小話5-前編 ヘンリム 早朝の王の酒場 

 牛の臓物ぞうもつを煮こみたかった。


 ただし、どうしても匂いがある。徹底的に洗えば取れるのではないか。そう思い、街のはずれにある洗い場まできている。


 街のなかで洗うと、牛の血で水路が汚れる。水路の下流であれば、文句は言われないだろう。


 早朝の水は冷たかった。それがまた、この臓物にしまりを与えるとも思う。


「いまこのとき、なにをやっているのだ?」


 声をかけられ、ふりむいた。めずらしいことに猫人の男だ。


「だれだ、おめえ」

「ジバという。それで、なにをやっているのだ?」

「見りゃわかんだろ、臓物を洗ってる」

「この人々が逃げている状況なのにか?」


 顔をあげ、まわりを見た。大量の荷物をつんだ荷車をおす姿が、そこらかしこにいた。


「へっ、行きてえやつぁ、行きゃいいじゃねえか」

「グールの大群がくる。怖くはないのか」

「あん? この国にゃアトボロス王がいるだろがい」

「その王でも、かなわぬかもしれん」

「あほうだな、おまえ」


 さっきから邪魔され、腹が立ってきた。臓物を石の洗い場にたたきつける。


「かなう、かなわないなんざ、やってみなきゃ、わかるめえ」

「それは言えるが・・・・・・」

「守ってもらいてえ者に守ってもらう。それで駄目なら本望ほんもうよ。ほかの街に行ってどうする。アッシリアなんぞ反吐へどがでらあ」


 猫人の男は腕をくんだ。なにか考えているようだ。


「守られる側とは、そういうものか。なら、守る側はどうだろう?」

「そりゃ、守りてえもんを守る。それも、それで駄目なら本望だろうな」

本望ほんもうか・・・・・・」

「まあ、逃げてえやつぁ、逃げりゃいいのさ。次の街でも、きっと逃げる。逃げつづける人生だ。ご苦労なこった」


 臓物を持ちあげ、また洗う。腸のなかが重要だ。ここが臭みのもとになる気がする。


「王の酒場を名乗るってのは大変でな・・・・・・」


 顔をあげてみると、猫人の男は街へと歩いていた。背中には大きな荷物を背負っている。


 荷物を持っているのに、街のほうへ行く。それなら、逃げだす者ではなく、今日レヴェノアに着いた旅人だろうか。運の悪い野郎だ。


 ひととおり、臓物は洗えた。竹のざるに入れ、おれは店に帰ることにした。




 店に着くと、厨房には下働きの者が三人いた。五人いたのだが、二人は昨日から姿を見せねえ。おそらく街から逃げたんだろう。


「かしら、今日も店をあけるんで?」

「あたりめえだ。王の酒場をなんだと思ってやがる」

「そりゃ、店の名はほこりですが、今日はさすがに客はこねえかと」

「なんでだ?」

「いよいよ今日です」

「そうか、今日がいくさか」


 下働きの三人が、じっとおれを見ている。


「なに、ぼさっとしてやがる」

「いえ、ですので、いくさです」

「おう、なら夜は混むぞ。朝のうちから夜の分も仕込む」


 おれの言葉に、三人ともが目を丸くしてやがる。


「かしら、ほんきですか。数多くのグールがいるって話です。うちの国が勝つとでも?」


 らちがあかねえ。大きな木のさじを持ち、三人の頭をたたいた。


「さっさと仕事しろい!」


 あほうが。うちの店の名、その重さをわかってやしねえ。


