第258話 路上の隊長会議
全軍を止め、兵士たちからは離れた場所に隊長をあつめる。
街道の上ではあるが、大小の小石がまじる土の上だ。座らず、輪になるように立った。
あつまった面々を見まわす。
アトボロス王、ボンフェラート宰相、ラティオ軍師、ヒューデール軍参謀、そして、この総隊長であるグラヌス。
歩兵隊の隊長が、ドーリク、マニレウス、ブラオ、カルバリス、ナルバッソス、コルガ、デアラーゴの七名。
あとは騎馬隊の隊長、ボルアロフとネトベルフの両名。そして精霊隊長のイーリクだ。
レヴェノア国の王と、その臣下が十五名。
みなの顔を見る。やはり、いつもの顔つきではない。ここまで退却するのが先決で、あらたまって話をするのは初めてだ。みな、いろいろと考えることがあるだろう。
「ウブラ国から、使者がきた」
最初に口をひらいたのは、軍師のラティオだった。
「二国会談の申し入れだ。アトが許可すりゃ、次に、だれとだれがいくのかという話になる」
次にだれが発言するのかと思ったが、やはりラティオにおとらぬ秀才の犬人、イーリクだった。
「こちらを誘う罠、ではありませんか」
「イーリク、おまえ自身、それを思ってねえだろ」
軍師に言い返された若き秀才は、まじめな顔でうなずいた。
「軍師のお考えを、知りとうございました。ですが、おっしゃるとおり、ウブラ国が襲ってくる理由はないと考えております」
それを聞いた軍師は、満足そうにうなずいた。
「まあ、アッシリアなら、十中八九、罠だろうがな」
アッシリアという言葉がでて、隊長たちに動揺が走った。やはり、その目で見たが、いまでも信じられぬ思いか。あの国とグールが手を結んだと。
「軍師、それでございますが」
「イーリク、おれも、なにもわからねえ」
ラティオにさえぎられ、若き精霊隊長は、端正な顔をゆがめて目をつむった。ほかの隊長たちを見ると、おなじように顔をゆがめている。
そうか、みな聞きたいことは山ほどあるが、口にだしにくい。そんな心境だろうか。
当の本人であるアトを見ると、われらが王も口を固くとざしていた。唇が白くなっている。これは、なにか言いたいことはあるが、こらえているときの
「ウブラ軍が!」
隊長のだれかが言い、東を見た。
荒野のむこう、人の群れが見える。
「東に帰らず、南下してこっちにきやがったか」
あきれたように言ったのは軍師のラティオだ。自分も聞きたいことがあり、となりに立つヒューを見た。
「諜知隊は、ウブラ軍を見はっているか?」
ヒューがうなずく。さらにたずねてみた。
「ウブラ軍は、何人いる?」
「およそ九万」
「四万も減ったのか!」
おどろいた。グールの攻勢を喰らっていたが、それほど兵を減らすとは。
「対グールの調練をしてねえから、そうなる」
つぶやいたのは軍師のラティオだ。
たしかに、わが軍はグールを想定した調練をかさねている。
それに調練の厳しさだ。かつてコリンディアで歩兵隊をしていたころが、生ぬるいと感じるほどに、調練には力を入れてきた。
「なあ、アト」
軍師が王の名を呼び、みなが注目した。
「二国会談は、王のおまえがいかねえと、話にならねえだろう」
アトはうなずいた。唇は固くとじたままだ。
王がじきじきに話をする、その必要をラティオは言っているのか。
「そうなると、おのずと、ほかの人選も決まる。王の護衛は、わが軍で最強の剣士グラヌス。まんがいち、アトと逃げるために鳥人のヒュー。そして、話をするのはおれだ」
四人か。あまり人数が多いと、ウブラ側が警戒するか。それでも、もうすこし多くともよさそうな気がする。
「近衛兵は、止めてもついてくるだろ。二十名ばかりに、しぼってもらう」
そうか、近衛隊がいた。輪になって立つ隊長たちも、すこし離れた場所で待機している百の集団を見た。
「なんじゃ、わしは
ぼやいたのは、ボンフェラート宰相だった。
「むこうが、どうでるかわからねえ。攻撃はしてこねえと思うが、いざ走って逃げるとなったら、ボンじい、またひざを痛めるぞ」
以前にひざを痛めてわずらっていた老猿人は、せいだいに顔をしかめた。
「まあ、みんな不安はあるだろうが、状況も、いまいちわからねえ。とりあえずは、ウブラ国と手をむすぶのが重要だ。ウブラの兵が近づいても、こっちの兵を殺気立たせないように、たのむぜ」
隊長たちがうなずくのを見て、すこし安心した。軍の規律は、たもたれている。
ウブラ国の使者は、あたりまえだが猿人だった。会談を受けると伝え、使者は一目散に馬を飛ばして帰っていった。
帰っていく方向は、近づいてくるウブラ軍、九万の群れだ。あれに襲いかかられると、ひとたまりもない。
かといって、こちらは臨戦態勢で待つのかといえば、それもまずい気がした。
兵士たちは、いつもより落ち着きがない。どうしたものか。
大きな数になった人の群れというのは、場の気配に左右される。
十人いたとして、三人が右をむいても、残った七人は気にも止めない。だが、一万の人がいて、三千の者が右をむけばどうなるか。残った七千人も、必ず右をむくことになる。
ウブラ軍が近づいてくるなか、余計な緊張を生ませたくなかった。
「賭けになるが、兵士たちには、休息を取らせるか」
となりにいるラティオに声をかけた。
「いいぜ、たき火を作らして、ゆったり休むか」
「よいのか?」
「総隊長が言うんだ。文句はねえぜ」
「自分は、ラティオほど頭がまわらぬ」
「おれは頭で考える、おまえは肌で感じる。いんじゃねえか」
そういうものだろうか。
かつて、ザクトという強い戦士がいた。正体は五英傑のギルザだった。
そのギルザは言った。自分とラティオは正反対だと。
「アトに危険がおよんだら、かまやしねえ。ウブラの代表だろうが、全員、ぶった切れよ」
正反対のふたりらしいが、思うことはおなじだった。
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