第188話 天幕の隊長会議

 コリンディアが、いくさにむかう気配がある。


 そうならば調練に力を入れ、兵士たちを仕上げねばならない。通常なら、そう思う。しかし私は、ちがう道を考えたかった。


「城壁を仕上げるのか!」


 私の考えを聞いたグラヌス総隊長は、そうおどろきの声をあげた。


 東門の外に建てた天幕のなかにいる。


 あらためて会議がしたいと申しいれたのは私だ。大きな天幕のなかには椅子いすも机もないが、人はそろっている。すべての隊長、そしてボンフェラート、ペルメドス、ヨラムの三大老もいた。


「私の歩兵五番隊。いま戦えば、ほぼ全員死ぬ。そう思います」


 以前ならば、もと歩兵であったり、どこかの民兵だった者が多かった。だが、いまの五番隊は、軍隊の経験がない者ばかりだ。


「それなら、イーリクの隊は外す。そういう策もあるぜ?」


 ラティオ軍師はそう言ったが、私は異をとなえた。


「三番、四番の歩兵隊も、新兵との混合です。いくさに耐えうる熟練度だとは、とうてい見えません」


 歩兵三番隊のブラオ、歩兵四番隊のカルバリスは反論しなかった。勇ましい者にとって、戦えないとは言いたくないだろう。それでも口をつぐんでいるということは、私の見立てが正しいのだと思う。


「ならイーリク、新兵をすべて外すか?」

「いえ、兵士になった以上、どこかで初陣という舞台は踏まねばなりません。ただし今回の相手はコリンディア。むこうは一度の敗戦も経験し、そうとう気を入れてくるはず」


 苦言を言われたラティオ軍師は気分を害するかといえば、にんまりと笑顔を見せた。やはり、考えていたか。


「予行演習をしてみるか、イーリク」

「はい。いい機会かと」

「予行演習とは、なんだ?」


 グラヌス総隊長が割って入った。ラティオ軍師は自身を見つめる隊長らを見まわし、説明を始めた。


「コリンディアの連中、あいつらが用意できそうな兵の数は五千。兵の数なら、こちらのほうが圧倒的に多いが、なにせ新兵が多い。そこで、あらたに手に入れた盾をつかおうってのが、イーリクの考えさ。城塞都市レヴェノアという盾を」


 居ならぶ隊長たちが、同時にうなった。


「外で戦わず、いきなり籠城ろうじょうするというのか」


 グラヌス総隊長の問いに、軍師は首をふった。


「籠城ってな、城を守ることだ。今回はそうじゃねえ。コリンディアの歩兵を打ち倒すために、城壁を盾としてつかう」


 アトボロス王が心配そうな顔で歩みでた。


「市民への危険は?」

「ない。そのために騎馬隊もふくめ、すべての兵士は街のなかで待機。だよな?」


 軍師が私の顔を見た。やはり、そこまでも軍師は考えておられたか。私はうなずき、みなに説明を始める。


「ちょうど、街の北側は空き地だらけです。騎馬隊をまるごと街に入れても、あまりあるでしょう。いまなら、やりやすい戦法だと思います」


 そのとおり、という顔でラティオ軍師がうなずいた。では、このまま一気に考えを言ってみるか。


「戦いまで、ひと月ほどの猶予ゆうよはあるとの予測。そのあいだ調練に精をだすか、城壁の完成をめざすか。どちらが勝ちに近く、より多くの兵士を生き残らせることができるのか」


 隊長、そして三大老も納得したようにうなずいた。よかった。私の考えは、まちがってないようだ。


「おれの呼ばれた意味がわかりました」


 声をあげ、歩みでる者がいた。そう、この男を呼んだのは私だ。そのために街の外で天幕をはった。


「ラウリオン鉱山は、いま以上の早さをもって石をだせるのかと。そう聞きたいのだな」


 犬人の男は私にむかって言った。王都レヴェノアから追放された男、モルアムだ。文官にはなってないが、あらたにできた東峰の採石場、その責任者になっていると聞いた。


「さきに言うと、貴殿を信用しているわけではないが」

「おれを信用する必要はない。信用するのはアトボロス王ただひとり」


 そのモルアムはボンフェラート宰相へむいた。


「宰相、ひと月ほど鉱山の採掘をやめてもよろしいですか?」

「それはよいが、鉱山の者は納得するじゃろうか」

「しますよ。変なやつは追いだしてますから」


 追いだしたのか。鉱山は重労働で、腕力のある者が多い。文官というより武官のようなたたずまいは、そういうやからとやりあうからか。


「やはり、この街で見かけたころとちがう。腕っぷしをあげられたか」


 私の問いにモルアムは笑みを見せた。


「いえ。おれは怒鳴る専門で。ぶっ飛ばすのはあいつです」


 指をさされたのは、離れて立っていた大男。ラウリオン鉱山の守兵長ノドムだった。みなが笑う。


「あとは港のほうか。熊の船長、どうなんだ?」


 ラティオが声をあげた。呼ばれた三角帽が首をふる。


「鉱山とちがい、人手を集約することはできん。入ってくる船を止めることはできないからな」


 そうか、港とはいわば店だ。客にくるなとも言えない。


「その問題には、われら騎馬隊が入れるのではないか。荷役は素人では無理そうだが、ボレアの港からの運搬、そこはわれらの出番だろう」


 声をあげたのはナルバッソス第三騎馬隊長だった。ボルアロフ、ネトベルフの両名もうなずいている。


「なんとか、なりそうだな。というところで、どうするよ王様」


 軍師がたずねた。みなの目がアトボロス王にあつまる。


「よし、やろう」


 短く答えた王の言葉に、みなもうなずいた。


「コリンディアの準備が早いか、レヴェノアの城壁が早いか、競争だな」


 からかうような口調で言ったのはラティオ軍師だ。


「おれらも、なるべく収穫を早く片づけ、手伝うぜ」


 そう言ったのは巡兵隊の「無名隊長」ことルハンド。となりに立つ正規の隊長サルタリスもうなずいている。


「ちがうわよ。手伝うのは、さきに農家の収穫。各地にいる人々も、王都にかけつけたいと思ってるわ」


 もうひとりの巡兵隊長、テレネが言った。


「おれも、そのつもりで言ったさ!」

「うそよ、なにかにつけて王都にきては、飲み歩いてるでしょ」

「ああ、テレネ殿、それは自分が誘っておるのだ」

「んまあ、グラヌス様が!」

「ルハンド殿とは、馬が合ってな」


 意外にも、グラヌス総隊長とルハンドは親交があるのか。


 ラティオ軍師は競争と言った。楽観してはいないが、これは勝つだろう。人々のあつまる力が、コリンディアとはちがいすぎる。


 王を見た。楽しそうにグラヌス総隊長たちをながめている。垂らしている手を見て、おやっと思った。


「アトボロス王よ」


 私の呼びかけに王がふりむいた。


「なに、イーリク」

「その右手、どうされました。血がついております」

「ああ、これか」


 王が右手のひらを見せた。


「さきほど、豆がつぶれたんだ。だいじょうぶ」

「おいアト、両手、豆だらけだぞ」


 ラティオ軍師が王に歩みより、両手を持ちあげた。


「ほら、このところ石積みのつなを引くから」


 その王の言葉を聞き、何名かが目をあわせ、何名かが天をあおいだ。みな思い浮かんだ言葉はちがうだろうが、感慨かんがい深いものがある。


「もう、王様じゃなかったら、抱きしめてるわ!」


 テレネが放った言葉。これにはみなが、腹をかかえて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る