第259話 二国会談
ウブラ軍、九万の兵が止まった。
わが軍と距離をあけて待機のかまえだ。
そのウブラ軍から、荷車が次々とでてくる。荷車は、ふたつの軍の中間あたりで止まった。
待っていると、できあがったのは大きな天幕だ。
「あちらの天幕へ、お越しいただきますよう」
ウブラ軍の使者が告げた。アトが歩きだそうとしたので止める。王であるアトは馬に乗るべきだ。そしてこのグラヌス、軍師ラティオも馬に乗る。
ラティオのうしろに乗るのは軍参謀のヒューデール。
その自分たちのまわりを近衛兵の二十人が守った。
ゆっくりと天幕へ近づいていく。天幕のまわりには、ウブラの兵が数人ほどいるだけだ。
「むこうも、けっこう気を使ってるみてえだな」
馬に乗るラティオが言った。あちらとしても、いままでにない危機だ。争っている場合ではないだろう。
設置された天幕に近づく。大きな天幕で、使われている白い布には、豪華な刺繍がほどこされていた。
「天幕なんざ、汚れてなんぼだ。無駄なぜいたくだな」
となりで馬をすすめるラティオが、あきれた口調で言った。うしろのアトを見るが、さきほどと同様に固く口をとざしている。
豪華な天幕の近くで馬をおり、近衛兵にわたす。隊長のゴオ、副隊長のハドス両名もいるが、なにも言わなかった。
天幕の入口に立っていたウブラの兵士が布をめくる。自分が先頭で入った。
なかにあったのは、大きな会議卓だ。
席についているのは、たったひとり。天幕とおなじような豪華な刺繍をほどこした
長衣は、かなり上等そうな白い一枚布。そこに金や銀の糸による刺繍がほどこされている。
その男のうしろ、こちらは刺繍のない長衣を着た男たちが十名ばかり立っていた。わが国でいうところの文官か。色もまちまちで、青い長衣があれば、緑の長衣を着た者もいる。
「かけられよ、レヴェノアの王」
ひとりだけ席についている豪華な長衣の男が言った。
天幕のなかにいるウブラ国の猿人、その全員が武器を持っていない。それを確認し、中央になる席の右側に座った。
男の正面、中央の席にはアトが座り、その左にラティオ、さらにヒューが座る。
「まず、遅れて戦場にきた真意を聞きたい」
男の言葉が意外だった。その話からなのか。
「そりゃ、軍師のおれが寝坊したからだ。真意もくそもねえぜ」
よこから口をはさんだのはラティオだ。
「レヴェノアの王よ、おかげで、わが軍は
男の言葉に、アトが考えこむ表情をした。答えに困っているようだ。
ラティオがまた口をひらこうとしたが、そのまえに自分が声を発した。アトへの助け船ではない。はらが立ったからだ。
「貴殿はだれだ」
「ウブラ共和国を代表している者だ」
「ならば、口のききかたに気をつけられよ。話す相手は、われらの王だ」
ウブラ国とは手をむすぶ必要がある。それはわかっているが、へりくだる必要もないはずだ。
男が、こちらをにらんだ。だが、怖くもない。
「小国の分際で、このウブラと対等であると申すか」
男の言う国の大きさなど関係はない。
「まあ、仲良くやろうや」
ラティオは言ったが、ウブラの男はおなじく威圧するように軍師をにらんだ。
「だれにものを言うておる、われはウブラ国の代表であるぞ」
言われたラティオは、言い返さず肩をすくめた。だが、自分はだまる気分ではなかった。
「貴殿は威圧をかけたいようだが、そもそも、わがレヴェノアはウブラに対し、いちどたりとも負けておらぬ。考えをあらためられよ。これでは、話にならん」
男は怒りの顔で自分へとむいた。
「なんだと、臣下の分際で」
「もうよい」
どこかから制止の声が入った。だれかと思えば、うしろにならぶ文官のなかから初老の男が歩みでた。
