第189話 城壁の戦い

 王の城。その屋上からながめた。


 進軍してくるコリンディアの歩兵隊が見える。甲冑かっちゅうが見えるので、敵兵でまちがいない。赤茶けた荒野のなかを、一直線にむかってくる銀色の集団だ。


 両手を強くにぎっている自分に気づき、力をぬいて両手をひらいた。深呼吸もした。


 ふり返る。この五階の屋上には、王と隊長たちがあつまっていた。


 五階の屋上は地上から遠い。攻撃は届かないだろうということで、ヨラム巡政長とペルメドス文官長もいた。


 ラティオ軍師、ボンフェラート宰相は椅子を持ちだし、どっかりと座っている。手伝わないという意思表示だろう。


「私が防城戦の指揮をとるのですか、無理です!」


 軍師から聞かされたとき、即座に言った。だが軽い口調で返された。


「イーリク自身が言っただろ。初舞台ってな、いつか踏まなきゃいけねえ」


 そして断りきれず、この日をむかえる。


「見はり台、という意味がわかりました。これは便利」


 ぼそり、つぶやいたのは巡政長のヨラムだった。私も、城ができてみるまでは、これほど遠くまで見えると思わなかった。しかし、それを楽しむ余裕は、今日の私にはない。


 指揮をするということは、そのための準備、立案もふくまれる。重圧のかかる仕事だと痛感した。


 隊長をしている私は、戦場での動きは指揮できる。軍術や戦術と呼ばれる分野だ。だが、軍略、また戦略と呼ばれる戦い全体の運用はむずかしい。


 だがこともなげに、それをこなせる強者つわものが、この国にはふたりもいる。


「なんじゃ、イーリク」


 私が感心してながめているのを宰相が気づいた。わが国で軍略を考えるのは、どっかりと椅子に座って静観のかまえのふたり。宰相と軍師。


「思えば、文官と武官をこなすというはなわざができるのは、ボンフェラート宰相ぐらいかと」


 めたのだが、老猿人は鼻で笑った。


「経験を積めば、イーリクもラティオもできる。やる気しだいじゃ。できるのに遊んでおるような、大のおとなもおるがの」


 だれのことかと思えば、せきばらいをして動きだした者がいた。ハドス王都守備隊長だ。たしかに、ハドス殿は両方できそうである。ペレイアの街では町長もしていたことだ。


 遊んでいるとは思わないが、王都守備隊をしながら近衛隊の副長もしている。やりたいことをやっていると言えるが、才覚が豊かでないと兼務はできないだろう。


 ハドス隊長は北に背をむけ、街側のへりまで歩いた。


「閉門!」


 王都守備隊長の号令がひびく。


「閉門!」

「閉門!」


 城壁の上にいた兵士がさけんだ。西と東へ順々に伝わっていく。


 がたり! と大きな音がふたつ聞こえた。跳ね上げ橋が動きだした音だろう。


 城壁のまわりには、水をはった水路を作る予定だ。だが、今回のいくさには間にあわなかった。


 水路はできていないが、そのための橋だけはできている。橋は西門と東門だけ。この街に入るには、このふたつしか入口はない。


 街を歩く人影は見えなかった。王都レヴェノアは静まり返っている。市民たちには、王の名のもとで布告していた。今日一日、市民は家のなかで待機だ。


 私は屋上を西側のへりまで歩いた。この城は段になった造りだ。見おろすと、四階の屋上、三階の屋上と、それぞれの屋上が見おろせる。そこに配置された兵士たちを確認した。


 盾を持たず、革の胴当てだけをつけた軽装備の兵士たちがいる。弓を持つのが弓兵。弓を持っていないのは精霊兵。どちらも手持ちぶさたなようで、屋上をぶらぶらと歩いていたり、ひそひそと雑談をしていた。


