第152話 大群との激突

 ラティオはすぐに伝令をだした。


 三つだった歩兵が、ひとつに固まっていく。


 四千と読んでいたグールは、ふたを開けてみると一万という大群になった。


「つかんでいないグールの巣、それが多くあった。グールの大群が動きだすと、呼応するかのように、次々とでてきたそうだ」


 ヒューが説明を加えた。ラティオとまた目があう。思ったことはおなじだろう。それはおそらく、いっせいにレヴェノアを襲うように計画、または訓練されている。


 南西、南、南東、それぞれの群れがひとつになっていく。これは逃げる諜知隊がそう誘導していた。


「こっちに気づいたな」


 ラティオの言葉で、グールの群れを見た。たしかに走り方が変わったように見える。まっすぐに、こちらにくる。


 グールのまえを馬で駆ける人の集団があった。数は百人を超えているだろう。あれが諜知隊の早馬か。


 早馬の隊が左右にった。グールの群れは、それを追っていかない。やはり、グールの習性は、より人が多いほうを襲うようにできている。


 土煙があがり、地響きが聞こえだした。一万のグールがくる。


 六千の歩兵は、円陣となって守りを固めている。こちらの軍はすべて合わせても八千をすこし超えるていどだ。


「最初の一撃、それを耐えねえと終わりだ」


 ラティオが言う。円陣の外側、三列ほどが盾をかまえた。どれも大きな盾だが、一番外側に立つ兵士の盾はひときわ大きい。そのうしろには、いつでも刺せるように槍をかまえた歩兵。


 グールがせまった。蛇牛オピオタウロス牙猪エリュマントス、おぼえのあるグールがいる。それ以外にも、見たことがないグールも多くいた。距離が縮まってくる。


 ぶつかった。骨がくだける。人であればそう思えるような衝撃が見てとれた。


 かじられた林檎ミーロのように、大きな円陣の南側がへこんでいる。ここまま円陣は割れてしまうのか。そう背筋が凍ったが、かじられたような穴は塞がっていった。


「耐えた。刃盾はだてが効いたか!」


 ラティオが言うのは、いちばん外の歩兵が持つ大きな盾だ。青銅の盾に青銅の刃を溶かしてつけてある。刃は三本、縦に走るようにつけられ、グールがぶつかれば切れる。


 これはボンフェラート宰相が考えたものだ。針をつけた物なども試作し、山にいる猪などで試したが駄目だったようだ。針だと、すぐに折れたらしい。あれこれ試し、縦に刃をつけた物がもっとも効果があったという。


 欠点としては、最前列しか持てないことだ。味方がぶつかっても切れる。


 一列目の者が倒れたときは、二列目の者が自身の盾は置き、この刃盾をひろうように訓練していた。おそらく円陣の穴が塞がったように見えたのも、その動きだ。


 グールの群れが横にひろがる。円陣を包もうとするのか。こちらの陣も後退しながら横列に展開していった。


「ボンじい!」


 ラティオがボンフェラート宰相を呼ぶ。


「よし、ここじゃな」


 ボンフェラートが精霊隊へと駆けていった。横列なら、その背後から精霊による攻撃をかけるつもりだろう。ひざを痛めて長くわずらっていたが、近ごろは調子がよいようだった。


「後方、右!」


 するどいザクトの声に、近衛兵が十名ほど飛びだしていった。小さなグールの大土竜タルパだ。群れからはぐれて、こちらにきたか。


 ほかのグールは、やはり動物とおなじだった。目のまえにいる敵と戦う。グールは横列に展開した歩兵の正面から当たっていた。


 しかし数が多い。一体だけでなく、二体、三体と連続で刃盾にぶつかれば、盾を持つ者が倒れた。その穴を次の者が埋める。最前列の兵士が換わっていくのが見えた。


 じりじりと全体が下がってきた。戦場の各地、倒れた兵士にグールが群がっているのも見える。


 ふいに横列の右、キルッフの隊が下がるのをやめた。


「じじいの精霊隊だな」


 ラティオの言葉に隊の後方を見た。甲冑をつけていない軽装備の集団がいる。百の精霊使いケールヌスによる、遠目からの精霊による攻撃だ。


「ハドス!」


 待機していた別働隊、ハドス守備隊長にむかってラティオがさけんだ。


「左を大きくまわり、側面を突いてくれ!」

「承知!」

「あるていどの攻撃で離脱!」

「心得た!」


 ハドス守備隊長ひきいる別働隊が駆けていく。


 そこから一進一退の攻防がつづいた。


 グールも個体によって性格がちがうようで、やみくもに突撃してくるのがいれば、隙間なくならぶ盾のまえで吠えていたり、うろうろと逡巡しゅんじゅんするようなグールもいる。


