第255話 ザンパール平原の開戦

 ザンパール平原の中央。


 草原がひろがる平野に、南から侵入する。


 すでに戦いは始まっていた。


 西から進んできたウブラ国の軍が、グールの群れと戦っている。


 ラティオの計算どおりだ。われらレヴェノア軍は戦場に遅れて到着し、さきにグールとウブラ国を戦わせておく。


 姑息こそくな手だとは思う。だが、わが国の兵士をひとりでも多く生きて連れて帰るという軍師のねらいは、さすがラティオと感心するばかりだ。


「横列に展開!」


 大声で命じた。


 前線の歩兵たちが動きだす。歩兵一番のドーリク隊、二番のマニレウス隊、三番ブラオの隊だ。


 わが軍の兵は機敏な動きを見せ、すばやく目のまえに横陣が完成する。二十人の厚みがある人の壁が左右に長くのびていた。


 その壁のうしろで馬に乗っている自分は、さらに後方へと馬首をまわす。


「四番から七番は、方陣!」


 このグラヌスが発した命令に、陣の中段にいる兵士たちが動いた。四番から七番の歩兵隊が、四角い方陣へと変わっていく。


 さらにそのうしろ、深紅の旗をかかげた百の集団。近衛兵だ。ここからは見えないが、あの旗のもとに王であるアトがいる。


 王をかこむ近衛隊が中央、そしてその両翼には、騎馬隊が守りをかためていた。


 あらためて前方へむきなおし、戦場を見わたす。


 ひざの高さほどに青草がしげった広大な草原だった。


 ウブラ軍と衝突しているグールの数が多い。かつてあったサナトス荒原での戦いも大群だったが、あきらかにそれより多かった。


 軍師から聞いた数では、ウブラ軍が十三万。対するグールは、そのおよそ半分ほどに見える。グールが五万という予測は正しかったか。


 正面の遠くに目をこらせば、北から兵士の集団が近づいてくるのが見えた。バラール自治領の軍、二万五千の兵だろう。


 東側では、これまた地面の青草が見えぬほど、人の波が押しよせている。アッシリア国からの十万という大軍だった。


 うまい具合に挟撃きょうげきという形になりそうだ。


「ゆっくりと前進!」


 このグラヌスが発した号令に、前線の歩兵による壁がすすみだした。自分も馬のはらを蹴り、うしろをついていく。


 グールの大群は西側のウブラ軍へむいている。だが、近づくわれらに気づいたグールもいた。千匹ほどが駆けてくる。


「全隊、止まれ!」


 一万の兵が動きを止めた。


「かまえ!」


 最前列の歩兵が大きな盾をかまえる。


矢車やぐるま!」


 大声で命令をだした。総隊長の自分が発する言葉は、各隊の隊長、そして小隊長らの復唱により、はしばしへと伝わっていく。


 がらがらと大きな音が聞こえてきた。陣の左右、最前線の壁を迂回するように兵士が荷車を引いていく。


 荷車はふたりが引き、さらにうしろからふたりが押す。四人がかりの荷車が猛烈ないきおいで走った。


 最前列よりさらにまえの戦場へ、いくつもの荷車がならんでいく。


 矢車とは荷車の上に台をこしらえ、いしゆみをならべたものだ。大きな弓をよこにしたような形で、これまた大きな矢がつがえてある。


 すでに弦は引かれていた。弩の太い弦は、人の手では引けぬほど強力だ。歯車のような道具をもちいて、すでに引いてある。


 グールがせまってきた。


はなて!」


 矢車を運んだ兵士が、いしゆみにつけたひもを引く。大きな矢が何本も同時に水平に飛んだ。刺さったグールが吹き飛んでいく。


「すべて放て! そして放棄せよ!」


 何台もある矢車のひもが引かれた。ひもを引き終えた兵士たちは駆け足で逃げる。


 二度目の矢をつがえる間はない。そう軍師ラティオとは事前に打ち合わせていた。弩を道具で引くのは手間がかかる。そして、それを載せた矢車は道具にすぎない。使い捨てでもよかった。


 かなりの数が倒せた。だがグールのいきおいは止まっておらず、矢車にグールがぶつかりはじけるように倒れた。


「くるぞ、かまえ!」


 歩兵の壁に緊張が走る。目をこらした。最前列の大きな盾は、びっしりと隙間なく防御ができている。


 百ほどのグールがぶつかった。


 グールの半分が盾に弾き飛ばされ、半分ほどが兵を倒した。だがそのグールには周囲からいくつものやりが刺さる。


 倒れた大きな盾は、すぐに次の兵士が立てた。


 さらに次、百ほどのグールが押しよせた。グールの二撃目。こちらが完全に耐えた。盾にぶつかったグールのほうが倒れる。そこへ二列目の兵士が盾の上からグールを刺す。


 刃盾はだて。やはりグールには効く。青銅の大きな盾に、青銅の刃を縦に三本つけた特注の防具だ。


「十歩、後退!」


 刃盾に倒れたグールの死骸がじゃまになる。すこしずつ後退する必要があった。


 歩兵の一番、二番、三番、どの隊もグールの突進に耐えていた。 


 そろそろ軍師が騎馬隊をだすか。ふり返ろうとした、そのとき、ふいにグールの圧力がやんだ。


 前方を見ると、グールの群れが逃げだしている。ひょっとして中央にいる群れのもとへ帰っていくのか。


 これは考えにくいことが起きた。グールが撤退するのか。


 最前列の兵士たちがざわついていた。なにごとか。


「馬鹿な・・・・・・」


 思わず声がでた。逃げるグールの群れ、その最後尾だ。馬車が見える。いや、馬車ではない。引いているのは、二匹の黒大狼カトス・ルプスだ。


 犬ぞりのような荷車。そこに人の姿がある。灰色の頭巾がついた羽織り。


 その頭巾が、ふり返った。


「そんな、そんな馬鹿な!」


 猿人、いや猿人でもない。


 初老の男だった。毛がはえておらず、頭までつるつるとしている。


 気づけば、歩兵がならぶ横陣のうしろ、自分とおなじ位置へ隊長たちもでてきていた。そのなかに、馬に乗った軍師ラティオ、そしてアトボロス王の姿もあった。


 みなが目を見ひらいている。それもそのはず、グールのなかに人がいるのだ。


 そして、それは、人間族だった。


「アッシリアが動くぞ!」


 隊長のだれかがさけんだ。東側を見る。アッシリアの軍が動いた。


 十万の兵が駆けている。だが、方角がおかしい。北だ。アッシリア軍は北にむけて駆けている。


 そしてそのまま、戦場に着いたばかりのバラール軍、その右翼へ突撃した!


「退却だ!」


 軍師ラティオの声。


「かまえたまま、後退! かまえをとくな、そのまま後退!」


 もういちど聞こえた。なんだ、なにが起きているのだ。

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