第4話 大好物はピラフィ
夜明けまえに起きた。
今日は記念すべき訓練の初日。それまでに家事を終わらせないと。
まずは水くみからだ。家をでようとしたら、物音で母さんを起こしてしまった。
「もう目がさめたの?」
母さんはあきれ顔だ。
家をでて、日がのぼるまえの暗く冷えこんだ村を小走りに駆けた。今日は濃い霧がでている。暗いうえに霧もあるので、かなり見えにくい。
小川の水くみ場までいくと、おなじ歳の子がふたりいた。ぼくよりさきに訓練兵になったふたりだ。腰には剣をさしている。
「おはよう」
声をかけたが、ふたりは答えなかった。
小さいころから村の子には敬遠されている。見た目がちがう犬人と人間なので、無理もない。
仲よくされないということで、まわりに怒っていた時期もあった。でも、そんなぼくに父さんはこう言った。
「好かれていない、ということで、相手を
憎む、ということは敵になるということらしい。たしかに村の子供は敵ではない。
「アト、早いな!」
びっくりしてふり返ると、ぼくのひとつ年上の犬人だった。
「ホントスこそ!」
「三日前から守兵になったんだ」
うれしそうに体をひねり腰にさした剣を見せた。
「やったな!」
「ああ!」
ホントスは半年前から訓練兵として訓練をかさねている。小さいころから、この人だけは話しかけてくれた。ぼくが守兵になったら、いっしょに戦うのが楽しみだ。
「ぼくも今日から訓練所にいくよ」
「アト、ほんとか! よく親父さんがゆるしたなあ」
「やっとだよ」
ぼくだけ遅れたことがくやしい。そんな話をしていると、ホントスが意外なことを言った。
「でもアトの弓ならすぐに守兵になれるぞ」
「ほんとかい?」
「ああ、剣はからっきしだけどな」
「なにを!」
ホントスが笑った。ぼくも笑う。
ホントスは西の見はり小屋で、夜明けからの交代だそうだ。だまっていたふたりは、その見学らしい。
ホントスたちとわかれ、小川で水をくむ。
ラボスの村は、村からだされた守兵と、都からきた兵士とがいる。だけど実際のところ兵士は仕事をしていない。
村のはずれにある見はり小屋を、昼夜交代でいるのも村の守兵だ。
父さんはかつて守兵長だったけど、都からの指示で村長の役職を押しつけられた。
いま守兵長は都からの兵士隊長が兼務している。守兵副長のトーレスさんが守兵長になるうわさもない。
ややこしい何かがあるようだし、ぼくが守兵になるのを父さんが反対するのも、そのあたりが理由かもしれない。
「都の兵士が守兵長。猿にやらせたほうが、まだいい」
これはトーレスさんから何度も聞いたぼやきだ。隣国の猿人族と仲が悪いので、なにかにつけて猿を引きあいにだす。
「トーレス、それは猿に失礼だ」
父さんはそう言っていつも返す。都の兵士が、どれほど信頼されていないかがわかる。
しかし父さんから猿をつかった冗談を聞いたことがない。
「父さんは猿人族がきらいじゃないの?」
猿人族と戦った父さんだ。ふしぎに思って聞いたことがある。
「アト」
そのとき、父さんはしゃがみ、ぼくに真剣な顔をむけた。
「おまえは猿人族に、なにかされたか?」
「とくになにも」
「ならば、きらう理由はなかろう」
「でも、父さんは戦ったんだよ!」
ぼくの言葉に父さんはすこし考えた。
「おまえは
「好きでもきらいでも……」
「兎を殺したことはあるな?」
「あるよ。忘れたの? 昨日だって父さんと狩りに……」
「それとおなじだ」
おなじ。あのときの父さんの言葉は、いまだにわからない。だって兎は食べるけど、猿人族は食べれないし。
午前中に水くみやまきわりなど、ぼくの仕事を片付ける。
昼食は母さんがピラフィを作ってくれた。
ピラフィはスープと米をいためた物。具は巻貝とスベリヒユ葉。ぼくの大好物だ。
みんなから「メルレイネ様」としたわれる母さんは、村でいちばんの
「もう坊やじゃなくなるのね」
ピラフィをほおばっていると、ぼくを見つめて母さんが言った。
「ふぁはんとは、しゅへいにはるよ」
半年後には守兵になるよ、と言いたかったが、ほおばりすぎて言えない。
「はいはい。期待してるわね」
母さんはそう笑顔で言ってくれた。わかったようだ。
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