第191話 重装歩兵
西の門にある巨大な扉がひらく。
次に扉のむこう、跳ね上げていた橋が、ゆっくりと動き始めた。
このとき思いだした。ラティオ軍師に伝令を飛ばし忘れている。
だがおそらくは、私がなにをするのかわかるだろう。ラティオ軍師、グラヌス総隊長には、この重装歩兵のことは話してある。
橋が半分ほどまでおりた。すでに敵は待っている。まだ数は五十ほどか。こちらは二百。それでも、むこうから次々に駆けてくるのも見えた。やはり、城から誘いだすのが目的か。
橋が地面につく。敵が橋の上にあがった。こちらも前進する。
「よこにならべ! だれひとり通すな」
私の号令に重装歩兵が横列にならぶ。私がいるのは中央。そのまえにはドーリク、マニレウスのふたり。
「前進!」
甲冑をきしませ前進する。敵のひとりがドーリクに斬りかかった。剣が兜に当たる。かん高い音をさせたが、ドーリクの兜は傷ひとつついていない。
ドーリクの
コルガがとなえた「力の祈り」は、すさまじい効果だ。以前は自分ひとりにかける術だったが、訓練を重ねるうちに周囲にいる味方にもかけられるようになった。
先頭の二十人は「力の祈り」につつまれ、力強く進んでいく。
ドーリクの戦斧だけではない。先端のとがった
ふいに敵から精霊の気配。しかしそれは私も読んでいる。
「土の護文、やめ!」
大声で指示をだした。からだから土の精霊が逃げていく。
「呪文がくるぞ、防御!」
そうさけび、私自身が古代語をとなえた。
「
私のいる先頭の集団、その二十人ほどが水の膜でつつまれた。そこに敵の呪文が当たり打ち消される。
「こざかしいわ!」
大声をあげ、ドーリクが歩く速度をあげた。マニレウスもそれにつづく。
私もそれに遅れまいと急ぐが、重装備の甲冑が重い。十歩ほど動くと息が切れた。
「
うしろから聞こえた。私のいる先頭集団に水の精霊がふわりと駈けぬける。後方のだれかがとなえたか。からだの内から活力があふれでてきた。やはりこの重装歩兵に犬人と猿人、両方の
橋をわたりきる。前列のドーリク、マニレウスたちは敵をなぎ倒していた。いや、そのむこうだ。
「敵が密集陣形をとっているぞ、突撃してくる!」
首をひねり、後方に知らせるため怒鳴った。
敵のあつまりが予想より早い。四百、いや五百か。まずいぞ、まえもってこの流れを訓練していたにちがいない。
「こちらも密集隊形!」
攻撃をつづけ、それぞれの間隔はあいている。もういちど密集した。
「
となりのコルガが力の祈りをとなえた。
敵が突撃してくる。こちらは二百、しかも重装歩兵だ。動きが遅いぶん、いきおいをつけてぶつかってくる集団に弱い。
むこうの突撃する初動を止めたい。やってみるしかないか!
からだに流れる土の精霊。それを感じとりながら古代語をとなえる。水の精霊があつまってきた。それが土の精霊と混じる。
となりのコルガが、私のほうを見た。力の祈りは、となえたままだ。なにをするのか、わかったらしい。
精霊が私のなかであばれる。ボンフェラート宰相は、これを押さえこみ、動かしたのか!
敵の集団がせまってくる。この呪文は、ボンフェラート宰相からいただいた古い文献で読んだだけ。無理なのか。おぼえた古代語をとなえつづける。
あばれていた水と土の精霊が、ふいに流れをおなじくした。異変に気づいたのか、前列にいたドーリクとマニレウスが、まえをあけた。私は敵の集団にむけ、手のひらをむける。
「
巨大な精霊の流れ。呪文と呼べるようなものではなかった。荒れ狂うように水と土の精霊が走り、むかってくる敵兵とぶつかる。敵の先頭が何十人と、いっせいにうしろへ倒れた。
倒れた味方につまづき、後続も前のめりに倒れる。
「いまが好機ぞ、
ドーリクがさけんだ。突撃といってもこちらは二百しかいないのだ。退却、その言葉がでなかった。からだが動かない。
「
コルガがとなえた。動けるのか。呪文を合わせると、衝撃は双方にくるはず。
しかもコルガは、となえながら駆けた。ドーリク、マニレウスも駆ける。私はみずからの短槍を杖のようにつかい足を動かした。
なんてことだ。つい先日に、ひざを壊したフラムに短槍を教えたところだ。私まで短槍を杖がわりにつかうとは!
