第249話 広場の段取り
「
その日によって荷運びであったり、土木であったり仕事はいろいろと変わる。
どの国へいっても、だいたい日の出ごろに街の広場へいけば、人夫をあつめる商人がいて、そこから仕事をもらう。
おれは傭兵の仕事がないとき、いつも人夫の仕事をしていた。
この街では、あまりに長い滞在となったので、いつしか取りまとめる「
どの顔も、どこかの現場で見た顔だ。いまおれのまえに、おおぜいの人夫があつまっている。
そして人夫の仕事は、大工の手伝いをすることも多かった。何度も世話になったダリム親方にむけ、おれは言った。
「親方、いまは戦時だ。一般の市民は」
「なにをごちゃごちゃ言うとるか。ほれ、いつものように段取りをせい、
それは、まえに井戸を掘るときにも言われた言葉だ。
しかしなぜ人夫たちが。そう思ったが、理由がわかった。あつまった人のなかに、王の酒場の店主、ヘンリムがいる。そこから、このダリム親方におれのようすが伝わったか。
「夜襲への準備ですな。文官も総出で、手伝いますぞ」
声が聞こえ、うしろから人がきた。おれの座る椅子の右にきたのは、ペルメドス文官長だった。
「上官を差しおいて申しますと、役人も、おなじく」
左に立ったのは、若き犬人の役人、ミゴッシュだ。
「おい、兵士を起こしてくるぜ。これで寝ておくわけにもいかねえだろ」
声をかけてきたのは、サンジャオ弓兵副長だ。そのよこにはオンサバロ副長もいる。
「いそがなくていい。いまから段取りをする。一刻ののち、ここに全兵集合だ」
ふたりに伝える。それからテレネ巡兵隊長がいるのに気づき、声をかけた。
「巡兵隊は動きっぱなしだ。一刻休んでほしい。それから今後のことを説明する」
「わかった。休みをもらうわ」
「どうせなら兵士さんたちは、夜まで休んでもらっていいんだぜ」
ダリム親方が割って入った。だがテレネ隊長は、にっこりとほほえんだ。
「あら、
それは勘弁してくれと、親方がほんきで言ったのが笑えた。親方は林檎の蜂蜜煮が好物らしい。
笑って去っていくテレネ隊長のうしろ姿を見て、ダリム親方がつぶやいた。
「あれが
なんと、グラヌス総隊長のうわさは、市民にまで広がっているようだ。
「ジバ隊長」
ふいに耳打ちしてきたのは、ペルメドス文官長だ。
「気をつけねばならぬことがひとつ。あまり多くの者をつかえば、敵に内情をさらけだすことに」
そうか。それを忘れていた。何百という人夫があつまっていた。このなかに敵の密偵がひそんでいるのは容易に想像できる。
「そこは、それほど、むずかしくないかと」
おなじように腰を曲げて顔を近づけてきたのは、左に立つ若い役人、ミゴッシュだった。
むずかしくないと言われた文官長は、顔を曇らせた。
「策があると申すか」
「はい、文官長。策というより、お
お遊戯。おれは文官長と目をあわせ、首をひねった。
「人夫のかた、お聞きください!」
ミゴッシュが大声で呼びかけた。
「いままで、ともに仕事をしたことがある者を見つけ、手をつないでください!」
なにをするのかと疑問を持ったにちがいない。人夫たちがざわついたが、それでも、むさ苦しい男たちは近場の者をさがし手をつないだ。
「では次に、どちらとも仕事をしたことがある、そんなふたりを見つけ、さらに手をつないでください!」
これは、かなり人夫たちが動いた。ふたりとも、というのが限られる。しばらく待つと、四人、または六人と手をつないだ男の群れが完成した。
「では、そのかたは、そのまま、右手に離れてください」
人夫たちが移動する。すると、だれとも手をつないでいない人夫が五人ほど残った。
「おかしいですね。この街で仕事をしているはずなのに」
ミゴッシュがそう言うと、だれとも手をつないでいない五人は走りだした。
追いかけようとした人夫もいたが、ミゴッシュが駆けよりそれを止めた。
「放っておきましょう」
そしておれをむいて口をひらいた。
「どうでしょうか。ざっとではありますが、ふるいをかけれたと思いますが」
「いや、ざっとではない。じゅうぶんだ。そもそも人夫に密偵はあまりいない」
