小話4話 ペルメドス 面会のあと

 ラティオ殿とボンフェラート殿が退室した。


「いかかでございましたか、ペルメドス様」


 使用人の男が茶器をさげにくる。


「うむ。王が受けてくれればよいな。もう一杯、茶をたのむ」


 使用人は頭をさげ、茶器を持って退室した。


 さんざん考えた結果だ。ラボス村、ペレイアの街、ギオナ村、そしてフーリアの森。各地がグールに襲われた知らせは届いていた。


 かつて諜知士をたばねたヤニスから最初の手紙が届いたときには、それほど大ごとだとも思わなかった。ラボス村が潰れた。そして生き残りが人間の少年だと。


 アトボロスという少年が、それほど重要だとも思わなかった。だが、長年にわたり諜知士の長であったヤニスには、なにか感ずることがあったのだろう。だから久々に手紙をよこした。


 この地までアトボロス王とその一座がたどり着いたのは、もはや僥倖ぎょうこうと言っていい。


 各地からの書簡を分析すると、ヒックイトの里、そしてペレイアの街、フーリアの森、どこで旅が終わっていても、おかしくはない。それが最南端であるラウリオン鉱山がグールに襲われたとき、あらわれた。


 そうだ、ラティオ殿には両親がいるはず。それからペレイアの町長、ことの顛末てんまつを書き記し、手紙をしたためるべきだ。味方になってはくれなくとも、敵にまわるのを防がねば。


 となりの物置に移動し、秘密の小部屋へ入る。


 すこし、足もとがふらついた。頭を使いすぎて疲れているのだろうか。


「すごい、この書簡の数」


 私は自分の目をうたがった。いつの間にか鳥人が、秘密の小部屋にひとつしかない小さな椅子に座っている。


「ヒューデール殿」

「わたしの名前も知っているとは、たいしたものだ」


 どこから入ったのだろうか。この部屋に窓はない。部屋を見まわしたが、壁に穴をあけたわけでもない。


「アトを裏切れば殺す」


 まるで捕まえた鼠を殺すかのように、こともなげに言った。


「アトを利用しようとしても殺す」


 部屋を見まわしていた鳥人が、私を見た。悪寒が走った。この男は、どうやってかこの部屋に入った。言葉どおり、いつでも殺せるだろう。


「裏切るつもりも、利用しようとも思っておりませぬ」

「そう、ならいい。ここの書簡、全部見てもいい?」

「無論でございます。すべてはアトボロス王の物」

「本当につかえる気なのか。変わった御仁だ」


 この男に変わったとは、言われたくない。


「これだけの量、かなり組織されていると見える」

「諜知士と、こちらでは呼んでおります」

「その隊長さんには会える?」


 この鳥人の狙いがわかった。


「ヒューデール殿」

「ヒューでいい」

「ヒュー殿、諜知士をひきいるおつもりか」

「ひきいるつもりはない。表は人材が大勢いるので、わたしは裏のお仲間かと」


 いや、ひきいることになるだろう。今日の戦いではグラヌス殿に度肝を抜かれ、さきほどはラティオ殿の聡明さに感服した。そしてこのヒュー殿。アトボロス王の周りには、きら星のごとく人がつどうのか! 


「ヤニスという、かつてのおさが街にくるはずです。到着次第、お会いいただきとうございます」


 鳥人はうなずいた。


「では、しばらく書簡を見させてもらう」

「はっ、では、わたくしは執務室におりますゆえ」

「ペルメじい」

「はっ?」

「そんな呼ばれ方を、そのうちされると思う」

「ペ、ペルメじい、ですか」

「基本、甘い連中なんだ。それほど、かしこまらなくていい」


 ペルメじい。たしかに初老ではあるが、ボンフェラート殿まで高齢でもない。しかし、こちらは頼みこんで引き受けてもらう身。そんな呼ばれ方をするだろうか。いや、許されるのだろうか。


