第256話 後退
横陣と呼ばれる歩兵の壁がさがる。
前方へかまえたまま、うしろ歩きでの後退だ。
あわせるように、わが軍の全体も後退する。
しばらく後退し、草原の中央から離れると、次の命令が聞こえた。
「刃盾を荷車へ! 歩兵は各隊でまとまり駆けて退却。繰りかえす、刃盾は荷車!」
軍師ラティオが馬で駆けながらさけんでいた。
退却、それが正しいのか自分は判断がつかぬ。
ザンパール平原の戦場は、混乱のうずだ。グールとウブラ軍が戦うなか、なぜかアッシリア軍が、バラール軍へ攻勢をかけた。
アッシリア軍十万に対し、バラールの軍は二万五千ほど。どちらが勝つかは、考えるまでもない。
ネトベルフ、ボルアロフの騎馬隊が大きくまわり、陣のまえにでる。最前列のさらにまえを駆けた。
退却をするときの決まりごとだ。最前列のまえを騎馬が横切り、敵を威圧する。その
ふいに、いやな気配がした。敵のグールからは距離があいたはず。いや、東だ。あがる土煙が見える。アッシリアの騎馬隊か!
わが軍の陣形、中段の左を見た。歩兵七番隊、新兵ばかりの隊だ。このままでは、あそこにぶつかる。
「ネトベルフ、ボルアロフ!」
さけんで馬のはらを蹴った。
「両騎馬隊、ついてこい!」
大声で伝えながら東へと駆ける。
自軍の左翼をでると、第一騎馬隊のボルアロフ、第二騎馬隊のネトベルフと合流した。
「アッシリアの騎馬隊がくる。こちらの陣形がととのうまで、騎馬隊同士で応戦するぞ!」
両隊長がうなずく。手綱をたたき馬を走らせた。自分のうしろに、ふたつの騎馬隊がつづく。ボルアロフの第一騎馬隊が千騎、ネトベルフの第二騎馬隊が二千だ。
「突撃陣!」
馬を駆けさせながらさけぶ。自分を頂点とした三角形ができあがっていく。
三千の騎馬が密集したのを確認し、さらに手綱をたたいて馬の駆ける速度をあげた。
「突撃!」
敵は正面の騎馬隊。むこうも駆けてくる。その詳細な姿が見えた。胴体をおおう銀色の甲胄、その下に着ている服は白かった。
「騎士団! グラヌス隊長、王都騎士団です!」
右のうしろを走るネトベルフがさけんだ。
あれがアッシリアの騎士団か。むこうのほうが多い。こちらは三千。あちらは五千ほどいるか。
「ぶつかり、二手にわかれる。ネトベルフは右へ!」
右うしろにからだをひねり、さけんで伝えた。次に左うしろへからだをひねる。
「ボルアロフは、自分と左へ!」
それから真正面を見すえた。敵の騎馬隊も三角の陣。突撃陣形だった。
敵の先頭、三角陣の頂点になる男をめざし馬を駆けさせる。中央突破は無理だが、とにかく相手の突撃を止めねば。
手をまわし、背中にさげた長剣をぬいた。騎馬に乗るときは、ふつうより長めの剣をつかう。
敵の先頭、男の姿が見えた。敵も同じく右手には長剣。
「はっ!」
気合いをひとつ入れ、片手であやつる手綱をたたいた。右手の剣を強くにぎる。
敵の騎馬隊も止まらない。まっすぐこちらに駆けてくる。距離がつまった。
目のまえ。先頭の男が長剣をふりあげた。ならばその腕を飛ばす。相手の右腕、つけ根をねらい剣を下から振った。
だが男は大きくのけぞるようによけた。すばやく起きる。動きが早い。起きあがる動作からそのまま剣が振りおろされ、この馬の尻あたりが斬られた。
斬られた馬が暴れる。落馬しそうになり馬の首にしがみついた。左に重心をかけて馬の進路を左に曲げる。
敵の槍がきた。なんとか剣で払う。
馬は左へ曲がったが地面がせまった。馬が倒れる。とっさに剣を離し腕を丸めた。衝撃がくる。地面の草で腕と顔をこすった。
ころがり、立ちあがると同時に腰の短剣をぬく。敵の姿はない。
「グラヌス総隊長!」
声が聞こえた。こちらへ駆けてくるネトベルフの第二騎馬隊。
「敵を追え! 敵の背後から急襲!」
自分にむかっていたネトベルフの騎馬隊が方向を変えた。まわりを見る。敵味方、双方の騎馬兵が倒れていた。
敵はどこだ。ふり返る。敵の騎士団は、わが軍の左翼にせまっていた。まずいぞ。
騎士団と歩兵がぶつかる。かち割られるか、そう思ったが方陣を組んだ歩兵隊は、へこむようにさがった。
うまく突撃をいなしている。目をこらし隊の顔ぶれを探った。馬に乗っているのが隊長だ。ひげの生えた猿人。
「歩兵三番隊か!」
流陣の雄、ブラオだ。あのわずかな間で、自陣の左に移動したのか!
敵の騎士団は陣をかち割れぬと思ったか、馬首をひるがえした。反転する動きが早い。あれが騎士団の動きか。
騎士団は北へと去っていく。そのうしろをボルアロフ、ネトベルフの二隊が追うものの、すぐにあきらめた。
状況をつかもうと戦場の全隊を見まわしてみる。だが、去っていく騎士団の五千騎のほかには、むかってくる敵の気配はなかった。
われらレヴェノア軍は一万の軍勢。それを半数の五千騎で勝てると思ったのだろうか、それとも、あわよくば王の首を取れると思ったのか。
気を取り直し、遠くではなく近場の周囲を見まわす。数十騎の人と馬が倒れていた。生きている味方を探すため、まずは、にぎったままの短剣を腰にもどす。
落ちている自分の長剣も見つけた。剣についた土をはらう。
あの男。このグラヌスの剣をかわした先頭の男。若くはなかった。わが軍でいえばゴオ近衛隊長とおなじほど。四十か五十か、そのあたりの歳だろう。
「五英傑、聖騎士メドンか」
ひとりつぶやき、もういちど、剣についた土をはらった。
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