人夫は力仕事だ。それに潜入したとして得られるものも特にない。密偵が潜入するのは、文官や役人がもっとも多かった。
おれの考えがわかったのか、ミゴッシュは、温和そうな笑みをたたえて言った。
「昨晩の役人、あの三百人でしたら、ご安心を。私がこっそり調べていた三百でしたので」
このミゴッシュは、まだこの国にきて一年ほどだったはずだ。
「自分で調べたのか」
「はい。おなじ職場のだれが信用に足るのか、はっきりさせておきたくて。陰湿な性格で恐縮です」
そうなると必然的に、おれはペルメドス文官長を見た。文官はどうなのだろうか。
「わたくしのほうも、百ほど、信頼できる者を選抜しましょう」
文官長のほうが、あてがすくない。そう思ったが、それは言わないでおこう。
「あとは、なにか目印があれば。それをつけさせ、ついてない者は門衛が止める。これでどうでしょう?」
ミゴッシュの提案は悪くない。それなら門もひらける。そもそも戒厳令は解除しておらず、外出は禁止だ。街の通りを歩くだけで目立つだろう。
「目印となると、木札でも首にさげさせますかな」
文官長はそう言ったが、もっと簡単なものを思いついた。頭に巻いた赤い布をはずす。おれが口をひらくまえに文官長は気づいた。
「
「そう。小さく切って腕にでも巻いておけば、わかりやすいだろう」
「この国では、隊長か小隊長でなければ使用できぬ布。用意いたします」
そんな話をしているあいだに、次の用意ができていた。
今日もあつまった人のなかにダリム親方と大工たちがいる。大工がいると、用意が早いのだ。おれのまえに大きな食卓机が置かれ、そこに椅子も用意される。
ペルメドス文官長、ダリム親方。そして若き役人のミゴッシュ。そこに兵士たちへの伝令を済ませた、オンサバロ副長、サンジャオ弓兵副長も加わった。
「とうぜん、わたしもよね」
休んでいいと言ったのに、
「ジバ
「ジバ隊長、方針を」
大きな食卓机をはさみ、右の文官側にいたダリム親方と、左の武官側にいたオンサバロが同時に口をひらいた。
妻のユガリが、おれを働き者だというはずだ。死ぬ間際までいそがしい。そんな軽口が思い浮かんだが、ちがう説明から始めた。
「夜襲にそなえ、作業は昼過ぎまで。そこからは仮眠をとり日の入りに再集合する」
みながうなずく。
「もし、昼に敵がきたら、いかがしましょう」
聞いてきたのはミゴッシュだ。
「全方位への見はり、それはとうぜん置く。敵が見えたらすぐに撤収。昼であれば、それで間にあうはずだ」
ミゴッシュ、それにダリム親方が納得したようにうなずいた。ふたりは兵士ではない。戦い自体が初めてになる。
その点、ペルメドス文官長は、もと領主でもあり経験が豊富だ。おれになにかあれば、総指揮は文官長にとらせるのも手か。
大工のひとりが大きな地図を持ってきた。いや、卓の上に広げてみると地図ではない。城壁までふくめた、この街の見取り図だ。
「西と東の門、そこには昨日も作った火車を置いておきたい」
おれの言葉に、オンサバロが疑問を口にした。
「北と南は、よろしいのですね」
「そうなのだ。できれば南で戦いたい。門をやぶられると、やはり被害が大きい」
西と東が戦いにくければ、敵は南をねらうだろう。そう思ったが、ひとつの
「隊長?」
「王が不在のいま、高くそびえる北の城側からはこないだろう。そう思っていたが」
「あの、猿ですか」
戦ったオンサバロは、すぐにわかったようだ。そう、
「果樹園でも、たまに山から野生の猿がおりてくるわ。やっかいね」
林檎畑を
「
「あら、わたし女神に格上げされちゃったの?」
肩をすくめたテレネだが、すぐに言葉をつづけた。
「囲いを作っても猿だと意味がないわ。もう罠で捕まえるだけね」
それを聞いて、おれとオンサバロが同時にうなった。
「忘れていたな。数年前、あのグールとの戦場にいたのに」
「はい、隊長。落とし穴、ですね」
そう、軍師ラティオは多くの落とし穴を作り、グールとの戦いに利用した。
「あのときか。作ったのは人夫だったはずだ」