 王の酒場。この名をつけようと言いだしたのは女房だ。おれもいい案だと思った。こんなしがねえ店に、王がくることなんざ、二度とねえ。いい記念になると思った。


 三日ほど看板つけてりゃ、はずせと言いにくるだろう。ところが。


 あれからもう、二年になる。


 厨房からでて、だれもいない店内をながめた。


「あんた、今日の昼は、なにをだすつもりなんだい?」


 髪をくくりながら店に入ってきた犬人の女が言った。女房のゾラーナだ。


「こま切れの羊肉、それと米を炒める」

「ああいいね、ピラフィはしばらくしてないから」


 よそ者で、女のくせに、ひとりで旅をしている強者つわものだった。なにが気に入ったんだか、ここで働くようになった。そしてそのまま女房の座におさまった。変わった女だ。


「なにさ、あたしの顔になにかついてるかい?」

「そういや、なにがよくて、おまえがこの店で働いたのかと、ふと思ってな」


 女房は、おどろきというより、あきれたように目を見ひらいた。


「そりゃ、あんたの料理の腕さ。ほんきで作る料理ってのは、ちがうからね」


 そういうときもあった。若いころに親父が死に、この店をついだ。レヴェノアいちの店にしてやろうと、明けても暮れても料理のことばかり考えた。


「まあ、そのあと、あんたは、ゆっくり腐っていったけどね」


 三日目の魚を匂ったときのような、苦々にがにがしい顔に思わずなった。そのとおりだ。


 うまいめしをだしているのに、客はいっこうに増えなかった。だんだんと手をぬくようになり、手をぬいても細々と客はくる。それが日常になっていた。


 そんな日常が変ったのが、あのときだ。旅の者が八人、ひさしぶりの大所帯の客。女房が、旅の人をおどろかせてあげなよと言い、ほんきで作った。それがすべての始まりだ。


「ほんきにもどって、あたしは嬉しいよ」


 ゾラーナが笑顔を見せた。


「ほんきじゃねえ、死ぬ気で作ってる」


 冗談だと思ったのか、ゾラーナは「かかっ」と女のわりに豪快な笑い声をあげ、厨房に入っていった。


 これは冗談では言えねえ。王族でもねえのに「王の酒場」と名乗りつづけている。まれに王自身も、お忍びでくる。


 おれは客席の奥へと歩いた。だれが言い始めたのか「建国の食卓」と呼ばれる奥まった席。


 王が座った席に手をそえる。最初にきたときは、疲れ切っていた。おれの麦粥を食べたときの顔が忘れられねえ。


 あの顔をもう一度見るためにも、おれは手をぬかず作る。「王の酒場」と名乗るのだ。料理は完璧をめざす。


 ただ、なにか足りねえ、という気もする。そのなにかが、つかめそうで、つかめねえ。


 みょうな匂いがただよってきた。火釜の燃えすぎだ。


「あほうが」


 思わずつぶやき、厨房へ帰ることにした。火釜は煙をだしてはだめなのだ。




 昼になり、客がちらほら入ってきた。


 ほう、街の連中のなかにも、おれとおなじ考えのやつがいるか。


 いままでにない大きないくさ。浮き足立つのも無理はねえ。だが、そういうときこそ、いつもどおりだ。


 昼にだす羊肉と米の炒め物は、かんたんな料理だ。鉄鍋に木の実油をしき、羊肉を炒める。そこに生の米と、野菜の根っこで取った汁を入れ、水気がなくなるまで炒めればいいだけだ。


