第190話 広がる敵
「王の城」を一階まで駆けおりた。
そのまま城壁の回廊にむかう。移動する王都守備隊とともに駆けた。
しばらく城の廊下を駆ける。一階のはしに着いた。扉をあける。外の景色が広がった。
回廊があるのが外側だ。内側には部屋がならんでいる。この石造りの兵舎は建物だけができており、まだだれも住んではいない。
兵舎の屋根は回廊までのびており、それを等間隔の柱で支えている。回廊の外側に壁はない。胸の高さより上はあけており、この回廊から防御しつつ攻撃できる。
屋根の上から兵士たちの声が聞こえた。城壁の上も
回廊を走った。北西のあたりで止まる。この城壁は円形だ。そのさらに外側となる敵のほうが大きくまわることになる。すこし待つと敵があらわれた。
「サンジャオ殿、聞こえるか!」
大声で言ってみる。
「聞こえるぞ!」
弓兵副長の声が聞こえた。ちょうど真上にいるようだ。
「弓兵、精霊兵はまかせる!」
「わかった!」
兵士たちのあわただしく動く足音が聞こえる。城壁にそってならばせているのだろう。
「王都守備隊、城壁にそって二列!」
ハドス隊長の大声がひびく。つづいて小隊長の復唱する声が聞こえた。
敵兵が近づいてくる。こんどは固まっていない。なるべく広がって攻撃するようだ。
「王都守備隊、一列に。敵にあわせて広がれ!」
ハドス隊長の指揮はすばやい。守備兵が動くと同時に、上からも矢が放たれ始めた。精霊の呪文が放たれた気配も感じる。
コリンディアの歩兵隊は、まだ全軍は動かしていない。今回も動いているのは千人ほどか。
地面から長い
サンジャオの弓兵隊は、かなりの腕前だ。グールとの戦いでは、主に後方だったので古参の多くが生き残っている。防城戦のほうが有利になると考えたのは、この弓兵の存在もあった。
かしゃり! と近くの石壁から音がした。
弓は意外に真下にむけて撃つのはむずかしい。胸の高さにある防御のための石壁も邪魔になる。
回廊を見わたすと、いくつかの鉤爪を見つけることができた。腰の短剣をぬき、鉤爪にむすばれた縄を切ろうとしている守備兵もいた。
ふいに降りそそぐ矢が止まった。これは思い当たることがある。
「王都守備隊、一歩さがれ!」
私の命令を小隊長が伝えていく。
「落石!」
「落石!」
上からの声がいくつも聞こえた。やはりか。この掛け声は、下にいるこちらへ注意をうながすためだ。
石が落とされた。とうぜんのごとく城壁の上には、石を用意してある。
「落石やめ!」
上の声が聞こえた。頭をだして下をのぞいてみる。綱を登っていた敵兵はひとりもいなかった。
「一時退却!」
敵のなかから声が聞こえた。敵がさがっていく。
私はすこし敵兵が気の毒になった。少数の兵士を小出しにする。これは兵法として極めてまずい。
だが敵の指揮官の気持ちもわかるところだ。こちらの城壁を見るのは初めてになる。どういう攻撃をされるか、まったくわからない恐怖があるだろう。
やってみて、さらにわかるのが、やはり下から攻めるほうが圧倒的に不利だ。これから敵はどうするのだろう。そう思った矢先、敵の全軍が動いた。
ひたすらに広がっていく。四千人ほどでは城壁の半分もかこえない。それなのに間隔をあけて両側にのびていく。
なかば、やけくそか。全軍で攻め、ひとりでも城壁にあがればよいと。
「伝令!」
「はっ!」
伝令の兵士が駆けつける。
「空き地にいる歩兵三番隊、四番隊を、いや待て!」
待機している歩兵を城壁に呼ぶかと思ったが、敵の広がるようすが気になった。ちらばっているようで、左側が多い。西門の近くが多いということだ。これは、広がったのは陽動で西門へ突撃するつもりか。
いや、敵がうすく広がったいま、こちらが西門からでて蹴散らそうとするのを待っているのか。
相手からすれば、城からでたところを突撃し、入り乱れてしまえば弓の攻撃は受けない。うまくすれば、そのまま城内になだれこめる。
これは、騎馬隊をつかうときか。反対の東門に待機させているのは、ボレアロフの第一騎馬隊。まわりこんで蹴散らしてもらうか。
「イーリク隊長!」
ふいに呼ばれ、ふり返った。白い上着の兵士。伝令の兵だ。しかし、あらたな伝令を呼んではいない。さきほど呼んだ伝令も、そばで待っているというのに。
「ラティオ軍師より、ご報告!」
私あての伝令か!
「北東より、急ぎくる騎馬の影あり。数およそ八百!」
コリンディアめ、騎馬隊を作っていたか!
