第177話 重臣と四人の参加者

「王の宿屋」と呼ばれる家に帰る。

 

 夕食のまえに重臣会議があるとのこと。三階にあがり、応接室に入った。いつもの大きく長い食卓には、ボンフェラート宰相をはじめとする重臣らの姿があった。


 意外に思えたのが、壁ぎわにならべた椅子いすだ。


「船長、テレネさん、それにノドムさんまで!」


 王が声をあげた。ボレアの港町で総督をつとめる熊人のケルバハン、それに「林檎ミーロの乙女」と呼ばれる巡兵隊の隊長、もうひとりの犬人の男は知らなかった。


「ノドムさんは、いまラウリオン鉱山の守兵長をしている」


 私が小首をかしげたのを気づかれたか、王が説明してくれた。なるほど、ラウリオン鉱山も人が増えて大変だと聞いたことがある。民兵を組織させたか。


「どうも、大きな話になりそうだぜ」


 ふりむいて声をあげた猿人は、さきに席へついていたラティオ軍師だ。グラヌス総隊長にヒューデール軍参謀もいる。


「おお、なにごとか!」


 うしろから大きな声がした。入ってきた巨漢の犬人はドーリク。そしてもうひとりの犬人は、もとはペレイアの町長で、いまは王都守備隊長のハドス殿だ。


「ゴオ近衛隊長は、やはり出席されぬか」


 ボンフェラート宰相がハドスに聞いた。ハドスは近衛隊の副長もしている。


「一応、声はかけましたが、近衛兵には関係ないと」

「まったく、前任者とおなじことを言うわい」


 宰相が顔をしかめた。まえの近衛隊長であったザクト殿も、会議には出席しなかった。


 思えば、五英傑のゴオが重臣会議にはでない。ウブラ執政官の一族ルハンドが隊長でもない。おかしな国になったものだ。


「まあ、かけられよ。すぐに文官長もくる」


 宰相に言われ思いだした。そもそも、領主だったのに文官長をするという変わり者がいた。そのペルメドスが、もうひとつの扉から入ってきた。だれなのか、うしろにひとり犬人を連れている。


「陛下!」


 文官長のうしろから入ってきた高齢の犬人が、王のまえにひざをつき、王の手をうやうやしく取った。そして自身の頭に押しいただく。


「息子へのご温情、もはやなんと申せばよいか」

「ヨラムさん、立ってください」


 王の呼んだ名でわかった。フラムの父か。そして、王が馬を贈ったことが、さっそく伝わったにちがいない。


「私事で失礼いたしました。今日という重大な会議に」


 そう言ってヨラムは壁ぎわの席についた。息子であるフラムへの温情とはなんのことか聞きたそうな顔をみなが浮かべたが、とりあえず私も席に着いた。


「ペルメドス文官長、なぜヨラム殿が?」

「いま、文官としてきていただいております。今日の議題も決まれば、ヨラム殿に多くを補佐していただく予定です」


 私の問いに文官長が答えた。フラムの父であるヨラム殿は、かなり優秀な商人だと聞く。その手を全面的に借りるのか。ラティオ軍師の言うとおり、これは、かなり大きなことになりそうだ。


「四人に同席してもらったのは、各方面のことが議題になった場合に備えてじゃ」


 ボンフェラート宰相が説明を加えた。


「ボンじい、もったいぶらねえで、なんの話をするのか教えてくれよ」


 しびれを切らしたようにラティオ軍師が口をひらく。


 宰相は、ひとつ大きく息をつき、座る面々を見わたした。


「レヴェノア城の建設じゃ」


 そういうことか。それがいかに大がかりなことか、だれでも理解できる。みな、おどろいた顔をしたり、なるほどと、大きくうなずいていたりした。


 ラティオ軍師が身を乗りだした。


「ボンじいと、ペルメじい、ふたりのことだ。問題はないだろうが聞くぜ。可能なのか?」


 宰相がうなずいた。


「ぎりぎり、じゃな。その経緯を、ケルバハン総督」


 呼ばれた熊人が立ちあがった。


「ラウリオン鉱山から、ボレアの港へ水路から石を運んでいる。その石で、あらたな岸壁はできた。いま港の拡張をしている。それが終われば、この王都へ石材の搬入ができるだろう」