 この料理は下働きのやつらにまかせ、おれは臓物の下ゆでをする。


 臓物の煮込みは濃厚でうまい。濃厚な料理は若いやつらに受けがいい。王も気に入ってくれるんじゃねえかと思う。


「かしら、羊肉のピラフィから、羊肉をぬいてくれって注文がきやしたが」

「なんだと、馬鹿にしてんのか。おれが言ってきてやる」


 どの食卓の客かを聞くと、若い連中が十人ほどの集団だ。からかうつもりだろう。


 ふたつの卓に分かれて座る集団のもとにいき、声をあげた。


「羊肉ぬきって言ったのは、どいつだ」

「わしだ」


 若い集団かと思えば、ひとり年老いた犬人がいる。しかも、よく知った顔だった。


「なんでえ、親方か」


 ダリム親方だった。親方はけっこうな歳だ。それなら肉がいらんというのも、わかる気がする。


「ヘンリム、やはり店をあけたか」

「あたりめえでさ。この店の名をご存じで?」

「さて、なんだったかな」


 冗談を言ったら冗談で返された。笑いあったが、親方は顔を引きしめた。


「まあ、つぶれかけの店が息を吹き返した。この調子で恩義を忘れるなよ」

「忘れるわけねえでしょう」

「さてな、人は成功すると図に乗る生き物だからな」


 そんな考えも毛頭ねえ。客が多くなるのは嬉しいが、すべてに手をぬかずやると、とにかくいそがしいのだ。


「図に乗るひまもねえです。王の酒場を名乗るのは、大変なんですから」

「それも、よくわかる話だ」


 親方が笑った。この街は人が急激に増え、大工も目がまわるいそがしさだろう。


 いそがしそうな大工とは逆に、となりの席だ。飯を早々と食べ終えているが、帰る気配のない客がいた。ずいぶんと、ひまそうにしている。


「おい、ノドム、どうした?」


 魚を売っている若い犬人だ。もとは石工で、がっしりした体格をしている。


「今日はまったく売れなくて」


 朝市の話か。さすがに今日、買い物をしようする市民はいなかったか。


「おれんとこに、売れのこり全部持ってこい」

「いいんですか!」

「おめえの魚は、どれも活きがいいからな」

「た、たすかります!」

「夜は人が多くなるからな。どれだけあってもいい」


 人が多くなる、そう言ったおれの顔をノドムは見つめてきた。


「なんだ、でけえ図体してるわりに心配か。レヴェノアの軍は、このテサロア地方で一番強えに決まってる」


 腕をくみ胸をそらしたが、ちがう声が割って入った。


「その魚屋が心配するのは、軍じゃなくて王だろうよ」

「親方、それはもう、言わねえでいきましょうや」


 そう、そうなのだ。この国の王は戦場にでる。下のもんが止めりゃあいいのに。


 おれがため息をつくと同時に、ノドムと親方もため息を漏らした。みな、考えることはおなじらしい。


「まあ考えても仕方がねえ。おいノドム、ついでに夜にこい。うまい魚料理食わしてやる」


 ノドムはたしか独り身だ。家で料理なんてしねえだろう。そう思って言ってやったのに、ノドムは申しわけなさそうに肩をすくめた。


「それが、おれは魚が駄目で」


 なんだそりゃ。思わずダリム親方と目があった。




 太陽がてっぺんを過ぎてから三刻ほど。


 おれは店の入口を入ってすぐに作った酒棚に、葡萄酒アグルを補充した。麦酒ビラのあらたな樽も置く。


 客が増えたので、倉庫に酒を取りにいくのが手間になった。そこでこしらえたのが、酒棚だ。


 入口を入ってすぐの壁に大きな棚をつけ、そのまえに背の高い長机を置いた。ちょっと一杯だけ飲みたいやつは、ここで立ったまま飲める。


 これを教えてくれたのは、実は猿人のボンフェラート宰相だ。ほかの国では立って飲む店があると。半信半疑だったが、作ってみると客に好評だった。


 酒棚と長机のあいだに入り、だれもいない店をながめる。


 料理の仕込みはすんだ。酒も補充した。あとは兵士の帰りを待つだけだ。


 店の窓から見える通りに、人の姿はねえ。街が、ひっそり静まりかえってやがる。


「一杯もらえるか!」


 扉が吹き飛んだ! そう思うほどのいきおいで入口の扉があいた。おれはおどろきすぎて、あやうく小便をちびるところだった。


「へ、へい、どうぞ」

「いや、汚れている。外でいいか?」

「か、かしこまりました」


 大きな陶器の杯に、樽からなみなみと麦酒をついだ。こぼさないようにそっと持っていくと、兵士は店のまえで待っていた。


「すまぬな、勝利の美酒だ。家に帰って身ぎれいにすればよいのだが、待ちきれなくてな!」


 勝利の美酒と言った。やはり勝ったか!


 兵士にわたすと、すぐに口をつけ、水のように麦酒を飲んでいく。


 たしかに兵士の全身は汚れていた。足下は泥にまみれ、甲冑には敵のものか味方のものか、わからないほどの血糊ちのりがついて固まっている。


 息つぎもせず、兵士は麦酒を飲み干した。そして深く息を吐く。どこを見ているかわからない目で、宙をじっと見つめた。


「か、勝ったんでございますよね?」


 兵士はうなずき、杯をおれに返した。


「汚れた身を洗ってから、飯を食いにくる」

「へ、へい。お待ちしておりやす」

「しかし、最初の一杯が無料とは、やはり最高だな」

「それはその、たかが一杯ですので」


 いわゆる「兵士の一杯」だが、こちらのほうが感謝したいくらいだ。無料の一杯を飲んだ兵士は、ほぼ全員がその店で食事もして帰る。


「いや、兵士でない客からは文句もでよう。だが、われら兵士としては嬉しい限りだ。言ってはなんだが、賭けるのは、ふたつとない命だ。たかが一杯であろうとも、市民からの感謝は心にしみる」