すらりと高い背をした猿人で、白い長衣を着ていたが、土や泥はついておらず、きれいな純白だった。
「カナド、さがってよい」
「バルドラ様、ですが、まだ話は始めたばかり」
「交渉の席ではないのだ、カナド。会談の主導権をにぎる必要はない」
「そ、そうでございますか」
どうやら、なんの飾りもない白服のほうが上司なのか。その部下は立ちあがり、ただ白いだけの長衣を着た初老の猿人に席をゆずった。
初老の猿人は席に座り、われら四人をひとりづつ見つめた。歳は、わが国でいえばペルメドス文官長とおなじ、六十から七十あたりに見える。だが、その眼光はするどく、にらまれてもいないのに、威圧を感じた。
「バルドラ・クーチハバラと申す」
この男が、バルドラか。名は知っていた。わが国の巡兵隊にいる猿人で「無名隊長」と呼ばれるルハンドから聞いていた。
ルハンドの
「人が悪いぜ、こっちのでかたを背後から見るとはな」
笑って言ったラティオをバルドラは見つめた。
「では単刀直入に聞く。そのほうらレヴェノア国は、グールとつながりがあるのか、ないのか」
ラティオは腕をくみ、バルドラを見つめ返した。
「こっちが聞きてえ。共闘に誘ったのはそっちだぜ」
「アッシリア国からの提案だったのだ」
「そういうことか。見事にしてやられたな」
「してやられた、では済まぬ。レヴェノアの軍師ラティオ」
「へえ、おれのこと知ってるみてえだな」
「私のことも存じているだろう」
そう言ったバルドラが、自分を見た。
こちらに諜知隊がいるように、ウブラ国にも密偵はいるはず。ばれていても当然か。
「ウブラ国は、アッシリアの動きをつかんでいなかったのか?」
「鳥人のご婦人、軍参謀のヒューデールか」
「わたしのことも知っているようだ」
「無論のこと。そして、なにをひきいているのかも」
やはり諜知隊の存在は、すでにばれていたか。
「いま、さぐりあいはいいだろ」
ラティオが、これまであったアッシリア国との戦いを、かいつまんで説明し始めた。
なぜ、ここでアッシリアとの戦歴を説明するのか。そう思ったが、バルドラは真剣に聞いている。そして眉間にしわを寄せた。
「アッシリアの戦いに方針は見えぬ。今回の絵を書いたのはグール側の者か」
「その考えに賛成だが、おたくらウブラ国も、うちとの戦いは
「七人による合議制なのだ。私は常に反対した」
「へえ、うちと和平を望むってか」
「ほうっておけばよい。さすれば勝手にアッシリアと戦争になる」
「そっちか。怖いねぇ」
それまでラティオと話していたバルドラだが、正面に座るアトを見た。
「レヴェノアの王、アトボロスよ。グールをあやつる者から連絡はないのか?」
「ありません」
アトが、初めて口をひらいた。
「だが、おなじ種族」
「バルドラ殿、われらはこれまで、いくたびもグールと戦ってきた」
思わず、口をはさんだ。バルドラが自分にむかってうなずく。
「サナトス荒原の戦い、そう言いたいのだろうが、めったに見ない人間族がふたり。疑うなというほうが無理であろう」
返す言葉に困った。
「こっちを信じるも、信じないも自由だが」
ラティオが腕をくむのをやめ、両手のひらを上にむけた。
「こっちの二国は手をたずさえ、アッシリアとグールに立ちむかう。それしか手はねえと思うぜ。いままで、さんざん無視されたが、いまこそ、おれらレヴェノア国は、ウブラ国に同盟を申しこむ」
われらの軍師は腕ぐみをやめたが、今度はバルドラのほうが腕をくんだ。
目をつぶり、眉間に深いしわを寄せ、ウブラ国を代表する執政官は考えに沈んでいった。
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