第151話 サナトス荒原の開戦
いつも調練を見わたしていた小高い丘の上に立つ。
このサナトス荒原の景色は変わらないが、わが軍の陣容は大きく変わっていた。
軍のなかで圧倒的に数が多いのが歩兵となる。それを軍師のラティオは、大きく三つに分けた。
となりに立つラティオを見る。兵の全体をながめるように遠い目をしながら、あごに手をやっていた。まだ考えているのだろうか。
「きっと、うまくいくと思うよ、ラティオ」
「これしかねえ、と思ってはいるが、不安もある」
これはラティオが悩み、考えたすえの陣形だ。
軍師の考えたことは「混戦になる」というものだった。相手はグールだ。ひたすら
なるべく単純に、大きな三つの固まりで対応するというのが軍師のねらいだ。
まんなかに歩兵一番隊。その隊長はグラヌスで、副長にイーリク、ドーリク。
中央が、敵の攻勢がもっともかかる。そこをたくしたのは、やはりこの三人だった。もともとコリンディアの歩兵隊で慣れている形でもあり、レヴェノアの街で都の派遣兵をやっつけた「百人斬り」のならびだ。
思えば初陣も、この三人だった。今回も初めてグールとの
右側の二番隊には、キルッフを隊長にすえた。
やはりラティオは、キルッフに期待が大きい。もと王都の派遣兵で副長をしていた若き犬人だが、隊を指揮させると群をぬいた守勢の強さを見せる。
そこに、もとコリンディアで十番隊の隊長だったマニレウスと、おなじくコリンディアで歩兵副長をしていたナルバッソス。熟練の歩兵ふたりを副長につけた。ナルバッソスは騎馬隊の小隊長をしていたが、今回は歩兵にもどした。
左側の三番隊、ここをひきいる隊長は、ラティオも迷わなかったのではないか。さきの大戦で豊富な経験があり、人をひきいるのも慣れている猿人。なにより五英傑。そう、ゴオ族長だ。副長にはブラオとイブラオの兄弟をつけている。
この三番隊は、混成の隊だ。ゴオ族長がヒックイト族をひきいるが、レヴェノアの兵士もいる。小隊長として、もと領主の息子であるカルバリスもここだ。
そして意外なことに、ジバ傭兵隊長がいる。傭兵たちは、すべて去っていくと思われたが、ジバ隊長をはじめ百名ほどが残った。
「正直に言うけど、ジバ隊長が残っているのは、意外に思う」
ぼくの言葉にラティオがにやっと笑った。
「うわさだがな、ジャラクワの漁村で生き残った婦人と暮らしているらしいぜ」
それが真実なら、おどろきだ。ジバ隊長は
「種族がちがっても、恋の花はさくようだな」
ラティオが横目でこっちを見た。ぼくをからかっている。小高い丘の横に待機する精霊隊を見た。マルカがどこにいるのか、ここからではわからない。
百人と数もすくない精霊隊は、布陣のなかに組みこまない。待機させ、好機があればボンフェラート宰相がひきいて参陣する。
ぼくの立つ丘のまわりには、そのほかにザクトがひきいる百人の
ここにいないのは、騎馬隊と弓兵隊。
ふたつとも、かなり離れたところで待機させている。戦いが始まってから投入させるというのが、ラティオのねらいだ。
この布陣で、まるまる二日かけて調練した。もっと調練できれば心強いが、各地から逃げてくる人々は、その二日のあいだでも増えつづけている。
いつグールが大挙してレヴェノアの街に押し寄せるかもわからない。二日が限界というのがラティオの判断だ。
「きたな」
ラティオが短く言った。真正面にあたる南の遠くに、なにかの大群が見える。
「右からもじゃ」
そばにいたボンフェラート宰相が口をひらいた。南西の方角からも、群れをなしてむかってくる影が見える。
「ヒューの諜知隊は見事じゃな。三方向どれも、ほぼ同時にサナトス荒原に到着しておる」
三方向と言われ、左に目をむけた。南東に駆けてくる影がある。
「グラヌス総隊長に伝令、敵の姿が見えた!」
「はっ!」
ラティオが言い、馬に乗った伝令が駆けていく。
「ハドス守備隊長!」
「ここに!」
「精霊隊をかこみ、防御のかまえ!」
「承知した!」
ハドス守備隊長が駆けていく。グールはまとまってはいるが、はぐれて動くものもいるだろう。精霊隊は肉体をつかった戦いができない。守る者が必要だった。
ぼくらを守るのは近衛隊だ。すこし離れたうしろに立つザクトを見る。父の友であった犬人は、ぼくの視線に気づいた。
「不安はいらぬぞ、アト。どれほどの敵がこようと、おまえは、おれが死ぬよりさきに倒れることはない」
ザクトの言葉にうなずく。しかし、ぼくは不安に思ったことなどない。五英傑のひとり、狂戦士ギルザ。そのことがばれても、ザクトは話そうとはしなかった。
ぼくのことよりザクトのほうが心配だ。ぼくを守ろうと無理はしてほしくない。これが終わったら、あらためて父や母との話を聞こう。そしてザクト自身のこと。これまでどんな旅をしてきたのだろう。五英傑の話より、そちらの話が聞きたかった。
グールの群れが近づいてくる。
おかしい。数は四千と聞いていたが、地平線を埋め尽くすほど膨大な数に見える。
ばさり、と羽音が聞こえた。諜知隊をひきいる鳥人のヒューだ。
ヒューが背後に降り立つ。
「ラティオ、全体の数がわかったぞ」
「なんびきだ?」
「およそ一万」
ぼくとラティオが、声を発するのを忘れて互いを見あった。
そして、はじめて見た。ラティオがいつも口の右はしに残す笑み。その小さな笑みは消えていた。
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