第178話 城塞都市
「馬房が遠い、ですか・・・・・・」
ペルメドス文官長は、そうつぶやき卓上の街なみを見つめた。
まさか、そこに難をつけられるとは思わないだろう。文官長は考えこんでいるようで、次の言葉がなかった。
「ぼくは、どうしても城が必要だとは思わないけど」
「王よ・・・・・・」
ボンフェラート宰相が反論しようとしたが、王はうなずいた。
「城は人々に安心をあたえると古い本で書かれていた。ぼくは反対ではない。見はり台としてもよいと思うし」
うしろから、うめくような声が聞こえた。フラムの父である商人、ヨラムだ。
「見はり台。城が、見はり台」
ご高齢であるヨラムは、言葉の意味を理解しようとしているのか、王の言葉を繰りかえした。
「街のはずれに建てることはできないのだろうか。そうすれば、よこに馬房を作れる」
王は問いかけたが、みなは答えなかった。なんと言うべきか、わからない。
「発言してもいいか?」
立ちあがったのは、ボレアの港町で総督をしているケルバハンだ。王がうなずく。
「おれは、船乗りなので、いろんな国を見てきた。城がはしっこにある国は、見たことがないと思う」
ケルバハンにつづき、王都の守備をまかされているハドス隊長も口をひらいた。
「防壁のすぐわきに王の城。防御するには、かなりややこしいかと」
「ハドス隊長、ぼくは城を守る必要はないと思う。攻撃を受ければ避難すればいい」
なるほど。王との食いちがいがわかった。アトボロス王にとって城は大きな建物、意味はそれだけだ。
「王よ」
「はい、宰相」
「どの国も、城はなぜか、高い建物になるのう」
「権威をしめすため?」
「それもあるがの。基本は、王を守るためじゃ」
そう、それだ。宰相の言葉は的確だと思ったが、われらが王は首をふった。
「それは、おかしい。市民を守るのが王だ。守られる側ではない」
卓をかこむ重臣一同が、おなじように噛み殺したうなり声を漏らす。
私は、大きく長い食卓の、ひとりだけ上座に座る男をながめた。出会ったころは少年だった。それが、おとなの顔つきに変わりつつある。だが根っこにあるものは、なにひとつ変わらない。
人としてまっすぐに育った少年は、王になっても、まっすぐに育っている。貴重な存在だ。どう守ればいいのだろうか。
ボンフェラート宰相が、まんなかにある木彫りの城を持ちあげた。それを街のはずれ、防壁の近くに移動させる。
「王よ、言うとるとこは、こういうことぞ?」
円状に街をかこむ防壁のすぐそばに王の城。なんとも、いびつな街に見える。
しかし馬房を街の中央というのも無理な話だ。なにか手はないだろうか。
考えていると、ひとつ策を思いついた。思いついたが言えない。私も、城は中央がよいと思う。アトボロス王は守るべき旗であり、守られるべき存在だ。
「イーリクよ」
考えに沈んでいたところ、宰相に声をかけられた。はっとして顔をあげる。
「なにか、考えがあるかの?」
思わず目を見ひらいた。あの建国の食卓でもボンフェラート宰相に言われたことがある。あのときは、あらたな国を作れば解決すると思いついたが、恐れ多くて口にだせなかった。
「ボンじい、まえもそれを言ってたな。よくわかるもんだ」
「イーリクは、わしの若いころと似とるでな」
大賢人であるボンフェラート宰相とは、似ても似つかないと思われるが、心は見ぬかれていた。
だが、言いたくはない。なにか別の案はないか。
「イーリク、考えを聞かせて欲しい」
アトボロス王に見つめられた。こうなると困る。嘘をつかない者に見つめられながら、嘘をつくのはむずかしい。
いや、そもそも、実直に接してくる者には、実直に返したい。そう考えていた子供のころを思いだした。
昔から頭がよいと周囲に褒められてきた。そうすると私に近よってくる者も、自分で頭がよいと思っている者が多かった。おうおうにして、そのような者は
人の
そして
だれかが、私の案は却下してくれるに思う。席を立ち、卓の上に手を伸ばした。
木彫りの街なみは、建物の形をした家々を木の板に置いているだけだ。防壁もおなじで、円になっているが、いくつかの部品をならべて作っている。その防壁の一部を取りのぞいた。そこに木彫りの城を入れる。
「なんじゃと」
「なるほどな」
ボンフェラート宰相はあぜんとし、ラティオ軍師は面白そうに、あごに手をやった。
そうだ、このふたりは小賢しいという者ではない。真に
