アトボロス獣王記

第3話 森で練習

「アト、元気か？」

　トーレスさんが会うたびに聞いてくる。

　平気な顔をしているが、じつはからだが重い。氷結の呪文（パーゴス）を受けた影響だ。しかし、トーレスさんが悪いわけではない。どちらかというと、ぼくは命を救われたほうだ。

　もし獣（グール）に噛みつかれていたら、腕のいっぽんは喰いちぎられたかもしれない。こういうとき、ぼくがすこしでも精霊（ケール）をつかえたらと思う。

　まあ、なげいても体質が変わるわけでもない。とりあえず弓の腕をみがこうか。

　まきひろいの途中、森のなかで弓の練習をすることにした。

　秋の森は果実のにおいに誘われるのか、小さな鳥や兎（うさぎ）、栗鼠（リス）などをよく見かける。

　ここまで兎をいっぴき射とめたが、弓の練習には鳥がいい。すばやく小さいうえに人の気配に敏感だ。

　そう思っていると、右前方のしげみに鳥らしき影がある。草のすきまから、目のまわりが赤い頭が見えた。雉（きじ）だ！

　ここからでは、しげみがじゃまになる。飛びたつ瞬間をねらおう。

　どの方向にも射れるように弓を下にかまえ、静かに矢をかけた。

　目をとじて集中する。目をとじることで、森の静けさが肌にしみこむように感じた。

　ばさっと飛びたつ音。目をあける。弓を絞（しぼ）り、ねらいさだめた。

　放（はな）つ。雉（きじ）の右羽に当たった。落ちてくる。

　つがいがいたのか、飛びたつ音。後方、左。ふりむきざまに放ったが、矢はむなしく外れた。

　ねらいをさだめるまでが遅い。目だけで追いかけるのが原因かもしれない。からだをもっと反転させないと。

　そのとき、左の草むらが動く音がした。思わず弓をむけると動物ではなく人だった。

「ニーネ？」

　あやうく射（い）るところだ。

「このまえのお礼に」

　ニーネが持ってきたのは焼きたてのバグラバだった。胡桃（くるみ）と干葡萄が練りこんであるペーストリー。

　ありがとうと礼を伝えるまえに、ニーネは帰ってしまった。

　ぼくも弓の練習を切りあげ、家へ帰る。

　夕食のとき、どうしたら弓がもっと上達するだろうか、そんなことを考えていた。すると父さんから思わぬ言葉を聞いた。

「アト、明日からトーレスに弓を習いなさい」

「父さん、ぼくが練習してるの知ってたの？」

　思わず母さんをにらんだ。秘密にしてくれるはずだったのに！

「あなた、どうして知ってるの？」

　母さんもおどろいている。父さんは笑った。

「うまくかくしてはいた。ただ父さんは、そろそろ鶏肉（とりにく）ではなく、ほかの肉を食べたい」

　しまった。それでばれたか。

　捨てるにはもったいなく、ちかごろは射ってきた雉（きじ）やヒヨドリばかりを料理してもらっていた。

「でもそれって、訓練兵になってもいいってこと？」

　父さんは、ぼくが戦士（ポレミテース）になることは反対していた。

　戦士にもいろいろあって、まずは地方をまもる守兵。それに都をまもる兵士。そのうえには騎士や近衛兵（このえへい）などがある。また、この国にはいないが、領主や国から雇われる傭兵（ようへい）、神殿をまもる神官兵など。

　とりあえず戦士になるには、まずはどこかの訓練兵にならなければ。でも、父さんにいつも反対された。

「しょうがない。これ以上ほうっておくと鶏肉をきらいになりそうだ」

「ほんと、いいの？　ありがとう！」

　やれやれ、とばかりに父さんはため息をついた。

「だが訓練場で午後から夕刻まで。午前中に家事をすませておくんだぞ」

　おっと、よろこんでばかりもいられなかった。これは、いそがしい。

「ははぁ。必ずや」

　宮廷式に深々とうなずくと、ふたりはご飯も食べられないほど笑っていた。