だと雨風にさらされれば
「よい
「謝意はワムに伝えてください。あやつ、みなが対価をあつめようと話があがったのですが、かたくなに、ことわっております」
あの地下貯蔵庫にいるだろうか。ボロフムという履物屋にわかれのあいさつをし、自分は地下貯蔵庫へと歩いた。
旧市街を歩いていると、扉に黒い布をはった家を多く見つけた。
黒い布をはる意味は、その家のだれかが亡くなったという知らせだ。
亡くなったのは、王都守備隊、または弓兵隊にちがいない。
レヴェノアは今後、黒い布をはる家ばかりになるのだろうか。思わず浮かんだ不吉さに、頭をふって取り消す。黒布の家を横目に通りすぎた。
旧市街は、昔にできた街なみなので、道幅がせまく曲がりくねっている。いくつかの道をまがり、白い扉の家についた。地下貯蔵庫の入口がある家だ。
扉に黒い布はなかった。あけて入る。
家のなかに壁はなく、床も土がむきだしだ。あのときは気づかなかったが、よくよく見れば、いくつかの家をつなげているのだとわかった。
いくつかの柱にかけられたランタンで、ぼんやりと明るい。
ワム石匠は地下だろうか。階段をおりていくことにした。
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