 その真逆に、胴体にはしっかり甲冑をつけ、かぶともかぶっているのが王都守備兵。長いやりを持っている。槍は背丈の倍はあった。下から登ってくる敵兵を刺すためだ。


 城壁の各所に配置した見はりの兵士も確認する。それとともに、場ちがいなものも見えた。


「城壁の上に馬車があるのは、やはり異様な光景ですね」


 だれにというわけでなく、私はつぶやいた。城からつづく城壁だが、城に近い城壁の上に馬車が一台、馬が数頭、左右どちらにも用意してある。


「兵舎の屋根でもあるからな。この国の城壁は、高さはわからねえが、分厚さでいけば、この世で一番かもしれねえぞ」


 ラティオ軍師が笑いながら答えた。そう、城壁の上に城と兵舎を建てたおかげで、土台となる城壁はたいそうな厚さとなった。こんな巨大なものを人の手が建てたのだと、見れば見るほど感心する。


「そろそろ、準備を」


 私は屋上にいる隊長たちにむかって言った。


「王都守備隊、配置につけ!」


 ハドス隊長が大声をあげた。


「王都守備隊、配置につけ!」


 それぞれの場所から小隊長たちの復唱が聞こえる。


 王都守備兵は、胸の高さほどある外側の防御壁にむかい、その石壁のまえで直立不動の姿勢をとった。


「王都守備隊、配置よし!」


 配置についた守備兵の声が聞こえてくる。城の各階にある屋上が合わせて三百。城壁の上がおなじく三百だったはずだ。


 城壁の全体には、見はりの兵だけ置いている。これだけ相手の動きが見えれば、見てから動くことができるだろう。


「弓兵隊、配置につけ!」


 サンジャオ弓兵副長の号令が聞こえた。守備兵のうしろにならんでいく。


「精霊隊、配置!」


 最後に私も声をあげた。今日の精霊隊は、私が直接に指揮をとる。


 街側のへりにいき、下を見おろした。城の近くにある空き地には、歩兵と騎馬兵を待機させている。


「歩兵一番隊、配置つけ!」


 ドーリクの声が、かすかに聞こえた。東の門にいるのが歩兵一番隊だ。さえぎるものがない高所にいるので聞こえやすいのか、または街は静まり返っているからか、遠くの声でも聞こえた。