「防壁の一部として、城をつかうか。なら、城があるのは東じゃねえだろう」
軍師は手を伸ばし、卓の上にある城を動かし始めた。しまった。軍師ラティオは私の案に乗るのか。
おそらく軍師がひらめいたことは、私も考えたことだ。考えたが、あまりに極端なので言わなかったこと。
私が城を入れたのは、東側の防壁だった。ラティオ軍師がそれを北側に移動させる。
「アッシリア国に対し、王の城が、いちばん先頭に立つのか!」
グラヌス総隊長が、おどろきの声をあげた。そう、この王都レヴェノアより南は自国領となっている。つまり、北に城を建てるということは、アッシリア国に対して王の城が立ちふさがるという格好だ。
「いいね、とってもいいと思うよ!」
王が笑顔で言った。やはり、この案を王は好まれるか。だから言いたくはなかった。
ボンフェラート宰相が、まじまじと木彫りの城を見つめる。
「
多くの国を見てきたボンフェラート宰相が言うのだから、めずらしいのだろう。
「あまりに危険すぎでは、ありませんか。敵に対し、王の城が前面など」
ペルメドス文官長が言ったが、ラティオ軍師が笑みを浮かべた。
「そうでもねえぜ、こうなると守るほうは簡単だ。敵は北から城にむかっての攻撃しか、選択する手はねえからな」
そうか。やはりラティオ軍師は目のつけどころがちがう。城が中央にあれば、敵が攻めてくる方角は、四方八方すべてだ。それがすでに城が北にでている。敵は北からしかこない。
「敵に対し、王城の門戸は守れると?」
「さすがに、そこまではしねえ」
ラティオは、いちど城をどかし防壁をならべる。その上に城を乗せた。
「まず高い石垣、その上に王城となる。外側にむけて扉もいらねえ」
私が考えたのもおなじだ。街のはしに城を造るぐらいなら、防壁の上に城を建てればいい。
「それに、こうなると、城だけでなく兵舎も」
ラティオ軍師は街なみから適当な建物をひとつ取り、城のよこにある防壁に乗せた。
「王が壁の上に住むっていうんだ。兵もおなじでいいぜ」
そして軍師は次に、馬の木彫りを城壁のすぐ内側に置いた。
「土台となる防壁、いやもう城壁か。それはところどころ、内側からくりぬいて部屋にもなる。そこに馬房も作れるはずだ」
それはかなり便利だろう。兵たちは自身の部屋からおりてくれば、すぐに馬房であったり、武具や防具を置く倉庫があることになる。
「城、そして軍のための施設が、すべて城壁と一体になるわけですか。多くの土地があき、また自由に街なみが造れますな」
国造りの名人と言えそうなペルメドス文官長が、うなるように言った。
しまった。私の言いだした案が、ふくらみつづけている。
「王よ」
「はい、イーリク隊長」
「それでも、私は、この案には反対です」
王が真剣な顔で、私を見つめた。
「ぼくは、最良の案に思える。でもイーリクがそう言うなら、もっと考えて、もっと話しあってみよう。いったん城は保留にし、防壁をさきに」
思わず目を見ひらいた。
「そのような手間をかけずとも、最後は王の
「いや、イーリクとは、対等でいたい。臣下ではなく仲間として」
対等。それでわかった。アトボロス王は以前、もっとていねいに重臣たちと接していた。そうしなくなったのは、対等でありたいというあらわれなのか。たしかに、王がていねいな物言いをされると、こちらはもっと、かしこまってしまう。
王とは、絶対的な権力だ。人と対等になることなどない。だが、そう願う王の心を私は無駄だと思いたくない。
そして、これは負けだ。アトボロス王を言い負かす理屈、それは思いつきそうにない。
「私を説得しようとなされるのは、無駄な手間です」
「説得しようとは思ってない」
「いえ、いま、説得されました」
思わず笑えた。折れない鉄の弓をもつ王は
私は卓に座る重臣の面々を見まわした。
「これが、最良の案に思います。どうでしょうか」
みな、すこし考えたが、静かにうなずいた。
「しかしのう・・・・・・」
ボンフェラート宰相がつぶやいた。
「職人に作らしたのが、まるで無駄になったわい」
木彫りの街なみが無駄になった。たしかにそれは気の毒に思える。ラティオ軍師がにやっと笑った。
「ボンじい、ペルメじい、忘れてるぜ」
「なにをじゃ?」
「アトが入ると、あれこれ考えても、いっしゅんで変わる」
これには、みなが笑った。
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