 兵士は頭上にある木の看板を見た。


「この店がやり始めたと聞く。さすが『王の酒場』だな」


 気まずくなり、ただただ頭を下げた。言いだしたのは、この店をよく利用するドーリク隊長だったからだ。


 麦酒を景気よく飲んで帰ったが、兵士になぜか重苦しさを感じた。その理由は、からになった麦酒の杯を持ち厨房に持ち帰ったところでわかった。


「は、半数だと!」

「へい、かしら。もう街のなかは、その話題で持ちきりでさ」

「たしか、今回はもっとも多く、八千を超える兵士がいくさにいったと思うが」

「そうです。死んだ兵士の数は四千を超えるとかで」


 さきほどの男の言葉を思いだした。「ふたつとない命」それが四千も消えたのか。


 臓物の煮込みを掻きまわそうと混ぜ棒を持ったところだったが、思わず忘れ天井を見上げた。


「二杯無料にしても、いいぐれえだ」

「かしら、そりゃ違反になっちまう」


 まともなことを言い返され、混ぜ棒で頭をたたいた。


 通りがさわがしくなってきた。兵士たちが続々と帰ってきたのだろう。そのなか、たまに歓喜の声があがり、たまに泣きさけぶ声が聞こえた。おそらく兵士の家族だろう。帰ってきた家族と、二度と、もどらぬ家族。


「おい、今日は、いつにもまして気合い入れてけ。うまい飯を食わすぞ」


 下働きの三人は、まじめな顔でうなずいた。




 夕刻、客でごった返す店を見まわした。


 いそがしいときほど、なにかを見落とすこともある。すこし手のすいたときは、店の客をながめるようにしていた。


 いくさの終わった兵士の食べ方は、だれもがおなじだ。肉や魚に食らいつき、浴びるように酒を飲む。


 生き残ったというよろこびか、それとも殺し合うという本能がまだ燃えているのか、さわがしさはすさまじい。


 ほうぼうから壊れそうなほど杯をぶつけ乾杯する音、大きすぎる笑い声、なにか歌を歌いだす者、王の酒場は狂乱に近い酒盛りの場となっていた。


「見たか、われらが王の強さを!」


 ひとりの猿人が立ちあがり、杯を持ったまま大声をあげた。男のくせに毛を長くしている。やさ男に見えるが、意外にも兵士なのか。


「敵の頭は、なんと『蜥蜴鳥サラマンドラ』だ。それをひとりで射ぬいた!」

「ひとりじゃねえ、運んだのは軍参謀プロソピコだ!」


 やじる声が入った。それにつづき、ちがう声が入った。


「第三の矢、飛謀ひぼうゆう!」


 まわりから拍手が起きる。やさ男がそれを見て頭をかいた。


「じゃあ、まあふたりだ。それが天空を駆け、たった一発!」


 今度は「おお」と感嘆の声があがる。


「こんな王はめったにいねえ。テサロアいちの弓、アトボロス王に乾杯しようぞ!」


 場内のすべての兵士が杯をかかげた。


「われらが王に!」

「われらが王に!」


 兵士たちが麦酒ビラを飲み干していく。こりゃ、あらたにもう一樽ひとたるださねえとな。


「おい、てめえ! なんで乾杯しやがらねえ」


 立って弁舌をふるっていた兵士が、近くに座る男をなじった。四人の卓に、たったひとりで座っている。ほとんどの者が数人で連れ立ってくるなか、ひとりだけの卓というのも浮いていた。