 東西にある門が突破されるとは考えにくい。跳ね上げた橋はそのまま壁となり、それを突破しても分厚い扉が待っている。


 西の門はマニレウスひきいる歩兵二番隊が待機しているが、これも門を守るというより、いつでも外へ攻撃に飛びだすかまえだ。


「攻城兵器もあるか。コリンディアから運ぶのは、しんどかっただろうに」


 ラティオ軍師の声だ。ふり返り敵を見る。攻城兵器というのが、どれだかわかった。


 木を組んだやぐらのようなものが動いている。それが四台。


「投石機を作っておくべきじゃったかの」


 ボンフェラート宰相がつぶやいたが、ラティオ軍師は首をふった。


「ウブラの主都にあるが、当たらねえって話だぜ。うちじゃ、いらねえだろう」


 投石機、文献では見たことがある。大きな棒を跳ねあげるようにして縄で吊った巨石を飛ばす道具だ。あれは精度が悪いのか。


 北側の石壁まえまで移動し、敵を見すえた。


「おい、さきに、でっけえのやるか?」


 うしろから声が聞こえた。ふり返ると、サンジャオ弓兵副長だ。


「もう届くのですか!」


 まだかなり距離がある。


「毎日のように練習してんだ。過去のいくさで考えるなよ」


 サンジャオの言うとおり、弓兵隊の射程はグールとの戦いで見た印象をもとに考えていた。


「では、たのみます」

「よし」


 サンジャオが屋上のへりにいく。


「長弓、火矢の用意!」


 私は敵を見つめ、しばらく待った。


「用意できたぞ」


 サンジャオの声が聞こえた。


はなて!」


 大声で伝えた。次々に火矢が飛ぶ。山なりに飛ぶ火矢は、半分ほどがやぐらに刺さった。


 敵があわてふためくのが、遠くからでもわかった。やぐらの上にいた兵があわてておりていく。


 そうこうしていると、二度目の火矢が放たれた。四つの櫓は針山のごとく火矢だらけになり、動きを止めた。


「あほうじゃのう。これほど見晴らしのよい城で、あれをつかえると思うておるのが」


 ボンフェラート宰相に賛成だが、私は答えず敵の動きをじっと見る。


 集団から、いくつか小さくかたまって進んでくる小隊があった。大きな盾を頭上にならべている。弓矢への防御だ。


「精霊隊、射程に入れば攻撃!」


 大声で伝えた。待つまでもなく、四階の屋上から精霊が動く気配がした。まだ遠い。そう思ったが、盾を頭上でならべて行進するひとつが崩れた。この距離で届かせるとすれば、マルカの火の精霊ヘラクレイトスだ。


 盾をかまえた相手に呪文をぶつけても、力は半減してしまうが弓矢よりは効く。強力な呪文であれば、なおさらだ。


 盾を頭上にした小隊が、いよいよ城壁に近づくと次々と精霊の呪文が飛んでいった。


「弓兵隊、とどめを!」

「まかせろ、短弓!」


 私の命令にかぶさるかのように、サンジャオがすぐに答えた。すばやく弓兵隊の矢が上から撃ちおろされる。盾のならびが崩れたところへ吸いこまれるように矢が入っていった。敵兵が次々と倒れていく。


 ひとつの敵小隊が急に駆けだした。しかし走りだしたので、頭上を守る盾のならびは崩れている。なにかが見えた。盾でなにかをかくしていたようだ。


衝角しょうかくか!」


 思わず声が漏れた。丸太を三本ほど縦にしばってまとめたもの。それを荷車に載せて突進してくる。攻城兵器のひとつで、壁や扉に当てて破壊するためのものだ。


 衝角の駆けるいきおいがあがってくる。走りながらでは頭上を盾で守れないだろう。決死の攻撃か。


 どん! と低い音がした。衝角が城壁にぶつかった。だが城が揺れるようなことはない。ぶつかった衝撃で丸太はちらばり、荷車から落ちた。


 城壁ではあるが、これだけの城が乗った土台なのだ。しかも土台につかっている石は大きい。ひとつの石も落ちないだろう。


 衝角を押していた敵兵に矢の雨がふり、すぐに立っている者はいなくなった。


 ほかの敵小隊を見る。小さくまとまって進んでいたが、小隊の半数ほどが倒れると、残り半数は逃げだしていくようだ。


 次はどうでるか。コリンディアの歩兵隊は五千。倒れた敵兵は、まだ数百人ほどだろう。


 敵が動いた。西にまわりこむように動く。


 椅子いすに座ったラティオ軍師を見る。なにも言わなかった。今日一日は、ほんきで静観するかまえのようだ。


「北西まで移動する。弓兵隊、精霊隊は、城壁の上。王都守備兵は回廊をつかう。いそげ!」


 私の指示を聞いた隊長のそれぞれが動きだす。


「伝令!」


 私が声をあげると、ほかと格好のちがう兵士がすばやくきた。軽装備の上から、白い上着をまとっている。これは目立たせるためだ。平地での戦いでは、反対に目立たせないよう黒い上着を着させることもある。


「東門のマニレウスに西へ移動と伝えよ!」

「はっ!」

「伝令!」


 さらにもうひとりが駆けよってきた。戦時の伝令である。ひとりが、ひとつの事柄しか受け持たないように徹底していた。


「ボルアロフの第一騎馬隊は、東の門で待機」

「はっ!」


 敵が西にまわるのなら、東を守る必要はない。


「イーリク、騎馬隊をひとつ東にむけたのは?」


 たずねてきたのは、グラヌス総隊長だった。


「外をまわりこませ、側面をつかせる手もありかと」

「なるほどな」


 総隊長はそれだけ言うと駆けだした。屋上のすみにぽっかりあいたような穴へむかう。おりる階段だ。総隊長も移動するのか。私が大軍を指揮するのは初めてなので、心配なのかもしれない。


 私も移動しないと。グラヌス総隊長を追いかけるように駆けだした。

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