第184話 南国の人夫

「ドーリク、マニレウス!」


 声をかけたが、ふたりにも聞こえたようだった。私を見てうなずく。


 三人で走った。そこは城壁の最上部へ石をあげている現場だった。崩れているのは城壁ではない。坂道のほうだ。


 丸太を柱にした木造の大きな坂道を作っていた。その柱が折れて崩れている。


「まるっこい少年が下敷きになったぞ!」


 どこかから声が聞こえた。


「ドーリク、その少年とは、王の酒場のギムだ!」

「なにっ!」


 ドーリクだけでなく、マニレウスも反応した。ふたりとも酒場にはよく顔をだす。おぼえていたか。


 ほかの者もあつまってくる。崩れた丸太や材木を上からひとつずつ動かした。


「しんちょうに! これ以上は崩さないように」


 私の声に、みながうなずく。


 ひとつひとつをがすように動かすと、地面が見える底に人の姿があった。ギムではない。猿人の男だ。


 男は倒れた丸太に右肩をつけ踏んばっている。その足もとには少年が小さく背をまるめていた。


「無事か!」


 声をかけたが、猿人の男は私をにらんだ。なにか、ぶつぶつとつぶやいている。


 周囲のおとなと力をあわせ、男の上に積みかさなる丸太や木材をのけた。


「助かった、礼をいう」


 支えていた丸太がなくなり、男は言った。


 猿人の男は隆々りゅうりゅうとした筋肉をしていて、からだは分厚いが、背はそれほど高くない。ふしくれだった手足は、ぷっくら実った枝豆のようだ。


「礼を述べるのはこちらです。ギム、けがはないか?」


 王の酒場で働く少年は顔をあげた。ひょいとドーリクが両わきをつかみ木材のあいだから引きぬく。


 猿人の男も足場に気をつけながら瓦礫がれきをぬけでた。しかし、右腕を左手で支えている。


「どうかしましたか?」

「無理をしすぎた。この街の治療所を教えてくれぬか?」


 王都レヴェノアにある治療所は、いくつか知っている。しかし私はそれより王都でいちばんの癒やし手ケールファーベを知っていた。


「ご案内しましょう」


 私は小柄でごつごつした猿人をつれ、王の宿屋へと歩いた。


「おい、あんた、ここは!」


 入口の近くまでくると、猿人の男は声をあげた。私は男にふり返る。


「申し遅れたが、歩兵五番隊の隊長をしているイーリクと申します」

「あんた、霊清れいせいゆうか!」


 男はおどろきの声をあげたが、最近、その異名はふさわしくないのではと思う。


「精霊隊の隊長はしていない。『霊清』と呼ばれるほどではないと思うが」

「冗談でしょう。からだに流れる精霊の力は、けたがちがう」


 この男には精霊の流れが正確にわかるのか。そう思ったが、ちがう声が入った。


「おれはドーリク」

「おれはマニレウス」


 なぜか、一番と二番の歩兵隊長もついてきたようだった。


 王の宿屋に入り、四階にあがる。お目当てのベネ夫人は厨房にいた。そばにはフィオニ夫人の姿もある。


「ベネ夫人、腕を痛めた者がいます。見ていただけますか」


 火にかけていた鍋をおろし、ベネ夫人はふり返った。


「おやまあ、今回は、すぐに思いだしていただけたようですね」

「あれは、反省しております」


 すばやく頭をさげた。以前にフラムをどう治療するかというとき、ベネ夫人がいるのをすっかり忘れていたからだ。


 みなで食堂のほうに移動する。猿人の男を椅子に座らせ、ベネ夫人が男の腕を調べた。


「肘の関節が、外れかかっております。フィオニも見てみなさい」

「はい」


 今度はフィオニ夫人が男の腕をつかみ調べていく。もうすっかり師弟関係になったようだ。


「フラムのときもそうですが、関節のけがは、まず正しい位置に治さねばなりません。今回はわたくしが」


 ベネ夫人が男の手を両手でつかんだ。ゆっくりと伸ばし、すこしひねるように力を入れる。


 男が、苦悶の表情を浮かべた。かなり痛いのだろう。


「これで次に、癒やしをかけます。やってみてください」

「はい、ベネ様」


 フィオニ夫人が片手をひじに、反対の手は男のひたいに添えた。


 水の精霊があつまってくる。ベネ夫人もそうだが、このフィオニ夫人がつかう精霊の流れはきれいだ。稀代の癒やし手ケールファーベと呼ばれた王母メルレイネの伝承だろうか。


「へえ、きれいなもんだ」


 男は虚空を見つめている。やはり、この男、精霊使いケールヌスなのか。しかし人夫だ。


「どうでしょうか」

「よいですね、フィオニ。めざましい進歩です」


 男に気を取られていると、治癒は終わっていた。


「おお、まるで、まえよりも軽く感じる」


 男は立ちあがり腕を動かす。そして、深々とふたりの婦人に頭をさげた。


「恩にきる」

「まあ、大げさでございますね」


 ベネ夫人が微笑ほほえみかけたが、男は治療された腕をさすった。


「いや、じつは痛めた感じだと、このさき仕事ができねえかもと思った」


 真剣な顔でベネ夫人を見つめる。


「いくら払えばいい」

「お代は、けっこうでございます」

「そんなわけはねえ。おふたかた、かなりご高名なのだろう」

「いいえ。ただの飯炊きでございますのよ」


 ベネ夫人は恐縮する男に気をきかしての言葉だろうが、飯炊きとは笑えた。ある意味、飯炊きである。食べさせる相手は王であるが。


「猿人のかた」


 声をかけ、男がこちらをむいた。


「名は、なんと申されますか」

「コルガという。南方なんぽうの国から、船できた」


 なるほど、ここよりさらに南か。たしかに、よく日焼けした肌をしている。


「お代はいらない、そのかわり、すこし話を聞かせていただけますか?」


 私の提案に、ふしぎそうな顔をしながらもコルガと名乗った南の男はうなずいた。


 王の住まいであるここで話すのも気が引ける。夕暮れも近いので、食事でもしながら話そうと誘った。





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