重装歩兵たちが、私のよこを駆けていく。私も駆けねば。だが、からだが動かない!
「流れのなかに、ただただ、ただようのです」
ふいに思いだした。あの森の泉で、ベネ夫人に言われたではないか。水の精霊とは「流れ」である。私のなかにある水の精霊。無理な呪文をつかい乱れていた。それでもいい。そこに心を沈ませた。
からだが動かないなら、このまま放つか。見えた敵のひとりを思い定める。手のひらをむけた。古代語をとなえる。
「
敵兵がふき飛ぶように倒れた。つづけて何度もとなえる。密集が崩れたそこへ、ドーリクとマニレウスがおどりこんだ。
いや、もうひとり。小柄な猿人が激しく戦っていた。コルガだ。力の祈りをとなえながら、さらに戦いまでこなすのか!
手にする武器は変わり種だ。鉄の球に鎖がついてあり、それが鉄の棒につながっている。人夫として働いているとき、壁などを壊す仕事のときにつかっていたと聞いた。
ドーリク、コルガ、マニレスの三人は、まるで
馬に乗った人物がいた。顔に見おぼえがある。
「コルガ、待たれよ!」
さけんだが、声は届かなかった。コルガが下から振りあげた鉄球は馬の首に食いこんだ。馬がよろけ、そこに乗る男が地面に落ちるより早く、コルガの鉄球が男の頭を
「フォルミヨン、
コルガではなく、それを見ていたドーリクが大声をあげた。やはり、コリンディアの第一歩兵師団長だったか。
「おお!」
背後から、何人いるのかわからないほどの大きな
城壁にならぶ兵士は「おお!」と
「指揮官が倒された!」
「退却、退却!」
さけんだのは隊長か、または副長か。戦場に退却の声がひびく。敵が逃げはじめた。
敵が遠くまで逃げるのを待ち、私は地面にへたりこんだ。重装歩兵のみなもへたりこむ。
この策の悪いところがこれだ。精霊術をかけつづけるというのは、からだに負担が大きい。まだまだ実戦でつかえるものではないだろう。
西の門からでてくる味方の兵士たちが見えた。荷車を押している。だれの発案だろうか。われらを回収するためだろう。
起きているのが面倒になり、あおむけに寝ころがった。
しばらくすると、私の視界にあらわれたのは、私が真に賢いと尊敬する猿人のふたりだ。
「敵の騎馬隊は、どうなりましたか?」
「もう逃げたわい。指揮官を失えば、あたりまえじゃの」
宰相の答えに、ほっと安心する。なんとかなったか。
「イーリク」
「はい、ラティオ軍師」
「動きすぎ、そして、あせりすぎだ」
「はい、そうだと思います」
終わってみると、いろいろと見えてくる。私は今日、ずっとあせっていた。
「たが、おそらくだが、このおれを越えた戦いをしたな」
なんのことだろう。軍師の言われたことに、まったく思い当たることがなかった。
「完全勝利。おそらく、それを達成したぜ」
なんと。こちらの死者はなしか。怪我人はいるだろうが、味方がひとりも死ななければ「完全勝利」と呼ぶことがある。
「アトが、よろこぶぜ」
その言葉で、私は空を見あげた。
王は動きすぎる。飛びだす。困った人だ。そう思ってきた。それなのに自身が全軍を指揮してみると、まったくおなじことをしていた。
王の気持ちがわかったいま、さらに危険を感じる。これは動いてしまう。どうやって王を守ればいいのだろう。
ボンフェラート宰相はどこかへいったが、ラティオ軍師が、また顔を近づけてきた。
「ボンじいは自分に似てるって言ったがな、おれから見りゃ、おまえら四人、まったく一緒だぜ。兄弟なんじゃねえか」
その四人とは、グラヌス、ドーリク、イーリク、アトボロスだ。
からかう猿人の言葉に、私はなにひとつ、反論できなかった。
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