第164話 あらたな採石場
「若いのう、決断が早いわい」
ボンフェラート宰相は、去っていく猿人のルハンド、それにつきそう犬人のサルタリスを見ながらつぶやいた。
「当てつけを言うな」
熊人のケルバハンが面白くなさそうに言った。
「ならば、決断すればよかろうに」
宰相はこともなげに言うが、そう簡単でもないだろう。ケルバハンに求めているのは「総督」だ。
「おれは根っからの船乗り。街を造るようなことは無理だ。じっさい、どこから手をつける? ここまで広がった街を」
ケルバハンの言葉に、宰相も顔をしかめ腕をくんだ。たしかに、むずかしいところだ。ひしめきあう小屋は、住居や店、または倉庫などが乱立している。
港を広げればいいのだが、それは大ごとになる。岸壁が必要だ。このあたりに切り崩せる山はない。内陸の奥から石を運ぶとすれば、そうとうな数の
川べりというのが、やっかいだ。山すその農家だったテレネの家は石造りだった。山が近ければ石などすぐに切りだせる。
「いや、そうか、川べりか!」
思わずあげた声に、ボンフェラート宰相とケルバハン船長、それにノドムまでおどろいた顔をした。
「なんじゃ、モルアム」
「宰相、街を造り替えようとするから、やっかいなのです。この港のよこに、そっくりもうひとつ、荷役用の港を造ってしまえばいい」
宰相は首をふった。
「この港を建造するとき、どれほど手間がかかったと思う。問題は」
「岸壁」
おれは宰相の言葉をさえぎり、さきに言った。
「そうじゃ。山を切り崩し、巨石を運ぶ。麦袋を荷車に載せるとはわけがちがう」
「宰相、ラウリオン鉱山です」
「モルアム、ここから最南端のラウリオンまで、どれほどの距離が・・・・・・」
宰相の言葉をケルバハン船長が手をあげて止めた。
「もしや水路か」
「そのとおり。南の山脈で、東の峰は良質の石が取れます。運河にも近い」
石工だったノドムが、卓の上に顔を寄せた。
「東の峰は、ラウリオンの村から遠いので、さほど使われてないはず」
「そう。もはや村を経由しなくていい。そのまま運河までの道を造れば」
ケルバハン船長が目を見ひらいた。
「あらたな採石場を造るというのか。話がより大きくなってはないか?」
おれは荷物から紙の
「採れる石の目算だ。おれは運ぶのは無理だと思った。だが、山を東におりて運河へ直行するなら話はちがってくる。ラウリオン鉱山から運ぶより、ここからのほうが近い」
ケルバハンが首をひねった。
「ここから近い? 意味がわからぬぞ」
「王都じゃ」
ひとこと発した宰相は、椅子の背もたれに寄りかかり腕をくんで考えている。
「宰相、ここでなぜレヴェノアの街がでてくる」
「こやつめ、追放されてなお、王都のことを考えておったか」
「話が見えぬぞ。一介の船乗りにでもわかるように話されよ」
宰相はじろりと、おれをにらんだ。
「レヴェノア城の築城、じゃな?」
「城か!」
宰相の言葉にケルバハン船長はおどろいたが、文官なら、だれもが思うはず。われらの国は城を造らないのかと。
「宰相、おれの予測では、城だけでなく王都をかこむ防壁もまかなえるかと」
老猿人は、その深いしわをさらに深くするように眉をひそめ、ゆっくりと紙の束を手に取った。そして目を走らせる。
「国をあげての
数字を指でなぞりながら、宰相は言った。
「国庫を
「可能じゃ。ぎりぎりな」
言い終わるまえに宰相が答えた。
「よく調べておるの、いまいましいことに」
数字に目を走らせる宰相は、怒っているかのように
「これは、おもしろい」
なにかと思えば、ケルバハン船長が紙をなぞる老猿人を見ていた。
「レヴェノアの宰相が、決断をせまられるという光景を初めて見る」
「まったくじゃ。そして、さすがに即断はできん」
「人のことは言えぬな、宰相」
ケルバハン船長が笑った。
ふいに、表のほうがさわがしくなった。人々がならんでいるようにも見える。
店の者に代金を払い、食堂から通りにでた。
人々はならんでいるのではない。道をあけていた。むこうに馬の列が見える。幌馬車もあるようだった。
その列の先頭、旗を持った者がいる。ならばこれはレヴェノア軍か!
「どこのあほうぞ、この混雑する港に馬で乗り入れるとは」
宰相はそう言うと、道のまんなかに歩みでた。おれはノドム、ケルバハン船長と目をあわせた。宰相ひとりというのも心配である。三人も宰相のあとを追って通りにでた。
四人で道をふさぐようなかっこうになる。列の先頭は三列でならんでいた。ボンフェラート宰相のまえで止まる。
「隊長はどこにおる!」
宰相が大声をあげた。
「ボンフェラートだと?」
低い声だった。列のなかから一騎がすすみでる。じっさいに会ったことはないが、だれだがすぐわかった。
黒い服に身を固め、圧倒するような威圧感。歳は四十か五十だろうが、おとろえることなどなさそうな屈強な猿人。
「ご、五英傑のゴオ族長」
よこにいたノドムのつぶやきに、ゴオ族長がこちらを見た。いや、いまは近衛隊長か。
「こんなところで、なにをしている、ボンフェラート宰相」
「それはこちらが聞きたい、ゴオ近衛隊長」
「おう、ボンフェラート!」
大柄な猿人が馬をすすめてきた。気安いかけ声だったので、ヒックイト族の同僚か。ひたいに、ずるむけたような傷がある。
「イブラオ、おぬしもか!」
これがイブラオか。アグン山の特使として名前だけは聞いたことがある。
「アグン山にグールがでた。これからいそぎ帰るが、ボンフェラートはどうする?」
イブラオが言った。なるほど、それで族長だったゴオがいるのか。
「待て、ゴオ近衛隊長と、近衛兵のおぬしがいっしょか」
宰相の言葉からするに、イブラオはいま近衛兵にいるのか。
「いやな予感しかせぬぞ」
宰相はそう言うが、ゴオとイブラオ、ふたりはヒックイト族だ。なにもいやな予感はしないが、ボンフェラート宰相は隊のうしろを見た。幌馬車から人がおりてくる。馬に乗っている者と合わせ、かなりの数になるのではないか。百人はいそうに思う。
「おれは止めたぞ」
ぼそりと、ゴオ近衛隊長が言った。止めたとはなんだ。そう思った瞬間、道のへりにならぶ人々がひざをついた。
理由がわかった。幌馬車からおりてきた兵士のなか、まっしろな羽織りをつけた背の低い男がいる。会いたかった男だ。このレヴェノアという荒野にさいた
わが国の君主、アトボロス王だ。
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