そう言ったのはダリム親方だ。
「おい、サナトス荒原の戦いで、落とし穴作ったやつはいるか!」
あつまった人夫のなかから数人が手をあげる。親方はこっちにこいと手まねきした。
「作り方は、おぼえているか」
「へ、へい。なかに
みながうなずく。構造は簡単だ。この人数がいれば多くの落とし穴が作れるだろう。
「よし。北東から北西まで、落とし穴を作っておく」
「隊長、それで思いだしたのですが、城壁にも、もっと油がほしいですね」
オンサバロは正しい。この副長の機転だったが、壁をあがろうとする敵に対し、油で火を点けるのは有効だ。
ミゴッシュが身を乗りだした。
「この街に住む酒場や食堂、その店の者に作らせましょう。
たしかに水さしに入れるより、それのほうが簡単そうだ。油をかけるのも楽だし、そのまま投げてもいい。
酒場といえば、王の酒場のヘンリムの姿をさがしたが、いつの間にか姿を消していた。
そのほか、投石する石をどこで手に入れ、どう歩廊に持ってあがるかなど、細かく詰めていく。
石は遠くの山に採集しにいくことができない。街の北側に建設している石造りの家を壊し、その石を割ってつかうことになった。
歩廊へ石をあげるのは簡単だ。城壁を建築するさいにつかった昇降台を残してある。滑車に吊るした台を
段取りを組むなかで、止めなければいけない話がでてきた。それはダリム親方が言った話だ。
「甲胄や剣の予備はあるだろうか。とんかちと、のこぎりで戦うわけにもいくまい」
「親方、装備はわたすが、グールとは戦わないでほしい」
「ジバ、このごにおよんで、なにを言う」
おれは説明した。守備隊と巡兵隊は、グールと戦うための調練を積んでいることを。
「無駄死にするなと、言いたいのか」
「いえ、現場の混乱をさけたい。人夫や役人たちは下の回廊には入らず、上の歩廊から
ダリム親方は怒るかと思ったが、うなずいて、おれに笑った。
「立場が逆になったか」
親方が言う逆とは、建築現場のことだ。人夫は大工を手伝うが、職人の腕が必要とされる部分には手をださない。
「わかった。みなにも言って聞かせておこう」
この人から言ってもらえると助かる。その礼を伝えると、親方は真面目な顔になった。
「やるべきことはわかった。そろそろ、よこになって休んだらどうだ。顔色がさきほどより悪い」
急激に話しすぎたせいか、具合の悪さは自分で感じていた。しかし昨晩に寝て起きたときのことを思いだした。癒やしをかけてもらうまで、からだを起こせなかった。そして、あのときより、いまのほうが悪化している。
「もういちど寝ると、もう起きることはない。それが自分でわかる」
みなが、なんとも言えない顔をした。
「まだ、だいじょうぶだ。軍が帰ってくるまで、おれは死なん」
おれの言葉には、だれも答えなかった。みなが席を立つ。
「では、準備はまかせてくれ」
ダリム親方はそう言って、人夫たちのいるほうへ歩いていった。ほかも、自分がひきいる部下のほうへと去っていく。
安心したからか、耐えがたいほどの疲労感が襲ってきた。食卓机に腕を置き、すこし目をとじる。だが眠ってはいけない。
ことりと、なにかを置く音がして目をあけた。卓の上には陶器の杯がある。
「新鮮な、冷てえ水です。これなら、のどを通るんじゃねえかと」
よこにいたのは、王の酒場の店主、ヘンリムだった。
新鮮な水というのが、どこかわかった。あの地下にある湧き水だ。たった一杯の水のために、あそこまでいったのか。
杯の取っ手を持ち、口に近づける。ふしぎなもので、おれは新鮮な水のなかに精霊のようなものを感じた。
ベネ夫人から
水を飲んだ。そのまま杯の半分ほど飲めたことにおどろく。
「のどがかわいたら、いつでも言ってくれ。すぐ
そう述べるヘンリムを見つめた。
「おれの人生に悔いはないが、あるとすれば店主、貴殿の料理を食えなかったことだな」
褒めたつもりなのだが、ヘンリムは口を曲げてうなずき、そして去っていった。
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