第183話 建設の拡大
「思ったより遅い」
そうラウリオン鉱山のモルアムは言った。
「もっと大きなうねりになると思いましたが」
そうとも言った。
その意味がわかったのは、作業中のことだった。
「あのう・・・・・・」
滑車をつかい巨石をあげるために綱を引いていた。声をかけてきたのは、若い犬人だ。アトボロス王より若い。歳は十五あたりか。
「すこし待たれよ」
少年に返事をし、歩兵五番隊とともに綱を引く。巨石をひとつ積みあげ、私は少年にむきなおした。
「イーリク隊長、その、おいらは・・・・・・」
私の名を知っているのか。それにどこかで見た顔だと思えば、王の酒場か。
「ギム、そう呼ばれていたか。王の酒場で働いているな」
まるい顔でおどおどしながら、犬人の少年はうなずいた。
「夕刻まで、なにかやることはねえかと」
この少年、あの酒場で女主人のような機敏さはないが、まじめに働いていたおぼえがある。杯の酒がなくなるころに声をかけてくれたこともあった。この歳にしては気が利く子だったが、建設を手伝おうというのか。
「私ではどうしていいかわからない。いっしょに文官をさがそう」
少年を連れて文官をさがすが、そういうときに限って姿が見つけられなかった。西の現場から南へと歩いてみる。
「イーリク殿!」
頭上から声がしたと思えば、猫人の男だ。
「ジバ殿か!」
傭兵隊長の姿が、築かれた城壁の上にあった。
「あそこの集団をたのむ!」
ジバが指をさしたほうを見る。ご婦人の一団がいた。
猫人の傭兵隊長は、私にまかせたつもりなのか周囲の
傭兵の仕事がないときには、人夫をしていると聞いたことはある。だがもうすっかり溶けこみ、持ち場の責任者を思わせる風格があった。
ご婦人がたも少年とおなじ。なにか手伝うことはないかという。私は少年とご婦人の集団をつれて文官をさがした。
「おいっ、ギム。ぬけがけするとは、ふてえやろうだ!」
なじみのある声が聞こえた。王の酒場、ヘンリムだ。店主のほかにも十人ほどの男たちがいた。
やっと文官を見つけ、市民の集団を引きわたす。
あのヒュプヌーン山で、モルアムが言った言葉がわかった。市民だ。
おもに力仕事をする人夫が城壁の建設をしていた。そこにレヴェノア軍の兵士すべてが加わった。それを見ていた市民たちが、みずからも手伝うと申しでてきたのだ。
その数は、日に日に増えた。
夏がくるころには、すっかり流れができていた。涼しい朝と夕方、市民たちは城壁造りを手伝う。
そこには、老いも若きも、男も女も、犬人も猿人も、さえぎる
「ちょっとあんた、軍の人かい?」
あるとき、年配のご婦人に声をかけられた。私がだれかとは、気づいてないようだ。夏の暑さで顔は汗にまみれ、土ぼこりで汚れている。
「壁の上に王様の城を建てるっていうじゃないか」
北の城壁はでき、今日から城の建設が始まっていた。
「あぶないだろう、城ってのは、まんなかにあるもんさね」
「ご婦人、兵士さんに文句言っちゃなんねえ。王様が決めたと聞いた」
ちがう男が話に割って入った。
「いや、それでもよ、北の先端はねえぜ」
またちがう男だ。気づけば市民があつまっている。
「まんなかにねえと、おれら、どうやってお守りするんだ」
「だから、陛下ご自身が決めたんだとよ」
「まあ、重臣ってのは、止めないのかね!」
これにはまいった。名乗るとさらに怒られそうなので、その重臣であるイーリクの名はださず、上に言っておきますと伝え、その場を逃げる。
逃げて歩いていると、滑車の綱を引いているドーリクが見えた。わが幼なじみは、夏の暑いなかで作業するからか、上半身は裸だった。
盛りあがった筋肉の巨漢が綱を引いているのだから、かなり目立つ。
「ドーリク殿、こちらはもう四個目ですぞ!」
すこし離れた場所で石を積みあげている集団から、ひとりの男がさけんだ。その男も大きい図体だが、ドーリクより太めだ。
「マニレウス、負けんぞ!」
なんと、よく見れば歩兵二番隊の隊長、マニレウスだ。
「オフス、もっと腰を入れて引け!」
「引いてるよ、ドーリクこそ!」
ドーリクのまえで綱を引く少年はオフスか!
あのオフスも、もう今年で九歳。大きくなったものだ。
アッシリア西のはて、グールに襲われ全滅したギオナ村の生き残り。あのとき兄のオフスは六歳、妹のオネは三歳だった。
大きくはなったが、最初に会ったのが六歳なので、つい子供あつかいしてしまう。
思えば、アトボロス王は十五歳で王となった。あのころからいる市民にとって、王は少年の印象が強いのではないだろうか。
そんなことを考えていたときだった。
「崩れたぞ!」
遠くでさけび声がした。
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