「乾杯する気になれぬ」

「なんだと!」


 ちがう卓の兵士が立ちあがった。


「あまり見ねえ顔だ。新参者か?」


 言われた男が立ちあがる。腕も太く胸板も厚い。りっぱな戦士に見えた。


「すまぬ、悪気はない。楽しんでくれ」


 帰ろうとした戦士を、やさ男が肩をつかんだ。


「待てよ、おまえ、うたげに水さして帰ろうってのか」


 これは止めるべきか。ひきょうな手だが、この酒場に出入り禁止だとおどせば、もめごとはだいたい収まる。


「おまえの名はなんていう?」

「サルタリス」


 やさ男が聞き、大きい戦士が答えた。なぜか、おれはその名が、みょうにおぼえがある。


「そうか、おまえ、近衛隊に落ちたやつだな」


 やさ男が言った。それでか。おれも見物していた。ザクト近衛隊長が多くの者と剣を合わせていたが、この戦士が名乗ると、剣も交えずにさがらせた。


「おれはルハンドっていう。なんでえ、落ちたのを根に持ってんのか」


 サルタリスと名乗った戦士はぎろりと、やさ男をにらんだ。


「そうではない」

「じゃあなんだ」


 サルタリスは太い腕に巻かれた白い布を持ちあげた。


「これは、アトボロス王みずからに巻いていただいたものだ」


 みなの目が白い布にあつまった。深手だろう、布は大きく血がにじんでいる。


「そのとき、王が言ったのだ。無能な王で申しわけないと」

「なんだって?」


 やさ男、ルハンドと名乗った猿人が目を見ひらいた。サルタリスは言葉をつづける。


「アトボロス王は強い。そしてグラヌス総隊長を始め、この国の隊長らも強い。だが、おれら兵士はどうなんだ?」


 場内の話し声が、やんでいた。


「おれは、もとコリンディアの歩兵だ。いくさで負け、コリンディアに帰ろうとしたが、次の日にやめた。この新しいレヴェノア国のほうが名を上げる機会があると思ったからだ」


 言いながらサルタリスは眉間にしわを寄せた。怒っているようだ。 


「そう、近衛兵に落ちた。腐ってもいた。だが、おれはなにか大きく、まちがえている気がしてならん」


 サルタリスは、腕に巻かれた血のにじんだ布に手を置いた。


「おれは、今日の王の言葉が忘れられんのだ」


 だれも、言葉を返さなかった。ルハンドがちょっと上を見て息を吐く。


「きついな。水をさすどころじゃねえ。冷や水ぶっかけられたぜ」


 サルタリスが場内を見まわす。


「すまぬ、そういうつもりでもなかった」

「あやまることでもねえさ、兄弟」

「兄弟?」


 ルハンドの言葉にサルタリスがいぶかしんだ。


「おう、この国は猿人と犬人の垣根かきねはないと聞いてな。主都ウブラから長旅をし、やっと参加してみりゃ、初陣でこれよ」


 サルタリスが目を丸くしている。


「おぬしのほうこそ、新参者か!」


 ルハンドは笑い、手にした杯をかかげた。


「まあ、それでも乾杯、いや、杯をかかげようや」

「なににだ?」

「おまえを近衛隊から落とした本人、死んだ近衛隊長の武勲ぶくんに」


 場内の兵士たちが、はっと息を飲んだ。そしてみなが無言で杯をかかげる。そうなのか。おれはあわてて、厨房にもどった。


「おい、ザクト近衛隊長は死んだのか」


 いそがしくしている下働きの三人がふり返った。


「へい。聞いた話では、ザクト近衛隊長とキルッフ歩兵隊長は亡くなったらしいです」


 ザクトという犬人は、よくおぼえている。王が店にきたときは、いつも離れて見守っていた。


「すげえ話ですよね。狂戦士ギルザだって」

「なんでそこで五英傑がでてきやがる」


 下働きの者が聞いたという話に耳をうたぐった。ザクトという男は五英傑のギルザで、しかもアトボロス王の父母とつながりがあった。


「また尾ひれがついた話じゃねえのか?」

「そうでもねえです。知り合いの知り合いが兵士で、カルバリス隊長に聞いたそうですから」


 もと領主の息子か。それなら話は本当のようだ。


「いやあ、うちらの国の王様って、大物ですわ」


 その言葉に、おれは手にしていた混ぜ棒で頭をたたいた。


「うわっ、汁がついてる棒でたたかないでくださいよ!」


 しまった。思わず後先考えずにたたいてしまった。店の奥にある洗い場にいき、混ぜ棒をほうりこむ。それから腕をくんで考えた。


 そうなるとザクトという男は、父と母の友であり、友の遺言どおり息子を守った。問題は五英傑かどうかじゃねえ。こっちだ。まるで親代わり。その男が戦場で死んだ。


「かしら、あばら肉の火釜焼きが大量に注文入っておりやす」

「おう、おれがやる」


 厨房にもどりながら、ふと足を止めた。


 もし、もしもだ。今日にアトボロス王が店にきたら、おれはなにをだせばいい。


 親を亡くし、親代わりを亡くした少年にだす料理か。


「だせる料理も腕も、あるわけねえよな」

「かしら、なに言ってんですか、どんどん料理ださないと」

「うるせえ!」


 まったくわかってねえ下働きに腹を立てながら、おれは厨房にもどった。



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