 おどろいた。新兵の対応で手いっぱいの日々を送っていたが、ほかも大きく動いていたのか。


「ボンじい、この街にいねえと思ったら、こそこそやってやがったか」

「こそこそはしておらん」

「城を造るとなると、かなり石の量が必要になるぜ」


 ラティオ軍師の問いに、ボンフェラート宰相は屈強そうな石工の犬人を呼んだ。


「ノドムよ」

「はい。ラウリオン山脈の東峰に、あらたな採石場を作りました。モルアムの試算では、城を造るに充分な量があるとのことです」


 モルアムか。敵国との内通で王都レヴェノアを追放された者。


「それは信用できるのですか?」


 でしゃばるつもりはないが、思わず宰相に聞いた。


「イーリクよ、会ってみればすぐにわかるぞ。おぬしと似たような男じゃ」


 私と。そう言われても、よくわからなかった。


「なあ、イーリク。じじいふたりが城を造る気で満々だ。難点とするなら、どこだと思う?」


 ふいに軍師ラティオから問われた。最近こうして軍師から聞かれることが多い。


 考えた。建材である石は確保できそうに思える。


「すると、人材ですか?」

「おしい。仕事があれば人はあつまってくる。まあ、いまですら街に人が増えすぎて、仕事にあぶれた者が見え始めているがな」


 それもそうだ。ふと、この場に呼ばれた四人を見た。港町の総督がケルバハン、鉱山の守兵長がノドム、そして林檎ミーロの乙女。


「食料ですか」


 軍師はうなずいた。


「そう、城の建設となると、多くの人夫にんぷが必要だ。他国からも仕事を求めて人がくるだろう。いまよりさらに人は増える。だが、昨年の秋にグールの騒動があった。レヴェノア全体で、それほど食料の余裕はないはずだが?」


 なるほど、さすがラティオ軍師だ。


 食料は「なくなれば買えばいい」というものでもない。南方の国と貿易はしているが国全体をまかなえるものでもない。


 やはり、このかたは軍師どころか、宰相でもこなせるのではないか、いつもそう思う。


「どうなんだ、ボンじい」

「そうじゃな」


 ボンフェラート宰相が「林檎ミーロの乙女」を見た。そのテレネが立ちあがる。


「あまり、この場で言うのは気が引けますが」


 そう言ってテレネは王を見た。


「農家は、役人などには申告しない備蓄があります。なにかあったときのために」

「あのグールとの戦いか?」

「ラティオ様、あれはまれでございましょう。嵐や干ばつなどです」

「なるほど、つづけてくれ」


 テレネはうなずき、話をつづけた。


「通常ならば、隠しとおすところですが、王の城を造るとなれば差しだす農家は多いはず。国がきちんと買いとってくれるのが大前提ですが」


 私もみなも、大きくうなずく。うなずいていない王がつぶやいた。


「みんな城が好きなのか・・・・・・」


 そうではなく、アトボロス王の城ならばということだ。この国の者ならわかりそうなことだが、本人だけがわかっていない。


 卓の席にいる重臣たちは鈍感な王に慣れているのだが、壁ぎわの席に座る四人は目をまるくしていた。


「となると、あとは敵国の情勢だろうな」


 ラティオ軍師の言葉に、みなの目が一点にあつまった。アトボロス王の対面に座る鳥人の女性、ヒューデール軍参謀だ。敵の情勢であれば、諜知隊の隊長がもっともくわしい。


「可能だ。アッシリアもウブラも、ひどい混乱の最中にある」

「それほど、ひどいですか?」


 軍参謀にたずねた。もとコリンディアの歩兵副長だった身としては、グールであっても即対応はできるように思う。


「そこの秀才、おのれの基準で考えないように」


 冷ややかな目で言われ、思わず身を引いた。軍参謀が言葉をつづける。


「各地にいるのは、王都の派遣兵。対応もできないし、いかに仕事をしてなかったかが、王都も知ることになった。さらには、すでに死んでいる者をごまかし俸給を受けていたりと」


 軍参謀の説明で思いだした。このレヴェノアにいた派遣兵も、ひどいていたらくだったことを。


 ここまで、城の建造に憂慮すべき点は見つからない。むしろ好機だとも思えてくる。みなおなじらしく、見つめるさきが軍参謀から王へとうつった。


 みなの視線を受け、アトボロス王はうなずいた。


「城を造ろう」

「では、新生レヴェノア王国の見本がございますので」


 ペルメドス文官長が口をひらいた。


 見本とはなんだろうか。文官長だけでなくボンフェラート宰相も退出し、しばらく待っているとわかった。ふたりがみずから持ってきたのは、大きな木の板に置かれた街なみの模造品だ。


「木彫りの職人に作らせてみました」


 文官長がほこらしげに言う。木彫りで作られた街なみだった。大きな街の中央に高くそびえる城。街の周囲には円になった高い防壁がある。


「これは立派な城だな」


 グラヌス総隊長が感嘆の声をあげた。壁ぎわに座っていたケルバハンら四人も、立ちあがり木でできた街なみに見惚れている。


 しかし、王の表情だけがちがった。


 アトボロス王は、くちびるが白くなるほど強くとじていた。これはなにか言いたいことがあるときだ。このくせをドーリクから教わったことがある。


「王よ、なにか問題が?」


 私がかけた言葉で、みなが王に注目した。


 ひょっとすると、城など要らない、そう言うのだろうかと思ったが、王の口からでた言葉は意外だった。


「これだと、馬房までが遠い」


 みなが卓上の街なみを見なおす。木で彫った馬が街のはずれにいた。その近くの建物が馬房だろう。


 みなが目をあわせた。それは敵がきたら、王みずからが飛びだすぞという意味である。


 そうだった。五英傑やウブラ執政官の一族など、変わり者が多い国だが、その頂点である王そのものが変わり者だった。

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