そしてこちらが考えるようなことは、敵も考えるか。西側で戦闘をさせ、ふいを突き東の門をねらう策。いや、直接に北の王城をねらうだろうか。
これは困った。東の門に待機させているのは、ボルアロフの第一騎馬隊。これを城外にだすべきか。しかしそれでは通常の
それに、空き地で待機させている兵士をどうする。ブラオの歩兵三番隊、カルバリスの四番隊はどこに配置させるのが正解なのか。
城壁の外、北西から西にかけて展開する敵の歩兵は約四千。それに対し、こちらは王都守備兵、弓兵、精霊兵があわせて千五百ほど。だが、ドーリクの一番隊と、マニレウスの二番隊は西の門にあつめている。応援に呼べばすぐにくる。
敵のねらいが絞りきれない。いまは、へたに動かないべきか。西側に広がっている敵も、広がるだけで攻めてこない。
いや、しんちょうすぎるのか。私は、しんちょうすぎるのが欠点。そうグラヌス総隊長からも、昔から言われてなかったか。
「敵の騎馬隊がくるのは、どれほど間がある?」
「
私は周囲を見まわした。
「グラヌス総隊長!」
すこし離れた場所に総隊長はいた。
「ここを、たのみます!」
上に登る階段へと駆けた。
敵のねらいがわからないなら、こちらから動いてみる。だが、通常の歩兵では無理だ。城から誘いだすのが目的なら、開門と同時に敵はむらがってくるはず。
城壁の上にでる。弓兵隊と精霊隊がいた。
「コルガ!」
大声で呼ぶ。私に気づいた。
「奥の手をつかう。西の門へ!」
小柄ながらたくましい
城壁の上を走り、西の門まで着くと階段を駆けおりた。
「ドーリク、マニレウス!」
マニレウスの隊は東の門にいたが、西の門に移動するよう伝令をだしていた。まだ到着していないと思ったが、すでに全兵が待機している。
あらたな街の造りとして、東門と西門のあいだは一直線の広い道でつながれていた。
ボンフェラート宰相、ペルメドス文官長、それにヨラム巡政長。三大老による城、そして街の造り。これはさすがだ。この戦いで、いまそのよさを痛感している。
「ドーリク、マニレウス、奥の手をつかうぞ!」
ふたりが、ぎょっとした顔を見せた。おどろいたようだが、すぐにふたりは隊の者に声をかけていく。
私は近くにある武器庫へと走った。
城壁の土台となる石垣には、ところどころに半円型をした木の扉がある。軍がつかう倉庫だ。
そのひとつに、私の責任で借りている倉庫がある。走りながら首にさげた
扉のまえに着き、錠前に鍵をさす。ドーリク、マニレウスのふたりが追いついてきた。
「出陣か!」
ドーリクが口をひらいた。それも嬉しそうにだ。
「敵のねらいがわからない。ひととき、城の外にでて戦う!」
うしろから大勢の足音も聞こえる。歩兵一番隊、二番隊から選抜した兵士たちだ。
扉をあけ武器庫に入る。棚だらけの部屋だ。城壁をくりぬくように作った石の部屋には、すべての壁に木の棚を設置し、そこに甲冑などの武具を置いていた。
「イーリク殿、いよいよか!」
入口から声が聞こえた。コルガだ。
「あらたに敵の騎馬兵がせまっております。
コルガ以外の者にも聞こえるよう状況を伝えた。かつて日雇い人夫だった猿人が私のもとにくる。緊張しているかと思えば、にやりと笑った。
「一刻か。なら、ぶっ倒れるほど精霊をつかってもいけるな!」
甲冑を身につけ、それぞれの武具を持って西門にならぶ。
ドーリクの歩兵一番隊、マニレウスの歩兵二番隊、それぞれから百名。合わせて二百の歩兵。そこに二十人の精霊兵。
ふり返り、兵士たちのようすを見た。歩兵はわかるが、精霊兵のほうも意気揚々としている。
コルガを始めとする日雇い人夫だった者たちだ。探していくと、コルガ以外にも精霊をつかっている者、または強い資質を持つ者がいた。その者たちは精霊隊へ入ってくれたが、ひそかに選びぬいた歩兵と合同での調練もおこなっていた。
「いつも思うが、重いな」
二百人いる歩兵のひとりが、そうつぶやいた。それもそのはず、いま全員が身につけているのは、足の先から指の先までを鉄でおおう
頭にかぶる
重装歩兵。よその国では、そう呼ばれるらしい。この装備をボレアの港町にいるケルバハン総督を通じて、よその国から手に入れた。
「精霊兵、護文をとなえよ!」
顔をおおう兜で声がとおりにくい。大声で伝えた。
「
あちらこちらで土の護文をとなえる声が聞こえた。
そう、この重装備では重すぎて動きがのろい。それを力の護文によって補佐する。
実戦ですぐにつかうとは思わなかった。試しに限られた人数でやっていただけだ。
「
なじみのない言葉が聞こえた。となりにいるコルガがとなえた「力の祈り」だ。
からだに泥がついたような感覚に襲われるが、甲冑をつけた全身は軽く感じる。
巨大な扉のまえでは、門に常駐する王都守備兵がいた。その十人ほどが、じっとこちらを見ている。いまかいまかと待機しているのだ。
「開門!」
腹に力をこめ、私は高らかにさけんだ。
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