 ふいに右側、キルッフの隊がくずれた。


大蛇獣サーペントだ!」


 思わずさけび、ラティオを見た。軍師も顔をしかめる。キルッフ隊の最前列は、五匹の巨大な蛇と戦っていた。


「伝令!」


 馬に乗った兵士は数名、うしろで待機している。ひとりが進みでた。


「精霊隊と、ハドス別働隊、それぞれに退避と伝えろ!」

「はっ!」


 伝令の馬がふたつ、それぞれ左右に駆けていく。


なわが必要だったとはな」


 ラティオは渋い顔だ。ぼくもここに大蛇獣サーペントがあらわれるとは思わなかった。


 中央のグラヌスたち歩兵一番隊も崩れる。


「アト、なにがいるかわかるか!」


 目をこらした。大蛇獣サーペントのような大きなグールは見えない。いや、でも隊のなかに入りこんで暴れている黒い影が何匹もいた。


黒大狼カトス・ルプス!」

「あいつらか!」


 ラウリオン鉱山で戦った黒い狼。あれはかなり強かった。


 ラティオは、となりの丘に合図を送った。大きな太鼓の音が三つ鳴った。これは、それぞれの隊へもどれとの意味。


 今回、歩兵は大きく三隊にしか分けていない。これは全体でならぶ横列をやめ、それぞれの隊で対処しろということだろう。


 思ったとおり、グラヌス、キルッフ、ゴオ族長、それぞれの隊が退がりながら四角い形になっていく。方陣だ。


「ラティオ殿!」


 駆けもどってくる馬に乗った兵士が大声で呼んだ。これは伝令の者ではない。ハドス守備隊長だ。


「ハドス守備隊長、隊はどうした?」

「いま、こちらへ駆けておるところ。それより、敵の右翼に双頭のグールがいた」


 ハドス守備隊長が、ぼくを見る。なにを言いたいかは、すぐにわかった。


「その双頭の左目に、傷はありましたか?」


 ペレイアの街で戦ったさい、左の目に矢を突き立てた。傷があれば、おなじやつだ。


「王よ、そこまでは見えませんでした」


 守備隊長は、ふたたびラティオを見る。


「軍師殿、いま一度、いかせてくれ。あれはわが故郷、ペレイアのかたき!」

「駄目だ。陣形をととのえる」

「しかし、あれは王の故郷をつぶしたやつでもあろう!」


 思わず、手にしていた鉄の弓を強くにぎった。この鉄の弓は麦穂の彫刻がしてあり以前と感触がちがう。その以前とちがう感触は、自身の立ち位置も、昔とちがうのだと告げているようだった。


「ハドス町長、そして守備隊長」


 新旧の呼び名でハドスに声をかけた。


「倒す好機はいずれ。いまはこらえましょう」

「しかし、王よ」

「故郷をつぶされた怒りは、ぼくもあります。でも、いまはレヴェノアが故郷です」


 はっとした守備隊長は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「すこし私は落ちつくか」


 そう言って馬をおり、馬は待機している伝令の者へわたした。


「王よ」

「はい」

「いまは近衛隊の副長でございますぞ」


 ここで冗談が言えるとは思わなかったので、不謹慎にも、すこし笑えた。でも、冷静さを取りもどしたようだ。


 別働隊と精霊隊が帰ってくる。三つの大きな歩兵隊は、それぞれに方陣を組めたようだった。


「双頭のグールか」


 ラティオがつぶやき、あごに手をやった。


「たしか上級獣ダーズグールだったよな?」

「そうだよ」

「まさか最上級獣アモングールは、いねえよな」


 フーリアの森で遭遇した九頭蛇ヒュードラのようなやつがいたら、こちらが圧倒的な不利になる。いないと思いたい。


「しかし、あのふたり、遅いぜ」


 わが国がほこる智才が、だれを待っているのかは、あきらかだ。ネトベルフとボルアロフ。これも、わが軍がほこる精鋭、騎馬隊の千騎だ。

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