「仲間でしょ」

「仲間、ですか」

「まちがいなく、アトはそう思うはず」


 仲間か。領主として生まれ育った人生だ。仲間と呼べるような者はいない。


「そのような綺麗ごと、通じない世界に生きてきましたが、なにやら心が躍ります」

「わかるよ。わたしもそうだ」


 この鳥人もなのか。


「では、お言葉に甘えまして、お聞きしてよろしいですか?」

「どうぞ」

「どうやって、この部屋に入られました?」


 鳥人は椅子から立ちあがり、棚の書簡をひとつ取った。


「わたしは風の精霊を使う。術のひとつで、相手を気絶させるというのがある。それの応用だ」


 さきほど、すこしふらついた気がした。あれか。


「だれも知らない秘密だ。他言はしないように」


 背筋が凍った。だれも、と言った。つまりアトボロス王でさえ知らぬ秘密。


 この鳥人は裏の活動を引き受けると言った。自らの秘密を私にだけ言うことで、信用しろと示しているのではないか。


「それから」

「はい」

「わたしは女だ」

「んなっ!」

「これは、他言していい」


 そう言われよく見れば、顔立ちは美麗である。


 鳥人は椅子に座り書簡を読み始めたので、おじぎだけして小部屋をでた。


 執務室にもどると、さきほど頼んだ茶を持ってきてくれたところだった。


「顔色がすぐれぬようですが、ペルメドス様」

「うむ・・・・・・」


 机に座り、腕を組んだ。


不遜ふそんな物言いだが、アトボロス王という大魚を釣りあげた気でいた」

「はい」

「大魚どころか、化け物を四匹まとめて、釣りあげたのかもしれん」


 使用人はそれを聞いて、すこし考えた。


「それでありましたら、ペルメドス様」

「なんだ」

「フーリアの森から、面会が来ております」

「ほう、フーリアの森とな」

「はい、ニュンペー様を探していると」

「ニュンペー、森の守り神とな? なにを世迷い言を」

「それが、どうも容姿の特徴を聞くと、白髪の猫人だそうで」


 白髪の猫人・・・・・・陛下のお仲間にいた娘か!


「化け物は四匹どころではないのか・・・・・・」


 いやそうだ、四匹どころではない。あの大岩を動かせたのはドーリク殿のおかげだし、ボンフェラートという老猿人もあなどれぬ。


「それに、ペルメドス様」

「なんだ」

「陛下のお仲間は、七人だけなのでしょうか」


 ここまで街にいるのは陛下あわせて八人。それはまちがいない。いや待て、ここにいない仲間がいるというのか。


 ヤニスの手紙を思いだした。アトボロス王を育てたのは、父セオドロス、母メルレイネという者だった。北部では名のある二人、そう書いてなかったか。その父母を知る者はいるだろう。


 口に入れた茶は冷めていなかった。熱さに吹きだしそうになり、こらえて飲みこむ。のどが焼けそうだった。


「水をお持ちしますか」


 部屋をでようとした使用人を呼び止めた。


麦酒ビラにしよう」

「おや、めずらしいですな」

「乾杯したい気分だ。付き合ってくれ」

「かしこまりました。なにに乾杯でしょう」

「おそらく、このレヴェノアの街がつかんだ幸運に」


 使用人がおじぎし、退出する。


 ヒュー殿も飲むだろうか。そう思い、秘密の小部屋にいき、扉をあけた。


 ヒュー殿はいなかった。


「おみごと、諜知隊、隊長殿」


 裏のことは、ヒュー殿とヤニスに任せられるのではないか。そこからの報告はラティオ殿がきっとうまく料理する。


 軍はグラヌス、ドーリク、イーリクの三隊長。


 領主のすべきことは多かった。しかし、これからは任せてよいのではないか。そうすれば自分は本当にやりたかった街造り、いや、国造りに没頭できる。


 年甲斐もなく心が躍ってきた。生まれて初めて、麦酒ビラの到着が待ち遠しく思えた。


「遅いな・・・・・・」


 なかなか麦酒ビラがこない。


「乾杯、したいのだがな・・・・・・」


 机を指でこつこつ叩きながら、私は杯の到着を待ちわびた。




 小話4話 終




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