第194話 夜の伏兵

 巨大な門がひらき、跳ね上げ橋も動きだす。


「アトボロス、どう動く?」

「北、城のまえへ駆ける!」


 ゴオ近衛隊長が聞き、アトボロス王がすばやく答えた。


「おれが先頭を走る。そのうしろにつけ」


 近衛隊長の言葉にうなずく王を見る。すこしおどろいた。われさきにと駆けだす王が、素直にうなずいた。


 ゴオが近衛隊長になり、この秋で気づけば一年。ふたりが会話している姿は、あまり見かけない。だが信頼関係はあると見える。しかし、それでもゴオは止めないのか。


 跳ね上げ橋が地面につくと、先頭のゴオが駆けだした。


 王も馬の腹を蹴り、そのうしろに私たちもつづく。


 城壁にそって駆けた。ゴオ族長のうしろにアトボロス王。その左右にも、馬がぶつからない距離で近衛兵がつく。


 円状に走り、北にまわる。あの燃えている荷車の炎が見えた。まわりにいくつかあるランタンの灯り。


 ダリオンが見えた。やつはさきほどランタンを投げたが、またあらたなランタンを手にしている。


 馬蹄の音に気づいたように、ダリオンと数人の敵兵は東へと逃げた。


 おかしい。ダリオンたちは北からきた。東へ逃げるのか。いやな予感がする。


「王よ!」


 さけんだが、馬蹄の音で消され聞こえないのか、または聞こえているが答えないのか。


 逃げる灯りを追いかけ、こちらも駆ける。


 ふいに王の左を駆ける近衛兵が落馬した。


「吹き矢だ!」


 落馬した兵がさけんだ。草むらか。さきほど、よこを通りすぎた草むらがあった。


「密集!」


 先頭のゴオ隊長から指示が飛ぶ。王のまわりに近衛兵があつまった。馬を駆けさせながらでも、たくみに王を騎馬の群れでつつむ。


 その集団に遅れまいと、私も馬の手綱をたたいた。さらにうしろはグラヌス総隊長が最後尾を守ってくれている。


 灯りは東へ東へと逃げた。だが逃げる灯りより、こちらのほうがすこし速い。だんだんと距離は縮まってきた。


「ゴオ殿、北だ!」


 最後尾を走るグラヌス総隊長の声だ。北を見る。いくつもの灯りがあった。十や二十ではない。五十はあるか!


 伏兵だ。先頭を駆けるゴオが、合図のためかランタンを上にかかげた。


「全体、止まれ!」


 近衛隊長の号令で、近衛兵、そしてアトボロス王も馬を止める。


 城から離れ東に駆けてきた。引き返し東の門に逃げなければ。そう思ったとき、こちらにせまる灯りの群れが乱れた。


 目をこらして見る。暗闇のなかで戦闘がおこなわれていた。


「いまだ、ダリオンを討つ!」


 王がさけんだ。まえを見る。ダリオンたちは止まっていた。おそらく、このあたりまで王を引きよせ、伏兵に襲わせる気だったのだろう。その伏兵は、正体不明の者と戦っている。


 王の馬が駆けだした。同時に近衛兵も動く。あわてて私も馬の腹を蹴った。


 せまる馬蹄の音に気づいたか、ダリオンたちも動きだす。だがこちらのほうが速い。距離が縮まる。さらに王の馬が速い。こちらの集団から抜きでた。


 王がランタンを捨てた。弓を放つか!


 つづけざまに鉄の弓が鳴った。まえを逃げていた灯りが大きく揺れ、いくつかは消えた。落馬したのだ。


 王のよこに追いつく。アトボロス王は馬の速度をゆるめていた。


「アトボロスはそのまま待機!」


 ゴオ近衛隊長の声が聞こえ、私のよこを駈けぬけた。ランタンは捨てたのか、右手には剣を持っている。ほか数名の近衛兵も追いこしていった。


 追いこしていった灯りは、しばらく走り、そして止まった。剣がぶつかるような音は聞こえない。戦闘にはならなかったか。


 アトボロス王とならんで馬を進める。ゆっくりと近づいた。


 地面にはいくつかの死体がころがっていた。背中には矢が突き立っている。


 ゴオ近衛隊長は馬をおりていた。ひとりの敵兵が地面にへたりこんでいて、その首のよこに、ゴオの大剣がぴたりと止まっていた。


「アトボロスめ・・・・・・」


 へたりこんでいる敵兵が憎々しげに声を発した。ダリオンだ。こちらをにらむ顔は泥と血で汚れている。落馬したようだ。


 アトボロス王とともに馬をおり、近くの近衛兵に手綱をあずけた。ダリオンに近づく。


「矢は馬のほうに当たったようだ」


 剣をむけているゴオ近衛隊長は、とくに表情もなくそう言った。


「首をはねるのか、牢屋に入れるのか」


 近衛隊長が王に聞く。


「五英傑の手をわずらわすまでもなく。その者の始末は自分が」


 そう言って歩いてきたのはグラヌス総隊長だ。


「グラヌス、貴様が隊をぬけたせいで!」


 そこで言葉は止まった。ふり返ると、ダリオンの首には矢が刺さっている。よこを見ると、アトボロス王が鉄の弓を持っていた。矢を放ったあとの姿勢だ。


 ダリオンの首から血が噴きだす。絶叫をあげるような顔をしたが声はでず、息ができないのか首をかきむしる。


「火に焼かれる苦しみを味わうがいい」


 アトボロス王は言った。


 崩れるようにダリオンが倒れる。倒れても貫通した矢は刺さったままだ。しばらくのたうち、そしてダリオンは動きを止めた。


「アト、手を汚さずとも」


 グラヌス総隊長がそう言ったとき、周囲に近づく人の気配がした。近衛兵が剣をかまえる。


 だが、こちらが持つランタンの灯りに入ってきたのは、よく見知った顔だった。


「ヒュー、ナルバッソス隊長!」


 アトボロス王が明るい声で名を呼んだ。


 そうか、夜まで気を失っていて経緯はわからないが、軍師にちがいない。ダリオンが夜の闇に兵をかくしたように、こちらも兵をかくしていたのだ。


 夜襲にそなえ、味方を別のところへ配置しておくのは多くの兵法書でも書かれていた。


 そしてヒューデール軍参謀は、諜知隊のもとにいったのではない。埋伏まいふくしていたナルバッソス騎馬隊長へ知らせたのか。


「伏兵はすべて殲滅せんめつ。あたり一帯に敵はもういないと存じます」


 ナルバッソスが王に報告した。


「騎馬隊の隊長であるナルバッソス殿が、夜の隊をひきいているのですか?」


 疑問に思い聞いてみた。


「夜行訓練は、しておらぬからな。今日は経験のある者を、あちこちの隊から選抜している」


 そう言ってナルバッソスは、右ほほにある古い刀傷をゆがませ笑顔を見せた。


 そうだ。コリンディアでは、いくどか夜行訓練をしたものだが、このレヴェノアでは昼の訓練しかしていない。建国よりこのかた、あまりにめまぐるしく余裕がなかったというのもある。


 ナルバッソスが連れている兵士たちを見た。百人ほどだろうか。若い兵士はおらず、そしてみな犬人だった。


「ひょっとして、この隊は、かつてのコリンディアでナルバッソス殿とおなじ隊のかた」


 ナルバッソスがうなずく。


「では、そのときの隊長は・・・・・・」


 言い終わるより早く、ほほ傷の兵士はうなずいた。そう、ナルバッソスはコリンディア第一歩兵師団、八番隊の副長だ。


「見て、よろしいですか?」


 ナルバッソスが王にたずねた。王がうなずく。


 もと副長は、かつての隊長のそばまで歩き、しゃがんで見つめた。そして深いため息をつく。


「ぼくが殺した。うらみはぼくに」


 アトボロス王はそう言ったが、ナルバッソスは首をふった。


「ご忠告いたします。明日、酒場にはでられぬよう」

「酒場に?」


 王は首をひねった。


「左様。かつてダリオンの下にいた者、そのすべてから、王は酒をおごられるでしょう」


 ナルバッソスがそう言ったとたん、兵士たちから喝采がわいた。


「一杯どころじゃねえ、十杯だ!」

「おお、みなに知らせてやらねえとな!」


 あまりのさわぎに、市民が起きるのではないか。そんな大勢の声が、王都レヴェノアの灯りを遠くに見る荒野のなかにひびきわたった。

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